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銀山町 妖精綺譚(第1話)

あらすじ
 福島県奥会津に位置する小さな町、銀山町。大きな産業はなく水力発電事業の恩恵に依存している。
 時は平成三年、日本中がバブル経済、リゾート構想に踊るが銀山町には何の恩恵もないまま。選挙を控え町民から突き上げを受けていた町長が思いついた「妖精の住むふるさと」という町おこし事業。
 担当させられるのは町に縁がないのに役場に新規採用された職員、田中。町に妖精にまつわる伝承はなく、田中は役場を一年で辞めたいと考えている状況で、先輩職員や町の若者で組織され町の活性化策を考える「若者定住会議」の者たちと田中の交流が生み出す物語。
 果たして妖精は現れるのか。「妖精の住むふるさと事業」は実現するのか!
(あらすじ おわり)

プロローグ 目覚め


 奥会津の夕暮れは早い。夏の始まりの季節でも小学校低学年の下校時間には、空は薄暗い夕闇の気配に覆われてしまう。カラスの物悲しい鳴き声を聞きながら、久美子はトボトボと歩いていた。今日も嫌な一日だったと思うと小さな瞳に涙が滲んできた。
 母が病気で入院してしまい、一人で行う看病と子育ての両立に限界を感じた父により、久美子は母方の祖父母に預けられ小さな町へ転校してきた。閉鎖的な町で子どもの頃から濃密過ぎる人間関係を築いていた級友たちは、久美子を容易には受け入れなかった。
 都会への反発、言葉、容姿、町の人たちと祖父母の関係、相容れない要素がいくつにも絡み合い、久美子はクラスの中で独りぼっち、湖の底に沈んでいるような日々を過ごしていた。

 大きな通りから小さな脇道、預けられている祖父宅に向かう登り坂に入るところで、後ろから大声で囃し立てられた。
『父(てて)無し 母(かか)無し お化けの子 変な目 変な言葉の大蛇(おろち)の子 沼に帰れ 宮に帰れ』
(パパもママも宇都宮にいるもの。ママが病気で大変だからお爺ちゃんの家に来ただけなのに。言葉が変なのはアンタたちの方よ)
言い返したい言葉を飲み込む。小さな反撃は虐めを過激にすることを何度か体験してきた。
悪口を無視して坂道を登ろうとしたところ、何かが飛んできて体の横を掠めゴツンと久美子の前に落ちた。こぶし程の大きさの石だった。
(石?何でこんな酷い目に合うの。私が何をしたの。もうイヤッ、みんな嫌い。パパもママも学校のみんなも嫌い)

 胸が張り裂けそうなくらい気持ちが昂ったところで久美子は目を覚ました。暗いベッドルームでは時計の音と夫の寝息が静かに響いていた。
(人の気も知らないで呑気なものね。この夢を見たのは何年振りかしら)
 小学二年生の頃、祖父宅に寄宿していた時に町の同級生たちから酷い虐めを受けた記憶。若い時には試験の前など不安を感じている時に見ることもあったが、社会人になってからは思い出すことも夢に見ることも無かった心の傷。
 二十五年も前の話なのに完全には消えないものね。忘れることができずに心の奥に仕舞いこんでいたということかしら。
 びっしょりと搔いていた汗の不快感に気づき、寝ている夫を起さないように静かにベッドから降りた。時計は午前四時を示していて窓の外では初夏の朝の気配が動き出していた。
シャワーを浴びちゃおう。このまま起きて少し仕事を進めるのもいいと思いながら、下着を取りに自室に移動する。机の上には昨夜仕舞い忘れた手紙と写真が置いてあった。
 この手紙のせいね、あの夢は。悪夢とは裏腹な美しい自然が映る写真を手にとる。湖や渓谷、四季折々の自然豊かな風景を見て笑顔を浮かべながら、今日大学を訪れてくるという手紙の主に思いを寄せる。若い人みたいだけど、何の相談をされるのかしら。よりによって六月二十二日に来るなんて。
 石を投げつけられたのも六月二十二日だったことを久美子は覚えていた。久美子を虐めた子どもと手紙の主は全く関係ないだろうと考えてはいたが、同じ町の住人である。
「借りは返さないとね」
静かにつぶやいた。どんな話をされるとしても揺るぎない自分でいよう。過去にちゃんと向き合い清算して、未来へのステップを踏みださなきゃ。
 過去から繋がる想いを現実に切り替えるように数回顔を横に振った後、浴室に向かった。
(本文ここまで)

 ※第2話以降のリンクはこの後にあります。1話づつ読むより全話を一気読みしたい方は、次のPDF(横書き)をご利用いただきますようお願いします。

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