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銀山町 妖精綺譚(第8話)

第七章 ライトスタッフ

 ゴールデンウィーク明けの火曜日、出勤してきた田中に高橋が感嘆の声をあげた。
「よく妖精美術館なんて発想が出たなあ。妻も感心していた。是非観たいそうだ」
「そんな褒められるような話じゃなくて、半沢さんに『メイン事業』って詰められた時に、『郡山市が英国美術を中心とした美術館を建設する』という話を偶々思い出して『妖精美術館』って言葉が出ました。出まかせみたいなものです」
 高橋は目を丸くしながら考えた(確かにそんな新聞記事を読んだ気がする。けどそこから妖精美術館という発想は、俺には出せない)。
「偶々でも良いじゃないか。普段からアンテナを高くしている成果だな。それでその他に話題になったのが『妖精の小路』、『展望台』などを絡めていくということだな。課長にも確認するが、今回は町長に報告する時に田中さんも同席してもらいたいな。
 もし妖精美術館の建設の理由を聞かれたら『妖精の住むふるさと』なので『妖精の館』が必要、誘客施設であり交流施設として建設したいぐらいの説明が良いかもしれないな」

 町長の前に飯田、高橋、田中が並び、入口では宗像が待機していた。
「妖精美術館、良いアイディアだ。しかも半沢君も賛成しているそうじゃないか。武藤君は何か言っていたか」
町長は少し興奮していた。飯田が高橋に視線を送り、高橋は田中を軽く肘で突いて説明するように伝えた。
「半沢さんは大賛成という雰囲気でした。武藤さんは設計士として、非常に興味を示されていました」
「それは実にいい傾向だな。何よりもスピード感がいい。宗像係長には悪いが、総務課が担当していた時には全く動きが見えなかった。まさか五月上旬のうちに、ここまで話が進展するとは思っていなかった。しかも『町長には何でも反対の半沢君』を取り込めたのは大きい。細かいところは飯田課長に任せるので細々した報告は不要だ。
 当面は九月補正予算での英国視察、来年度当初予算での妖精美術館建設に向けて、鋭意準備を進めてくれ。大型プロジェクトになるから議員への事前調整も怠りなく頼むぞ。
 既に半沢君や渡部君からも野党議員には情報が流れているだろうが、町当局としても与党、野党に対して早めの丁寧な対応をお願いしたい。六月議会の議案説明の後あたりに、飯田課長から伝えるのがいいかな」
「承知いたしました。この事業が順調に進展していますのも、町長が英国視察の方針を果断されたこと、そもそも『妖精の住むふるさと』という、水と緑が豊かな我が町に相応しいコンセプトを示していただいたから、と考えております。町の発展のために全力で取り組んでまいります」
 飯田は誇らしげに応えた。満足そうに頷く町長に一礼し、企画課の三人と宗像は町長室を出た。
先頭を歩いていた飯田に宗像が声をかけた。
「あれほど上機嫌な町長は珍しいですね、いいものを見せていただきました」
「ずっと上機嫌でいてくれればいいけどな。反動が怖いよ」
飯田は不安そうな顔を見せた。
「何を仰います、反町長派急先鋒の半沢君がこっちに付いたのなら大きな障害は無いでしょう。粛々と予算要求をして着実に事業を展開するだけですね。若くて活きのいい職員もいて企画課は安泰ですね」
飯田は満更でもない表情を浮かべた。宗像は高橋の方に向き直り
「ところで高橋君、半沢君を取り込むのにどんな魔法を使ったんですか。今後のために教えていただけませんか」
話を振られた高橋は(恋の魔法とは言いにくいな)と一瞬言葉に詰まったが
「魔法みたいな手があれば、俺の方が教えて欲しいです。今回は田中の熱意と誠意が伝わったのだろうと思います」
宗像係長は納得がいかない表情を浮かべたまま、何も言わず執務室に戻った。
 
 企画課に戻ると、ホクホクした表情の飯田に高橋が真剣な顔で話かけた。
「課長、今後の取組み方針について確認させてください。田中さんメモをお願いしたい。まだ自分の考えが整理できていないですが、思いつくまま話をさせてください。
 まず総本山となる『妖精美術館』の建設についてですが
1 事業用地の選定・確保
2 武藤さんから宿題を出された、建築資料の収集
3 類似施設の有無の調査。これは文部省に照会します。
4 妖精美術館と合わせて整備する『妖精の小路』『展望台』などの付属施設を含めた全体像の検討
5 予算編成を含めた全体スケジュールの策定
 このあたりかなぁと思いますが、課長その他に対応すべきことはありますか」
「町長から指示をいただいた『議会対策』は俺が対応しよう。場合によってはその資料作成をお願いするかもしれない。もっとも町長に何の資料も渡してないのに、先に議員に資料を渡す訳にはいかないからまずは口頭で説明だな。その他の課題については田中君と高橋君で手分けして迅速に進めてくれ。
 まずは事業用地の選定だな。一昨年のデータにはなるが福祉課が『高齢者福祉センター』を建設する際にいくつかの候補地を調査していたはずだ。その資料をたたき台にしてはどうだ。福祉課長には俺からも一声かけておく。
 文部省の回答次第ではあるが、もしかしたら日本で初めての『妖精美術館』になるのか。全国展開している『ふるさと創生事業』の中でもとんでもなく特色ある事業になるんじゃないか。メディア受けも良いだろうな」
 飯田は満面の笑みを浮かべたまま福祉課に向かい高橋と田中は自席に戻った。飯田の頭の中では事業成功を花道に定年退職し、社会福祉協議会会長として任用される青写真が完成しているのかもしれないと高橋は考えた。改めて真剣な顔で田中に向き直り、
「真面目に考えると、候補地探しは難航するな」
「高齢者福祉センターのリストを活用すれば、そこから選ぶだけですよね」
「課長はそういう認識のようだが、そのリストは各地域で開催した懇談会で住民から提案があった土地だ。『空地だからいいんじゃないか』くらいの浅い考えで地域から提案されたが、元墓場とか相続で揉めている土地とかで使い物になる場所は無かったらしい。後で福祉課に再確認するが空地には空地になる理由があるということだ」
高橋は顔を顰めた。
「民有地が駄目なら公有地はどうですか」
「福祉センターの時に公有地も洗い出したはずだが、適地は無かったと聞いている」
「一応聞いてみますか。公有地は総務課が所管ですよね」
「じゃぁ俺は福祉課からリストを貰ってくる」
それぞれ立ち上がり、田中は総務課に高橋は福祉課に向かい、二人とも直ぐに戻ってきた。高橋が紙をピラピラと振りながら話した。
「一応リストは入手したが、てんで話にならなかった。総務課も空振りだろう」
「それが宗像係長から一山分の公有地の資料をいただきました」
「一山分?」
「はい不便な場所なので、高齢者福祉センターの候補には入らなかったようですが、銀山湖の北にある山は町の所有地だそうです」
「そんな土地、何で町が持っているんだ」
「上田ダムの開発に伴う川内集落集団移転の際に、移転先の土地と抱き合わせで購入させられたけど、何にも使えなくて三十年以上塩漬けだったそうです。宗像係長が企画課で使うならナンボでも持っていけって仰っていました」
「確かに不便な場所で高齢者福祉センターとしては駄目だが『妖精美術館』として考えたら、森と湖に面した適地かもしれないな。しかも山一つということは、妖精の小路や展望台、キャンプ場とか多用途に拡張できる可能性がある。道路は通っているし、すごく良い場所じゃないか」
「俺もそう思います。大蛇伝説ともピッタリ合います」
「どの集落にも属してないから、高齢者福祉センターの時のように集落同士の諍いになる可能性もない。最高の場所かもしれないな」
「これで土地の目当てがつけば、後は武藤さんから言われた『建物資料の収集』ですね」
「それについては俺の方で手配してみる」
「設計関係の知り合いとかがいるんですか」
「天栄村役場の知り合いに紹介してもらうつもりだ。田中さんが言っていた『郡山市の英国美術館』と同じような発想だ。天栄村で東京の大学が『英国をテーマとした大規模施設の開発』を始めていると聞いた。その開発関係者を紹介してもらい、英国風の建物や美術館に関する建築資料を頼んでみようと思う。
 課長に状況を報告し、銀山湖の湖畔で妖精美術館を中心とした「妖精の住むふるさと」を進めるという方向性が内定した。
「後で町長にも確認するが『塩漬け土地の活用』『集落のしがらみ無し』『大蛇伝説との親和性』と、これ以上ない最適地と言えるな。俺も内心ではそこが適地と考えていたので意見が一致して良かった」

 二日後の午後、役場では初めて見る男が高橋を訪ねてきた。
「こんにちわ、株式会社ライトスタッフの鈴木と申します。企画課の高橋主任様はいらっしゃいますでしょうか」
明るいネイビーの洒落たスーツを着た二十代後半から三十代前半の男だった。茶髪の下のニコニコとした愛想笑いに、高橋は不信感を抱きながら近づいた。
「企画課の高橋です。はじめまして、ですよね」
 鈴木は、天栄村の菊池から「銀山町の高橋が英国風建物を検討している」という話を聞き訪ねてきたという。打合せを申し込む前に先ず挨拶をという鈴木に、高橋は時間があるか確認して田中に指示した。
「田中、会議室が開いているか確認して貰えるか」
「突然の訪問にもかかわらず、打合せをさせていただけるとは大変恐縮です」
高橋は鈴木の慇懃無礼な態度に不快感を抱いたが、田中を伴い三人で二階の会議室へ向かった。

 会議室で名刺を交換し事業概要を説明する。
「ということで、妖精美術館を中心とした『妖精の住むふるさと』という町おこしを展開していきたいと考えている。それで、妖精美術館に相応しい建物や周辺開発に関する資料や情報提供を鈴木さんに協力していただけないかと、天栄村の菊池さんに紹介をお願いした」
 鈴木は満面の笑みを浮かべた。
「お声がけをいただきありがとうございます。当社は天栄村の英国テーマパーク『ブリティッシュヒルズ』開発について現地コーディネイトをしており、英国風建築などの情報や町づくりの企画のノウハウがございますので、高橋様のお役に立てると思います」
 高橋は少し顔を曇らせながら応えた。
「ただ申し訳ないが、今年度は役場としては調査・企画の予算を組んで無い。当面は協力ということで…」
 高橋が言葉を濁すと鈴木が直ぐに応えた。
「只働きですね、承知しました結構です。我社の基本はフットワークとネットワークです。銀山町さんとのネットワーク構築のため、今年度は無償で協力させていただきます。その上で、我社の仕事の実績を踏まえ来年度の予算で『企画・調査委託事業』として対応していただければなお有難いです。それに向けて鋭意努力いたします」
「もちろんそれは対応させていただく。そのためには今年度なるべく早い時期に事業の道筋を付ける必要がある。その辺りを酌んで対応をお願いしたい。この後に地元の建設会社を紹介するのでその辺りも配慮してもらえるか」
「もちろんです。地元企業を通さないと事業は円滑にいかないでしょうから、私どもは黒子に徹します」
高橋と鈴木は時代劇の悪代官と悪徳商人のようなニヤリとした笑みを浮かべた。
「話が早くて助かるよ」
「妖精美術館の建築にかかる資料、見積書や設計書も必要に応じて準備させていただきますのでお任せください。建設場所の選定は早めにお願いします。え、もう準備できているのですか。なお一点だけ確認させてください。問題は展示物です。これは予算があれば準備できるというものじゃありません。美術品というものは総じてマニアの方々が所有していますから滅多に市場に出ませんし、値段もあってないようなものになります。
 美術館は一般的には金のある実業家が何年もの時間と金をかけて蒐集した品が先にあって建設の話が始まります。
例えば国立西洋美術館は、実業家である松方幸次郎氏が二十世紀初めにヨーロッパで収集した印象派などの絵画・彫刻を中心とする松方コレクションが基礎にあります。
 ブリヂストン美術館はブリヂストン創業者 石橋正二郎の収集した美術品を展示するために開館しました。第二次大戦後にまとまった形で入手したとされていますが数年以上の期間を必要としました。出光美術館も然りです。三菱グループに至っては岩崎一族が数十年かけて美術品を蒐集してもまだ美術館を建設できていません。
また展示品に纏わる物語もある方が望ましいです『誰が、何故、どのように』という点です。『ふるさと創生事業』で一億円の使い道に困り美術品を買いあさった、というのは愚策です。美術品収集に掛かる経緯、心を揺さぶるような物語があるのが望ましいです。そこまでは難しいとしても、展示品を一年とか二年で集めるというのはどんな業者、誰に相談しても無理な話だろうと考えております。展示品の準備はお進みですよね」
 高橋と田中の顔から血の気が引いた。田中は(高橋主任なら秘策のようなアイディアがあるのかもしれない)と希望を抱いたが、すぐに打ち消された。
「今のところ何も無い、全く白紙状態だ。何か伝手があればお借りしたい」
「承知しました。期待に応えられる自信はありませんが、当たるだけは当たってみます」
「頼む、では細かいところは長谷川建設で打ち合わせをしよう。車で先導するので後ろをついてきて欲しい」
鈴木が頷き三人は立ち上がった。

 役場の上空は黒い雲で覆われていた。


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