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忘れ去られた第四の勢力【博物館とディズニーランド①】
「これではディズニーランドに負けてしまう」
大学や博物館、史跡といった施設を愛する方々が恨み節のように述べる言葉である。
彼らの要旨はこうだ。
人々は教育施設である博物館に行かず、娯楽施設であるディズニーランドを選んでしまう
挙げ句、博物館はエンターテイメントに逃げ、教育機関としての意義を見失っている
優秀な学生は、幼い頃にディズニーランドよりも博物館が好きだった。人はディズニーランドよ
さわって壊せる文化財【博物館とディズニーランド②】
1983年に日本に東京ディズニーランドが開園。これは、フロリダ州の「マジックキングダム」をほとんどコピーしたものだ。
しかし、その後の2001年に開園した日本国内第二のディズニーパークである東京ディズニーシーは、世界でも日本にしか存在しない独自のものである。
この記事は、『忘れ去られた第四の勢力【博物館とディズニーランド①】』の続き。
ディズニーランドの特徴が東京ディズニーシーにどのように受け継
それは、魔法という名の漂白剤【博物館とディズニーランド③】
「ディズニーランドには博物館のような役割もある」
そう聞いてあなたはどう思うだろうか?
納得するだろうか、それとも疑問を呈するだろうか。
私は、そのどちらも正解であると思う。
この記事は、『さわって壊せる文化財【博物館とディズニーランド②】』の続き。この記事では、博物館とディズニーテーマパークを取り巻く2つの議論を紹介しつつ、博物館とディズニーランドの関係性の行く末を考える。
「カリブの海
杞憂、自由、苦悩【博物館とディズニーランド④】
西村ひろゆきとディズニーランドの共通点は何か?
それは、「うそはうそであると見抜ける人でないと難しい」ことである。
ひろゆきの発言は、極限の状況を想定した思考実験や、細部を削ぎ落とした「要約」、現実世界に落とし込む際には調整が必要な割り切り思考が溢れている。
だから、発言自体はおもしろいし参考になるのだけれど、決して鵜呑みにはできない。
ディズニーランドも同じだ。アメリカや世界各国の文化をもと
誤った地図を正すのも、楽しみのひとつです【博物館とディズニーランド⑤】
博物館とディズニーランド。迷ったら多くの人はディズニーランドを選んでしまう。
そのとき前提にあるのは、博物館とディズニーランドは水と油であるということである。
しかし、本当にそうだろうか?
この記事は、『杞憂、自由、苦悩【博物館とディズニーランド④】』の続き。
前回の記事では、ディズニーランドを訪れる人々がパーク内で語られる物語に無関心であるという事実について考えた。
多くのゲストがディズニ
「娯楽的側面」という壁を越えるには【博物館とディズニーランド⑥】
博物館に行くか、ディズニーランドに行くか。悩んだらディズニーランドに行くべきだ。
何故なら、ディズニーランドの後には必ず、博物館に行きたくてたまらないと思うから。
この記事は、「博物館とディズニーランド」シリーズの最終回。
これまで議論してきた博物館とディズニーランドの間に横たわる問題を、ここで再定義しよう。
人々は教育施設である博物館に行かず、娯楽施設であるディズニーランドを選んでしまう