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銀山町 妖精綺譚(第15話)

外伝一 町長室(平成二年 秋)

 軽くノックをしてから、総務課長の木村は町長室に入室した。係長の宗像を同席させず、自分一人が呼ばれたということは、進捗が遅れているアノ事業の話で、内容が重たくなると予想できたため、緊張で体が強張っていた。
「木村課長、忙しいところをお呼びして申し訳ない。呼ばれた理由は予想していると思うが、一年先送りにした『ふるさと創生事業』のことだ」
木村は深々と頭を下げて謝罪した。
「申し訳ございません。当町に相応しい事業を実施すべく慎重に検討を進めてまいりましたが、今年度中に事業化できず汗顔の至りでございます」
 町長は木村が予想したよりも穏やかな口調で話を続けた。
「木村課長だけを責めるつもりはない。だが町民の皆さんからも、他町村の首長からも『銀山町はどのような事業を』と聞かれた際に、説明責任が果たせないというのは辛いものがある。次の町長選にも悪影響を及ぼしそうだ。私の苦しい心中は察してくれているな」
 苦笑いを浮かべた町長の目は笑っていなかった。
「もちろんでございます、宗像係長にも企画立案を急ぐよう指示いたします」
 町長は真顔になり黙した。木村の背中を冷たい汗が流れた。
「私も君たちに丸投げしたことを反省している。前例の無い事業をゼロから始めるのは大変なことだ」
 町長は首を傾げて木村の顔を覗き込んだ。木村は体の芯に熱を感じていた。
「御心配をおかけし恐縮でございます」
 再び頭を下げる。
「そこでまぁ、言うとおりにしろ。という訳ではないが、アイディアというか話題を提供したいと考えたので来てもらった。我が銀山町の水、森、山林等の美しい自然は『妖精』が住むに相応しい場所だと思わないか。例えばだが『妖精の住むふるさと』というコンセプトでの町おこし、観光をベースとした産業振興で『ふるさと創生事業』を行うことについてどう思う。忌憚のない意見を聞かせて欲しい」
「流石でございます。確かに我々にとりましては身近過ぎて当たり前の景色ですが、我が町の自然は妖精が住むのに相応しい、素晴らしい財産であると気づかされました」
 町長は満足そうにニッコリと微笑んだ。
「いや、何、私も先日、英国人講師と話をしていて、あらためて気づかされたところだ。やはり中にいる者とヨソモノでは視点が違い、面白い発見がある」
木村は固い表情のまま恭しく頭を下げて応えた。
「全くもって仰るとおりでございます」
「そこでもう一つ話題提供だ。来年度は職員を採用しない予定と聞いているが『ふるさと創生事業』を担当させるために正職員を一名採用してはどうだ。町の活性化には『ヨソモノ ワカモノ バカモノ』が必要と言われている」
木村は表情を曇らせた。
「お言葉ですが、今の時期はほとんどの新卒者が内定を確定させていますので、町職員に応募する者は期待できないかと存じます」
福島県の西端にある小さな自治体は就職先として非常に人気が無い。募集をかけてもロクな人材が応募してこない。毎年採用計画に難儀しているところであり、木村としても安易に頷くことができなかった。
「話は変わるが、余計な忖度は無用だと言うことを最初に確認しておく。先日、郡山市にある大手企業の一つ、田中青果の社長と話をしたところ、息子さんの就職が決まらずにいるらしい。田中社長としては自社や関係企業で就職させるより、自治体など自社と無関係のところで武者修行をさせたいそうだ。
 また我が町の名産、赤かぼちゃなどの地野菜に非常に興味を示され、取引量の拡大も検討してくださるらしい。まぁ今のはただの世間話なので、木村課長が特に気にする必要はない。
話を戻すが『ふるさと創生事業』の実現に向けて職員採用を検討してはどうだ」
 木村は頭を下げながら考えた。
(はいはい採用試験をやります。宗像係長は嫌な顔をするだろうが、そもそも「ふるさと創生事業」をうまく企画できない宗像係長の責任でもあるから、責任払いだな。
 とはいえ役所の内部事務はともかく「町おこし」のような仕事を宗像係長に担当させるのは無理があった。新規採用職員を企画課に配置して、仕事ごと企画課に押しつけることにして宗像係長を納得させるか。飯田企画課長には「町長指示」ということを説明し話を飲ませることにするか)
「大変貴重な御助言をいただき感謝いたします。『妖精の住むふるさと事業』、『職員採用』について、すぐに対応させていただきます。なお御助言いただきました内容を推進するため、事業の所管や人員体制を内部で調整させていただいてもよろしいでしょうか」
木村は晴れ晴れとした表情で応えた。
「細かいことは任せる、よろしく頼む。下がってよい」
(はい『任せる』とのお言葉、いただきました)
「それでは失礼いたします」
 深く頭を下げた木村の顔には、役人とは思えない悪人のような笑顔が浮かんでいた。

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