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銀山町 妖精綺譚(第7話)

第六章 大盛会

 五月二日に開催された第二回若者定住会議は、第一回とほぼ同じような机とストーブの配置だったが、座長席の右側に「講師席」が設けられており、桜井がジェニファーを案内してきた時、全員が度肝を抜かれた。
 黒いスーツを着て、ブロンドの髪を後ろで束ねたジェニファーは、さながら外国映画に登場する「ビジネスウーマン」のような姿で、予想以上の美しさに参加者全員が見惚れた表情を見せた。
 変な空気が流れた後、桜井に促された郷田がジェニファーを皆に紹介し
「それではジェニファー先生に『英国と妖精』について御講義をいただきます。先生よろしくお願いします」
 郷田は桜井の隣に異動した。

 ジェニファーは日本語が片言しか話せず、講義の内容の多くは英語で、桜井の通訳は少し怪しいところがあった。それでも懸命に英国の文化を伝えようとする姿勢に引き込まれるように全員が聞き入り、予定の一時間があっという間に過ぎて大きな拍手で講義は閉じられた。
 半沢がすかさず挙手をした。
「今日はジェニファー先生の講義のみとして、後は宴会場で自由討議ということは理解しているが酔っぱらう前に一つだけ確認したい。
 妖精界入門にも書いてあったが、ジェニファー先生の話も同じで、妖精も妖怪も元々は権力や圧政に虐げられた存在ということだな」
 渡部が続いた。
「そして時に反対勢力に助力したり、同じように苦しむ人を助けたりして進化してきたんですね」
 半沢の意を酌む時の渡部の反応は早い。
「銀山町と一緒じゃないか。戦国時代から中央の支配に翻弄され、殿様がコロコロ変わり、会津藩預りとか幕府直轄とか弄くり回され、過酷な年貢に苦しみ、官軍という偽りの旗を掲げた西軍に蹂躙され、戦前戦後はエネルギー政策に振り回されて村を分断され、電源開発のために故郷を奪われ過酷な労働もさせられてきた。
 南山御蔵入騒動のような戦いもあった。ちゅうことは、妖怪も妖精も弱く虐げられた存在である、俺たち銀山町と一緒じゃないか。ジェニファー先生いい話をありがとう。いいじゃないか妖精の住むふるさと。
 俺たちの町は、俺たちの先祖は苦しんできたけれど、俺たちも銀山町も生きている。これからも住み続けるために、妖精で町おこしは有りだと思う」
 半沢の発言が長くなることを止めようとした郷田だったが、勢いに押され止めることができず、半沢が一息ついたところで発言した。
「半沢さん貴重な意見をありがとうございました。他の皆さんもいろいろと感じたところあると思いますが、あらためて講師のジェニファー先生と半沢さんに感謝の拍手をお願いします」
 七人の聴衆による盛大な拍手が贈られ、ジェニファーは立ち上がり深々とお辞儀をした。
「なお若者定住会議のテーマとして、前回事務局から提案がありました『妖精の住むふるさと』について各委員からの対案がありませんでした。また冒頭に『英国視察を前向きに検討』という報告もありましたので『妖精の住むふるさと』を支持し、今後は具体的な事業を検討し、提言に向けて協議していくことで御異議ございませんでしょうか」
「意義無し」
全員の声が響き高橋と田中が頭を下げた。
「それでは時間の関係もありますので、具体的な事業につきましては、入浴後に食事をしながら各々で事務局に提案し、次回議論を深めたいと思いますがよろしいでしょうか」
「異議なし」
全員の声が響き郷田が頭を下げた。桜井がジェニファーに状況を説明した。
「なおジェニファー先生も食事会にも参加していただけるとのことです。積極的に質問していただければと思います。また事務局はこの後の議論について、次回の会議でフィードバックをお願いします。それでは座長を降りて宴会係に移ります。円滑な進行に御協力いただきありがとうございました」
郷田は一礼すると半沢に視線を送り、半沢が桜井に尋ねた。
「桜井先生、ジェニファーに風呂に入る時間、どのくらい見ればいいかを聞いてくれるか。じゃぁ二十時から夕食でいいな」
半沢が立ち上がり他のメンバーも風呂に向かった。桜井に促されてジェニファーも部屋から出ていった。

「高橋主任、半沢さんが凄かったですね」
「半沢さんも町を愛しているからな。これまでの様々なしがらみで変えられなかった閉塞感を打破するチャンスだと思ったんだろう」
「それもありますけど、ジェニファーを見つめる目が凄く熱っぽく見えたんですが」
「それは気づかなかった。宴会場でどんな顔をしているか確かめてみる。とりあえず、俺たちも風呂に行こうか。今日の宴会はこの前以上に長くなるかもしれないから無理して飲まないようにしろよ」

半沢台風、半沢春の乱。

この夜のことは後にこのような言葉で伝えられた。少し控えめに表現するとしたら、半沢が主役の舞台劇と言えるかもしれない。
 半沢は主賓のジェニファーの横に陣取り、飲み、喰らい、話をした。最初のうちは桜井が反対側に座り通訳をしていたが、酔いが進んでからは、身振り手振りと日本語、片言の英語でジェニファーと直接コミュニケーションをとっていた。
 浴衣に着替えたジェニファーは、とても艶やかでいながら、愛らしい笑顔で会話をしているため、独身の半沢が夢中になるのも仕方ないと皆が思いつつ、二人が並んだ姿から「美女と野獣」という映画を誰もが思い出していた。
(あの映画の野獣は「妖精」じゃないよな)と考えながら、田中が半沢に挨拶にいくと、半沢が酒を注ぎながら問い質してきた。
「田中君、妖精の住むふるさと事業のメインつうか、シンボルとなる事業はどんなことを考えとる」
(まだ何も考えてないですよ。だってようやく先刻、皆さんからテーマの承認を得たとこじゃないですか)
とは言えず、盃を干しながら考えた。
(何か、何か言え、俺。ハッタリでも何でもいい。妖精でも英国でもいい何かないか。あ、ある)
「美術館とか博物館のような、妖精が住む館、妖精がいる場所を創れたらと考えています」
「妖精美術館、フェアリーミュージアムってことか」
「フェアリーミュージアム?」
ジェニファーが弾んだ声で続いた。目も輝いている。
「武藤君、ちょっといいかぁ」
半沢が武藤を手招きし、何故か渡部も近づいてきた。田中が座る場所を少し横にずらして、半沢、ジェニファー、桜井、武藤、渡部、田中が円形に座る。
「武藤君、田中君が妖精美術館を造りたいそうだ。長谷川建設的にも良いアイディアだと思わないか」
「いいですね。うちの会社は土木がメインですけど、僕の本職は設計、建築屋ですから美術館の設計とかやりたいです。個人住宅とか役所の建築物は、セオリーどおりで正直ツマラナイです。いいですね妖精美術館。是非実現して欲しいです」
渡部が続く。
「核となる施設があれば、その周辺開発なんかも面白そうですね。妖精の小路とか妖精展望台とか、ちょっとしたテーマパークみたいにして、子どもも高齢者も楽しめるんじゃないですか。しかも妖精美術館っていうは斬新ですね。もしかしたら日本で初めての施設になるかもですよ。事務局で似たような施設があるか、次回の会議までに調べておいてくださいよ」
武藤も田中に要求する。
「あ、それなら僕もお願いしたいことがあります。妖精美術館をイメージできる資料、設計の基本資料を準備して欲しいです。まぁ妖精美術館というのは無いでしょうから、こう英国風の瀟洒な建物、美術館的な仕様の概要が掴める資料が欲しいです。何も無いところから、設計するのは正直難しいので、いくつか材料を集めて欲しいです」
 顔を赤らめた半沢が上機嫌で武藤を褒めた。
「いいね、いいね、武藤君。やる気満々じゃないか。将来の長谷川建設を背負う人材は動きが早い」
渡部は口惜しそうに少し眉をひそめながら半沢に提案した。
「あとあれですね、美術品の展示だけじゃなく、妖精のことを学べる集会室とかも欲しいんじゃないですか」
「渡部、いい意見じゃないか。後で郷田にも話をするが、若者定住会議としての妖精の住むふるさと事業は、妖精美術館を核としてハードソフト両面の事業を進めて行くというのはどうだ」
渡部は盃をヒョイと持ち上げながら頷き賛意を示す。他の者も同じように頷きながら盃を掲げた。
「剣を捧げた円卓の騎士みたいじゃないか。最初に妖精というテーマを授けてくれたジェニファーに皆で乾杯しよう」
半沢は全員の盃に酌をしてから自分の盃にも酒を注ぎ、ジェニファーに向かって杯を掲げた。ジェニファーに半沢の言葉は通じてないように見えたが、嬉しそうにコップを持ち上げた。
「かんぱーい」
桜井がジェニファーに説明するとジェニファーが
「Chevaliers de la Table ronde」
と声を上げてから歌い出した。

Chevaliers de la table ronde,
Goûtons voir si le vin est bon,
Goûtons voir, oui, oui, oui,
Goûtons voir, non, non, non,
Goûtons voir si le vin est bon
.
 歌い終えると皆を見回してから「oui, oui, oui,&non, non, non」と身振り手振りで伝えてきた。桜井が半沢に説明する。
「俺たちにも歌って欲しいそうです。ウィウィとノンノンのところですね。円卓の騎士の歌だそうです」
「円卓の騎士か、英語にしては何だか難しい発音だな」
「フランス語のようです」
半沢が手拍子を始めると再びジェニファーの歌声が響いた。

Chevaliers de la table ronde,
Goûtons voir si le vin est bon,
Goûtons voir, oui, oui, oui,
Goûtons voir, non, non, non,
Goûtons voir si le vin est bon

車座から楽しそうに歌声を響かせる姿を郷田と高橋は少し離れたところから見ていた。
「随分と盛り上がっているなぁ」
郷田が感心したような声を出した。
「ありがとう。俺たちの段取りの悪さを座長に助けてもらい感謝している」
「皆が町のために何かしたいと思いながら、何もできずに燻っていたところに田中君が火を付けてくれた。いい若者に来て貰えたよ」
「定住してくれれば、なお有難いんだけどな」
「まぁ頑張ろうぜ。まずは『妖精の住むふるさと事業』を成功させよう」
 何度か歌を繰り返しながら、円卓の騎士たちが杯を重ねた。

ジェニファーが桜井に耳打ちする。
「半沢さん、ジェニファーが御礼を言いたいそうです」
「アリガトウ ハンザワサン」
「御礼を言われるようなことはしとらんぞ」
桜井がジェニファーに通訳し、ジェニファーが桜井に答える。
「イギリスから来て、国際交流協会のイベントとかで、在日外国人同士の交流とか子ども向けのイベントは何度かありましたが、会津の大人と交流する機会が無くて寂しい思いをしていたそうです。今回は半沢さんがきっかけを作ることで、皆で温泉と宴を楽しむことができて、とても嬉しいとのことです」
ジェニファーは半沢を真っすぐに見つめて頷いた。
「教育委員会の連中はイギリスから呼んでおいて寂しい想いをさせるとは、何しとんだ」
教育委員会に対して憤った後、半沢は体と声を小さくしてジェニファーに話かけた。
「あぁ、あの、無理しなくていいし嫌なら断っていいが、もし近々の週末に時間があれば、一緒に桜を見に行かないか。この辺りはまだ桜を見ることができる名所がある。何と言うか、Sakura sightseeing with me」
半沢の顔が真っ赤なのは、酒のせいじゃないと誰もが感じていた。桜井が通訳する前に、ジェニファーは笑顔で「OK」と答えた。車座で座っていた男たちは、そろりそろりと自分の席に戻っていった。

 大黒屋の外では春の足音が静かに響いていた。

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