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銀山町 妖精綺譚(第9話)

第八章 大暴走

 第一回会議と同じ机の配置と人員だが、第三回会議は終始穏やかな雰囲気で進んでいた。
「以上のとおり妖精美術館を中心とし、展望台、小路の整備などのハード事業。さらにソフト事業として町内向けには
・民話・伝承語り部の育成
・子どもたちによる妖精のシンボルイラスト公募とイラスト展
・子どもたちによる創作フェアリーダンス
 また交流人口から定住人口の増加を目的とした町外向けには
・フェアリーファンクラブとして会員を募集し
 妖精の里住民票の発行、フェアリーレター(観光パンフ)の送付
 フェアリーギフト(町で使える割引券・カタログ販売)の贈呈
・フェアリーツアー(モニターツアー)
などの提言を検討してまいりたいと考えております。
 なお妖精美術館の建設に向けましては、現在、武藤さんとも連携し情報収集をしておりますが『展示物の蒐集』をどのように行うか。非常に困難であることが懸念されております。具体的な事業提案に合わせ展示物の蒐集につきましても、皆様から御意見、御提案をいただければと考えております。事務局からは以上です」
 田中が説明を終えて一礼した。それを受けた郷田が意見を求めようとしたところ、顔を真っ赤にした渡部が挙手をした。
「渡部さん、どうぞ」
「事務局に質問です。先刻さらっと『展示物の蒐集が困難』と説明したけど、俺たちに意見をと言っていたけど、それはもの凄く重要な問題じゃないか。困難というより、ほぼ不可能じゃないのか。それならそう説明しないと話にならない。空っぽの美術館を建設したら、笑い話にもならない。仏作って魂入れずになるんじゃないですか」
 立ち上がらんばかりの勢いで質問してきた。郷田が事務局の方に目を向けると、二人の顔色がみるみる悪くなっていった。
「事務局、説明をお願いします」
「事務局 高橋です。渡部委員から御指摘のとおり、非常に重要な問題と認識しております。が、現状では解決策が見つけられないというのが正直なところです。少しお時間をいただきますようお願いします」
 郷田の進行を待ちきれずに渡部が挙手して発言した。
「重要な問題なのに解決策が見当たらないって。そもそも結果を求め過ぎて拙速、考えが浅過ぎだったんじゃないですか。田中君を責めたくはないけど、町に来て一~二ケ月の身で、町おこしを企画するのは力不足だったんじゃないの。妖精美術館が無理なら、妖精の住むふるさと事業も早めに諦めた方がいいんじゃないか。高齢者の皆さんの語り部育成が実現しないとなると、生きがいづくりに繋がらないでしょう。根本的に駄目な話のために、皆の時間を無駄にすることはないと俺は考えるけど、皆さんはどう思いますか」
 渡部は「妖精の住むふるさと」が高齢者のためになると期待していたのに、梯子を外された気分なのだろうと皆が察した。
 委員の顔を見回した渡部と視線が合ってしまった武藤が申し訳なさそうに挙手した。
「武藤です、僕は妖精美術館の建設を推進したいと考え、ライトスタッフの鈴木さんと情報交換をしていますが、やはり展示品が非常に重要であると考えています。まだその段階ではありませんが、どのような物をどのように展示するかにより、レイアウトや内装も変わりますので、その辺りが見えないと建設スケジュールがどんどん遅れることを懸念します。少なくとも二年後の秋、次の町長選までに完成させるのは厳しいと思います」
続いて渡部に目で促された桜井が挙手する。
「日本で初めての妖精美術館について、ワクワクした企画と胸を躍らせていました。子どもたちも喜ぶだろうと楽しみにしています。しかし少し冷静に考えますと、日本で誰も出来ていないことを踏まえると、それだけ難しい企画だろうとも思います。そんな大それたことは、銀山町では最初から無理な話だったかもと感じています」
三度、渡部が挙手して発言する。
「そうですよ、田中さんのアイディアは絵に描いた餅。腹が膨れるような皆の身になるような話じゃない、ただのおとぎ話です。高橋さんいつもの弁舌で反論できますか」
渡部が高橋を睨みつける。
「反論はありません。皆様の御意見を真摯に受け止めます、申し訳ありません」
高橋と田中は深々と頭を下げた。
「半沢さんも意見があるんじゃないですか、お怒りではないですか」
黙していた半沢に渡部が発言を促した。全員が固唾を飲んだ。
半沢が挙手し郷田が指名する。半沢の顔は真っ赤に染まっていた。
「俺は怒っている、言葉に出来ないくらいの怒りを感じている。ハラワタが煮えくり返る思いを人生で初めて実感している。少し長くなるかもしれないが話してもいいか」
間髪を入れず渡部が反応する。
「時間なんか気にせず、存分に話してください」
「半沢さんどうぞ」
渡部に続いた郷田の声は少し震えていた。
「俺が怒っているのは自分に対してだ。企画に行き詰り困っている田中君を助けることができない自分、これまで町のために何もしてこなかった自分への怒りが抑えられない。俺は田中君を責める気にはなれん。昨年度、総務課の宗像係長から『妖精の住むふるさと』や『若者定住会議』の話を聞かされた時は、
『俺に町長の太鼓持ちをやらせるつもりか。アリバイ作りに利用するつもりか』
と反発した。だけど今年度になり田中君が来て、役場や俺たちの無茶振りを正面から受け止め、汗を掻いて頭を下げて、掴まえようも無い雲みたいな話を企画にして見せてくれたことに感謝しとる。その田中君を助けることができず、ほんと口惜しい。
 そんで、これは俺の個人的な想いで申し訳ないが、ジェーン、いやあのジェニファーが『妖精美術館』の完成をもの凄く楽しみにしとる。
『自分の任期中、日本滞在中に完成して欲しい。妖精美術館を見てから帰国したい。子どもたちが成長して町を離れても、私が銀山町で暮らした証の妖精美術館が残ると嬉しい』
とも言っていた。ジェーンには
『役所仕事は時間がかるから、任期中の平成五年八月末までに完成は無理だろう』
と説明したが、俺はジェーンの笑顔を曇らせたくない。日本にいる間は良い夢を見せてやりたい。何とかどうにかして、平成五年八月末までに妖精美術館を妖精の住むふるさと事業を形にして欲しいと思っとる。
 これは俺の我儘だから、皆にお願いできるようなものじゃないが、皆の知恵とか力を田中君に貸してやって欲しい。俺たちにできることは何も無いかもしれんが、せめて応援して欲しい。もともと無理筋の事業が、さらに困難な状況にあるとは思う。だけどまだ諦める時間じゃない、希望は残っていると思いたい。皆の色々な考えはあると思う、だがそこを曲げてどうかお願いしたい。
 郷田さん、武藤さん、渡部さん、桜井さん、どうか力を貸して欲しい。高橋さん、田中さん、事業を諦めないで欲しい」
 半沢は正座に座り直し頭を畳に擦りつけた。ポタポタと雫が落ちる音がした。

「半沢さん止めてください。半沢さんが頭を下げる必要はないですよ」
「顔を上げてください」
 皆が半沢の周囲に集まり、それぞれに言葉をかけながら半沢を揺さぶり、顔を上げさせようとした。半沢の大きな体が揺れ、小刻みに震えていたが半沢は顔を上げようとしなかった。

「半沢さん飲みましょうか」
郷田と高橋が手に一升瓶とコップを抱えて立っていた。郷田が
「半沢さん皆に想いは伝わった、気持ちは一つだ。一旦話は終わりにして、とりあえず皆で飲もうじゃないか」
桜井が続いた。
「この前の円卓の騎士の歌、今度は日本語で歌いませんか。私、日本語訳をコピーしてきました」
 自席に戻ってから日本語の歌詞が書かれたコピー用紙を皆に配った。

【円卓の騎士たちよ】
円卓の騎士たちよ、
酒がうまいか、飲んでみよう。
飲んでみよう、ウィ、ウィ、ウィ、
飲んでみよう、ノン、ノン、ノン、
酒がうまいか、飲んでみよう。

「この歌は円卓の騎士っていうより、ただの酒飲み音頭じゃないか」
郷田の言葉に皆が笑った。
「皆さん丸くなって座りましょう」
渡部が皆に声を掛けると、七人は車座となり杯を掲げた後に手拍子を始めた。
「半沢さん歌いましょう」
田中の声に半沢が応える。

円卓の騎士たちよ、
酒がうまいか、飲んでみよう。
飲んでみよう、ウィ、ウィ、ウィ、
飲んでみよう、ノン、ノン、ノン、
酒がうまいか、飲んでみよう。

 七人の歌声と心が一つとなり夜が更けていった。
 大黒屋の側を流れる野尻川では蛙たちの歌声が響いていた。


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