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銀山町 妖精綺譚(第10話)

第九章 宝くじ

 出勤前に妻に言われた言葉が高橋の心を重くしていた。
「顔色が悪いわ。体調悪いんじゃないの」
体調は悪く無いと思う。ただ妖精美術館の展示品について、何の打開策も浮かばないことが気持ちを重くしていた。若者定住会議は半沢のおかげで乗り切れたが、事態は全く好転していない。破綻へのレールは引かれたままだった。
 出勤してきた田中はケロっとしていて、これが若者の特権ということなのかと羨ましく感じた。
「朝から何ですが、妖精美術館の展示品ことで話をして良いですか。先週の会議では言えませんでしたが、相談させていただきたいことがあります」
田中が小声で高橋に話しかける。
「何か良いアイディアが浮かんだのか」
「浮かんだというか、前からぼんやり考えていたんです。稲村久美子先生からコレクションをお譲りいただけないかと」
「妖精界入門の著者、稲村先生か。まさかコネがあるのか」
「特にコネは無いんですが、妖精界入門を読んでから何通かファンレターを出しています」
「それだけの付き合い?」
「それだけのお付き合いです」
「かなり無理筋だな」
「かなり無理筋です、けど買わない宝くじは当選しない。買えば当選する可能性はゼロじゃありません。詳細は伝えていませんが、既に先生宛てに『相談したいことがあるので一度訪問したい』旨のお手紙を出していまして、大学を訪問することに内諾をいただけました。
六月十日以降で日程調整をしていただけるとのことです。一緒に行っていただけますか」
高橋は目を丸くした、心臓がキュっと縮んだような気がした。
「行かないとか行きたくないなんて言える訳がないだろう。行くしかない。とは言え二十一日までは六月議会があるから動けない、行くなら最短で六月二十二日の土曜日だな」
「休日ですがよろしいですか」
「この業務が最優先で最重要課題だからな。失敗するにしても早めに失敗して切り替える方がいい。休日だと他の業務との調整も無い、往復の時間も気にしないで行きやすい」
「電話します」
 田中の行動は早い。

「六月二十二日の午後一時半で、面会を約束していただきました」
「こんな簡単に会って貰えるなんて、田中さんはどんなファンレターを送ったんだ。こっちに都合が良過ぎる展開で不安になる」
 高橋は顔を曇らせたが田中は平然と答えた。
「何も特別なことは書いてないと思うんですが、確かにちょっと不思議ですね」
「キメ顔した田中さんの写真でも送ったとか」
 高橋に少し落ち着きが戻ってきたが、田中は不満そうな表情を浮かべた。
「そんなのは送ってないですけど、銀山町の風景写真は何枚か送りました。『妖精が住んでいる自然豊かな町です』と書いておきました」
 田中の目が「問題無いですよね」と訴えていた。
「しかし稲村先生に面会申し込みするなんて、俺は聞いていなかった気がするが課長には相談していたのか」
「いえ誰にも相談せず、一ファンと申しますか一個人として行動していました。個人で行動する分には、トラブっても高橋主任や課長に迷惑をかけずに済みますから。『自分のリスクは恐れるな、失敗したら責任を負え。成果は皆で分かち合え』って親父の教えなんです」
「良い親父さんだな羨ましいよ…。けどあまり格好つけるなよ」
笑いながら田中の頭をくしゃくしゃと撫でた。

 ストーブの上のヤカンからは静かに温かな湯気が上っていた。

https://note.com/tarofukushima/n/n8a26b762c50b


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