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「売ります。赤ん坊の靴。未使用」世界最速のstory

最近、とても短い言葉に惹かれます。もともと短歌を作っているけれど、中には三十一文字よりも短い文章で物語が成立することもあり、それに感動するのです。

For sale: baby shoes, never worn.

訳すと「売ります。赤ん坊の靴。未使用」

一説には、アーネスト・ヘミングウェイがバーで他の作家と

「6つの英単語で小説が書けるものなのか」

という賭けをして10ドルをカウンターに置いたヘミングウェイが書き上げた、とされています。

しかし、彼が10歳の頃に実話として、未使用の乳児用品を新聞広告で売りに出されており、悲劇として取り上げられていたそうです。ヘミングウェイはこの時のことを覚えていたのではないでしょうか。

それでも、この作品は白眉です。6つの単語で出来ている話ですが、とても深いです。

赤ん坊の靴を売りに出している。つまりもう必要ない。しかし、未使用だから中古ではない。わざわざ定価で買い揃えたことになる。

そう考えると、赤ん坊が靴を履けるようになる前に亡くなってしまい、必要の無くなった靴をセールに出していることが分かります。

そこには、我が子への思いを仮託したベビー用品を見るのが辛くて、一刻も早く売りに出したい親の悲しみも伝わって来ます。

わずか6つの英単語の連なりです。しかし、どれだけ奥行きのある作品か。

筆者は昨日、大江健三郎が小学4年生で書いた、たった4行の詩について書きましたが、このヘミングウェイが書いた(例え大きなヒントがあったとしても)超が3つ着くほどの短編小説も素晴らしいと思います。

その大江が子供の頃書いた詩は

雨のしずくに
景色が映っている
しずくのなかに
別の世界がある

ここには文学の最大のテーマと創作のすべてが詰まっています。

私は文学とは、自らの心が作り出した想念が、現実に映り込む景色を書くことだと思っています。

文学とは何か、創作することは何か、世界とは何か。のちのノーベル賞作家は幼い頃にたったの4行で現してしまったのです。

奇しくも、二人とも小説家になりのちにノーベル文学賞を受賞します。彼らは、短編、中編、長編だけでなく、その奥行きを数文字、数行に圧縮出来るのです。

ノーベル文学賞というと、ヘミングウェイと同い年で大江健三郎の前に初めて日本人として受賞した川端康成がいます。

私の中で彼の名作と言えば『掌の小説』。

ショートショートというより掌編小説です。川端は、小説家でありながら詩人のような資質を持っており、その短い言葉の切れ味と物語性が相待って素晴らしい掌編集になっています。

一番有名で評価が高いのが「有難う」ですが、私のおすすめは「心中」。妻から逃げた夫の声が、彼女に聞こえてくる、不思議で切ない話。文庫で2ページと数行ですが、半端な長編を遥かに凌ぎます。

私にとっては難しい作品が多く、読むのに苦労しましたが、是非おすすめ。一読の価値ありです。

ノーベル賞候補とも言われている村上春樹(その年のノミネートは50年後まで分からない)もショートショートを何冊か書いています。

筆者は糸井重里との共著『夢で会いましょう』の村上が書いた「アイゼンハワー」が素晴らしい作品だと思っています。

僅か文庫で2ページにも満たないショートショートですが、文学性とエンタメ性、春樹らしさが凝縮されています。

映画のような、詩のような……とても短く、『夢で会いましょう』の最初に収録されている作品なのであえて内容は書きません。ぜひ読んでみてください。

ノーベル賞作家=間違いなく偉大、では無いかもしれませんが、文豪たちはメジャーな長編も、小ぶりな掌編さえも、ものにします。

私にとっての理想の小説は、一つの題材で原稿用紙一枚から、掌編、短編、中編、長編、大長編まで伸び縮みさせながらあらゆる長さで書けることです。

私は短歌を一番に書いていますが、いつか五七五七七で、たった数ページでこの世界を封じ込める作品を作りたい。そんな名作と呼べる歌や物語をもっと読んでみたい。

ショートショート&掌編小説の短さの沼にどんどんハマりそうです。

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