素直で丁寧だった頃のディズニーシーの話をしよう【ここがへんだよディズニーシー③】
この記事は『ディズニーシーがテーマパークを完全に変えてしまった。でも、どうやって?【ここがへんだよディズニーシー②】』続きもので、シリーズの第3話である。
サービススケープ
ここで、非常に根本的な視点の転換を行なってみよう。すなわち、ディズニーシーをストーリーではなく、サービスの側面から見るという転換である。
視点を変えると、そこには一つの問題が見えてくる。
シリーズ第2話で見てきたように、東京ディズニーシーは他に類を見ない密度の高いストーリーのネットワークを築き上げている。しかし、よく考えたら……「ストーリーのネットが緻密だからといって、ベストなテーマパークになるとは限らない」のではなかろうか?
ディズニーテーマパークは、ディズニーという映画会社が作っている以上、映画的な演出や発想が盛り込まれている。しかし、映画とテーマパークの最大の違いは、映画は物語を伝えるが、テーマパークはあくまで遊園地であるということだ。ディズニーの創り上げる物語は、遊園地のサービスにどのようにかかわっているのだろうか?
テーマパークとは
シリーズ第1話では、アラン・ブライマンの提唱した「テーマ化」という概念を紹介した。
ブライマン(2008)はこうした「テーマ化」が重要になる理由について、「サービススケープ」の存在を挙げている。
例えば、二つのイタリア料理店が建っているとしよう。どちらの店も、同じくらい美味しくて同じくらいの価格・量のスパゲティを提供している。
その際、居酒屋のような雰囲気のごきげんなトラットリアで食べるのと、ドレスコードのあるクラシックなリストランテで食べるのでは、その味も、価格や量に対する印象も全く変わってしまうはずだ。場合によっては、全く同じ商品に対し「最高!」と感じるか「ひどいな……」と思うか、評価すら変わってしまうことが想像できるだろう。
サービススケープとは、商品の質を支えるこういった環境のことを指しているのである。
現代のサービス業では、そうした観点からのブランディングが必須である。
なぜならば、マクドナルドに代表されるようなチェーン店が均質でハズレのない商品を提供するようになったからである。次第にお客たちは、そのサービスが行われる背景を含めて商品価値を判断するようになってきたのだ。
したがって、ディズニーテーマパークのストーリーはただのストーリーではない。サービスの質やイメージを左右する、商品の価値を底上げする為に必要なもののひとつとして設計されているのである。
さて、こうした観点から、東京ディズニーシーが世界最高のディズニーパークの名に恥じぬ場所であった理由をもう一度考察してみよう。
私は、サービススケープの質の高さが、東京ディズニーシーを“THE BEST”たらしめていたと考える。具体的に言えば、そこには「サービスとストーリーの一致」が見られるのである。
ディズニーシーのサービススケープ
ここで、東京ディズニーシーにおけるサービススケープに注目してみよう。
例えばエンターテイメント「ポルト・パラディーゾ・ウォーターカーニバル」は、イタリアの即興喜劇「コンメディア・デッラルテ」とカーニバルの雰囲気をテーマとし、2001年から06年(東京ディズニーシー5周年)まで公演された。このショーは、ショーが行われる港町「ポルト・パラディーゾ」の名前の由来となった伝説を祝う毎年の恒例行事という設定だ。したがって、単なるテーマパークの催し物である以上に、ショーが行われるエリアのストーリー内に組み込まれている。
「東京ディズニーシー・ホテルミラコスタ」はイタリアン・クラシックをテーマとした宿泊施設で、20世紀初頭の地中海をテーマとしたエリア「メディテレーニアンハーバー」に位置している。窓からはテーマパーク内を一望することができ、目の前にはプロメテウス火山やポルトフィーノを再現した景色、あるいはヴェネツィアのような運河、そして広大な海原が広がる。ゲストはここに実際にチェックインし、宿泊し、一階の通用口からメディテレーニアンハーバーの広場に出て行けるのだ。
メディテレーニアンハーバーの「ザンビーニ・ブラザーズ・リストランテ」は、ワイナリーを改装して造られたという設定のイタリア料理レストランである。「ブラザーズ」と名についているのは、このレストランを運営するのがザンビーニ三兄弟だからである。レストランのカウンターは提供メニューによってピッツァ、パスタ、リゾットの三つに分かれており、これらは三兄弟の得意料理に対応しているということになっている(更にカウンターは赤、白、緑で色分けされていて、イタリア国旗のトリコローレに対応する)。
以上のように、東京ディズニーシーにあるそれぞれのアトラクションやレストランならびにショップは、見事なストーリーのネットワークに位置づけられているだけでなく、それぞれのストーリーがサービススケープとしての役割を完璧に果たしていた。そして場合によっては、ストーリーを表現する目的でサービス自体がストーリーに対して最適化されているのである。
これは、東京ディズニーランドが明らかな行楽施設であることに対して、非常に重要な意義を持つ。
東京ディズニーシーでは、ストーリーのネットワーク上に位置付けられた複数の施設がストーリーに相応しいサービス内容を提供することで、あたかも七つの港町を実際に観光するかのような非日常的体験を作り出してきたのだ。
だから、「仕事がお休みのよく晴れた寒い日、地中海の港町を訪れ、朝ごはんにパンを購入する。ホテルで簡単に食べてもう一度町に繰り出したら、高架下でコーヒーを購入し、のんびりと散歩する。丘を歩いていくと昔ながらのワイナリーがあり、地ワインを出してくれる。頂上には地元の有名人が建造した博物館があって、遠くには中世のお城と要塞、そして煙を吐く火山が見える……」というような体験が、実際にできてしまうのだ。
もちろん、東京ディズニーシーに再現された町はすべて偽物で、テーマパークであることを、ゲストは理解している。しかし、我々はディズニーシーを哲学的ゾンビやチャットAIのように扱うことがあるのである。
同じように、東京ディズニーシーの中にいる我々は、「目の前の街はすべてテーマパーク内に造られたもので、建物は偽物で、サービスはマニュアル化されたファストフードである」とわかっていながら、同時に実際にその街で旅をしているかのように感じることがある。
ディズニーランドは永遠に完成しないと言われるが
ところで、インターネット上で使い古されたクリシェな言い回しは「うまいことを言ってやったぞ!」感があってあまり好きではないのだが、それでも同意せざるを得ない言説がある。
「ディズニーランドは永遠に完成しないと言われるが、東京ディズニーシーは開園した時点で既に完成していた」というものだ。
すなわち、ディズニーランドや東京ディズニーランドの歴史を進化の歴史と言うならば、東京ディズニーシーの歴史は老化の歴史なのである。
こういったムードが一部ディズニーファンの間に漂っている。
多くの極端なディズニーファンの間では、「ディズニーシーは5周年まで」といわれる。
少し年長のディズニーファンの間では、「ディズニーシーは10周年まで」といわれている。
ディズニーシーに同情する者にとっても、せいぜい「ディズニーシーは15周年まで」である。
そしてついに先日、YouTubeでこんな動画を見かけた。
この文言はまさに、東京ディズニーシーの現状を映し出していると思う。
東京ディズニーシーは世界のテーマパークファンの間でも「世界最高のディズニーパーク」と言われ、時に「世界最高のテーマパーク」とすら評されてきた。
しかし一方で、我々はその評価をうずうずしながら聞かざるを得ない。東京ディズニーシーはすごいが、かつては“もっとすごかった”からだ。
この動画の投稿主は東京ディズニーリゾートに関する情報を英語で発信している。テーマが日本のテーマパークに絞られていることからおそらく日本に住んでいるかあるいは滞在しているのだと推察される。しかし、こうした情報が英語圏に発信され始めたことは、大きな意味を持つだろう。
(ちなみに、当該動画の内容と私の主張は根本的には同じだが、具体的には全く異なっている。差し引いてもとてもおもしろい動画なので、是非ともおすすめしたい)
ここまで、東京ディズニーシーを讃える海外ファンの言葉“THE BEST”を分析してきた。そこで続く記事では、東京ディズニーシーの“What Went Wrong?”という問いに向き合ってみたい。
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