記事一覧
かんごし通信 その10(2020.8)
小さい頃からとにかく目立ちたがり屋のこどもであった。小学生の頃の私は特に成績が良い訳でもなく、はたまたクラスで人気のお調子者という訳でもなかったが『学級委員』のような今思い返せば先生から面倒ごとを背負わされるだけの役職に目を輝かせていた。普段は休み時間になると図書館の隅で漢字も読めない歴史の本を読み漁ったり、誰も聞いていないような変な洋楽を聞いてニヤニヤしているだけのこどもであったが、クラスの係を
もっとみるかんごし通信 その9(2020.7)
『術後せん妄』という言葉をご存知であろうか。これは手術に於ける合併症の一つで、手術をきっかけにして起こる精神障害を指す言葉である。手術後の患者が突然に錯乱、幻覚、妄想状態となり、一週間前後続いてから次第に落ち着いていくという特異的な経過を辿る。私が勤めている整形外科病棟では手術が終わった後に心電図のコード、点滴、抗生剤に始まり、輸血、血抜きのドレーン、硬膜外麻酔、尿管、血栓防止のフットポンプなど
もっとみるかんごし通信 その8(2020.6)
先日、築三年ほどになる我が家の庭先に、ヤマボウシとサザンカの木がそれぞれ二本ずつ植えられた。同居している両親が日よけと視線対策のために手配してくれたもので、実際植えられたところを見ると、これがなかなかにいい感じなのであった。今まで玄関先の景観について殊更興味が湧くこともなかったのだが、気付けばこども達を外へ引っ張り出して一緒に砂利を退かし、一心不乱に土を掘り起こしていた。その足で某ヨークタウンにあ
もっとみるかんごし通信 その7(2020.5)
三月十五日二十三時三十三分、我が家に待望の第三子が誕生した。春に因んだ名前を授けられた彼は本日の沐浴も無事に終了し、泣いたり泣かなかったり、飲んだり飲まなかったりしながら俗世を過ごしている。新型コロナウイルスの影響で市内の保育園も自粛ムードとなり、私が夜勤明けで虚ろな目をして帰宅しても、三人の未就学児と一人の成人女性の意のままに飛んだり跳ねたり走ったりを繰り返す日々である。
多少の運と看護師
かんごし通信 その6(2020.4)
ある土曜日の朝。家族一同が休日であるにも関わらず、時計の短針が七を指すか指さないかという時間にむくりと布団から這い出し、寝ぼけた私の精一杯の制止を振り切って気温氷点下の世界でアスファルトを駆けて行くのは我が家の五歳になる長男である。本来であれば、今さっき見た出来事は全て悪い夢であったことにして布団にくるまっていたいものであるが、外界で体長十メートルの怪鳥に襲われて連れ攫われては夢見が悪い。それに加
もっとみるかんごし通信 その6(2020.3)
世間ではもうそろそろ桜の開花が始まる頃であろうか。令和を迎えて初めての冬はあっという間に過ぎ去り、平成という時代を早く忘れようとしているような、そんな物悲しさを感じさせるものであった。
私が幼い頃は〇〇市も雪が多く、自宅の裏の畑でそりすべりをしたり、かまくらを作って遊んだ記憶があるが、今年はこども達と雪遊びをすることも出来ずに、赤と青のスキーウエアは次の冬に備えて出番を待っている。ここで一つ断り
かんごし通信 その5(2020.2)
改めまして、明けましておめでとうございます。令和を迎え、年末年始の慌ただしさも過ぎ去り、空き部屋ばかりだった病棟もあっという間にいつもの景色を取り戻してしまった。我が家では長男が人生で二度目のインフルエンザにかかり、妻が人生で二度目の逆子の真っ最中。年末には心機一転、大掃除をした記憶はあるのだが、辺りを見渡す限りあれは初夢だったようだ。学生時代には年が明けるというだけで何か新しいことが始まるよう
もっとみるかんごし通信 その4(2020.1)
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。とは言ったものの、この原稿を打ち込んでいるのは令和元年十二月の某日、真夜中の病院の中である。皆様におかれましては大晦日に清酒を口に含んで紅白歌合戦を見たり、除夜の鐘の音を聞きながら今年一年を振り返ったであろう一二月三十一日もまた、私は病棟中をせかせかと歩き回る予定になっている。この仕事を生業として間もない頃は、「正月も休みなく働くな
もっとみるかんごし通信 その3(2019.12)
みなさまは「エモい」という言葉をご存知だろうか。「エモい」というのはここ数年で若者の間に浸透した言葉であり、「エモーショナル」という英単語から成る略語である。和訳すれば感動的、情緒的、などといった意味で、元々は音楽のジャンル分けに使われる言葉であったが、近頃はどうも映画や写真、小説などに対して「かっこいい」や「素敵」などの広義の意味で使われるようになっているようだ。なにくそ最近の若者はなんでも略せ
もっとみるかんごし通信 その2(2019.11)
今月の12日、過去最大級と言われる台風19号が日本列島を練り歩いていった。我らが○○市では幸いなことに全国的なニュースになるような事柄はなく、入院されている患者様も皆口々に『やっぱりね。奥羽山脈に守られてるから山形は大丈夫なのだよ。』と、真意の程は分からないが土地の恩恵を我が物顔でありがたく感じているようだった。かく言う私もあぶく銭をせっせと貯め込んで建てた築2年のささやかな我が家と二人のこども、
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