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銀山町 妖精綺譚(第14話)

エピローグ 銀山町 妖精綺譚

 平成五年六月十八日 福島県大沼郡銀山町に、日本で初めてとなる妖精をテーマにした美術館が開館した。
 開館式では、宇都宮大教授に昇格した稲村久美子名誉館長の記念講演が花を添えた。開館式の進行が一段落ついたところで、高橋が田中に尋ねた。
「皆は気づいていないようだが、正面入口の上にある看板、当初の設計と違うよな。いつ仕様を変更した」
「変わっていましたか。気づきませんでした」
「妖精美術館の文字の上に『稲村久美子』の文字がある。まるで稲村先生の美術館みたいだ」
「本当ですね、そんな仕様じゃなかったですよね。妖精美術館とだけ表示するはずでした。もしかしたら、悪戯好きの妖精の仕業かもですね」
田中はしれっとした顔をしながら答えた。
「妖精なら叱ることは無理か。もう開館したし今更変更もできないか」
高橋は正面の扉の上で黄金色に煌く「稲村久美子 妖精博物館」という文字を再び見上げた。
「退職した、前課長の指示ということにさせていただくか」
「責任は俺がとる、と何度も仰っていましたからね」
 二人の会話を知らず、来賓席に座る社会福祉協議会 飯田会長は満足そうな笑みを浮かべていた。

 同月二十六日、妖精美術館の集会室で半沢とジェニファーの結婚式が挙行された。媒酌人は郷田夫妻が務めた。反町長派と町長派の中堅が笑顔で並ぶ姿は、銀山町の新しい姿を示しているようだった。
 秋に行われた町長選挙で、長谷川町長は三回目の選挙戦を制した。銀山町の歴史で三期目を迎えた初の町長となった。

 翌年以降も町役場はもちろん、住民たちも町の活性化、交流人口や定住人口の増加に向けて様々な取り組みを実践した。
 フェアリースキー場の開設(民間事業者が撤退したスキー場の公営化)。
 映画やドラマのロケ地を誘致するフィルムコミッション。
 医薬品メーカーと連携した御当地入浴剤の開発・販売。
 只見線の景観を生かした「世界一ロマンチックな鉄道」の情報発信。
 ゆるキャラ「マス姫」の創造とプロモーション活動。
 先進国首脳会議に銀山町産天然炭酸水「フェアリーウォーター」を提供。
 「道の駅ぎんやま」の開設。
 豪雨災害で甚大な被害を受けた会津鉄道只見線の復活。
 台湾へのプロモーション、モニターツアー。
 このうちのいくつかの事業企画を株式会社ライトスタッフが受託した。

 奮闘空しく、銀山町は福島県として初めての「限界自治体」(高齢化率が50%を超えた自治体)となり、その後も人口減少、高齢化を止めることをできていない。

 皆は懸命に生きた。
 稲村は妖精界の実地調査へ向かい、その四年後に宇都宮市の中心市街地に「宇都宮フェアリーミュージアム」が開館した。
 ジェニファーは英会話教室を開くとともに公民館などの講師として活動した。町に英語圏のお客様が来た時は通訳としても活躍した。
 須藤は妖精研究を続け英文学の博士号を取得、会津大学講師に就任した。
 高橋は町役場を退職後、農産物加工食品などの特産品を開発販売する企業を郷田と創業した。
 漫画家の水本先生が大黒屋に逗留し、河童を描いた大きな水彩画を残していった。

 そして時代は平成から令和へ移った。 

 令和六年四月一日、田中は企画課長への異動辞令を受領した。
(これが最後の辞令かな。企画課で始まり企画課で終わるというのも少し不思議だ)
 田中の定年にはまだ数年あるが、退職勧奨に応じ今年度一杯で退職するつもりでいた。高橋が社長を務める企業に転職する予定なのである。
 新規採用時に飯田課長、高橋主任、宗像係長などと汗を掻いた日をふと思い出した(あの頃の話を知る者は、銀山町役場には俺しかいないのか)。

 町長室から執務室に戻ると商工観光課の若手職員、片山が話かけてきた。
「田中課長、郡山市の福島太郎さんという方から『妖精の住むふるさと事業が始まった時の話を教えて欲しい』というメールが届いたんです。公文書は残ってないので正式な回答はできないのですが、全くのゼロ回答もどうかと考え課長に相談したら、田中課長に相談するよう指示されたんですが、いかがいたしますか」
 田中は片山が手にしていた紙を受け取った。
「福島県郡山市に住む者ですが、趣味で小説などの執筆活動をしており福島太郎というペンネームで活動しています。銀山町における『妖精の住むふるさと』や『妖精美術館』がどのような経緯で始まったのか教えていただきたくメールしました。
 公文書などの資料は保管期間を過ぎていると思いますので、当時のことをご存知の方からお話をお聞きできればと考えております」
 文面を確認した田中は、後ろにある窓から妖精美術館の方向を見上げた。
(稲村先生は「他の人には内緒」って仰いましたが、この福島太郎さんに伝えても良いでしょうか。いえ、伝えさせてください「妖精の住むふるさと」のはじまりの物語、純真な女の子と妖精との出会いから始まる、銀山町の人たち、妖精研究家、役場職員の物語。
 銀山町で生まれた不思議な妖精奇譚(フェアリーテイル)、俺の中にあるtrue story)

「お気に召すまま」
田中の胸に愛らしく微笑む稲村の顔が浮かんだ。

 時代が変わり、人が変わろうとも「稲村久美子」の看板を掲げた妖精美術館は、銀山湖のほとりに、稲村の魂と妖精とともに永遠に在り続けるだろう。

https://note.com/tarofukushima/n/nfefebbf94ac7



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