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世界中の政治史を調べた政治学者は、軍隊と国家の関係を強制・抽出のサイクルとして説明している

イギリスの政治学者サミュエル・ファイナー(1915~1993)は古代から近代にわたる世界中の政治史を調査し、その成果を『太古以来の統治機構の歴史(The History of Government from the Earliest Times)』(1997)にまとめたことで有名です。ファイナーはこの大著を最後まで書き上げることができないまま亡くなってしまいましたが、彼の議論は今でも多くの研究者に刺激を与えています。

ファイナーは政治体制を研究する上で国家機構の形態が軍事組織の形態によって大きく左右されることに注目しており、国家と軍隊が相互に依存し合うサイクルを「強制・抽出の循環」と呼びました。

この議論をファイナー自身が(a)から(g)までの7個の主張にまとめています。

(a)軍事組織は政治的共同体(political community)、体制(regime)、支配権(ruling authorities)を確立し、維持する上で不可欠なものである。
(b)社会のさまざまな集団、あるいは階層の間に武力を分け与える方法は、その体制の形態を決定づける。
(c)一時的な組織か、恒久的な組織か、無給の軍人か、有給の軍人か、などといった軍隊の制度的な特徴は、(b)で述べたことと重なるが、政治的共同体、体制、支配権の永続性、あるいは安定性に重大な影響を及ぼす(Finer 1997)。

近代国家の権力は、領域の内部で物理的な暴力の行使を独占することによって機能します。ここで述べている物理的な暴力の担い手こそ軍隊です。このことは、社会学者のマックス・ウェーバー(1864~1920)の研究でよく知られています。

ファイナーはこのウェーバーの研究に依拠し、軍事組織の雇用形態と報酬形態が、国家の安定性を左右すると論じました。つまり、国家が平素から兵士を雇用しているかどうか、軍務に従事する報酬があるかどうかによって、軍事組織の任務遂行能力に変化が生じるということです。

ここで重要な調査項目となるのが財政収支であるとファイナーは述べています。著作では、議論が次のように続いています。

(d)軍事制度によって、支配者が被支配者の住民から資源を引き出せるかどうか、あるいはどれほどの資源を引き出せるかが決まるが、逆に考えると獲得した資源でどのような軍事制度が採用されるかが決まってくる。この二つの相互依存の関係を私は別の箇所で「強制・抽出」の循環と呼んでいる。
(e)統治機構の歴史において、戦争、ひいては軍隊に関する支出は、古代エジプトに成立した旧帝国を除けば、国家の財政的、経済的資源を浪費し、継続的に消耗させる最大の原因であった。
(f)この理由と(d)で述べた強制・抽出の循環のために、軍隊、特に常備軍の編成と維持は、官僚機構の出現にとって非常に重要な要因であった(Ibid.)。

ここで述べられている「強制・抽出の循環」をもう少し噛み砕いて説明すると、次のような軍隊と国家の関係を表しています。すなわち、軍隊が国家の安定に不可欠な組織的暴力を公共サービスのために提供することで、国家は住民と住民の資産を管理することがはじめて可能になります。この強制力を用いて国家は官僚機構の徴税機能を発揮し、住民の資産の一部を奪い、その資源を軍隊に配分します。

この一連のサイクルに何らかの異常が起こると、それは財政の不均衡として現れてきます。軍隊に関する支出が、国家の収入をはるかに上回る状態が固定化すると、国家は住民の支払い能力をはるかに超える負担を課すことになります。その結果として、住民の生活は破綻してしまい、経済停滞や社会不安が引き起こされやすくなり、さらに国庫の収入は減少するという負のスパイラルが起こります。

このような収入と支出の不均衡を財政運営によって是正できなくなれば、いずれ軍隊の能力を維持できなくなり、反乱や革命が起きても対処することができなくなります。この強制・抽出のサイクルという視点で政治史を捉えることができれば、政治というものがどのような社会現象であるかを明確に理解できるようになるとファイナーは考えました。

この議論の最後で、ファイナーは政治史を研究する上で多くの人々が見落としがちな要因に目を向けています。

(g)軍事技術の変化は国内の経済や社会と関連することもあったが、国外から導入されることもあったので、独立変数として位置づけることができる。軍事技術が部分的に変化すれば、上述した(a)、(b)、(c)に決定的な影響を及ぼす(Ibid.)。

軍事技術の変化が政治情勢に長期的な影響を及ぼし、政治体制の在り方さえも変えてしまうことを、歴史の用語では軍事革命(military revolution)と呼びます。16世紀に近世ヨーロッパ諸国の戦争で火器が歩兵の装備として導入され、軍隊の戦闘力を維持するために必要な経費が大きく膨張したことによって、国家は存続のため、より効率的に財政能力を獲得しなければならなくなったことも、軍事革命として解釈することができます。

ファイナーの議論は、軍事革命論の一つとして位置づけることができるでしょう。あらゆる軍事技術の影響が統治機構の制度や運用を変えるわけではありませんが、新しい軍事技術が導入されると、それは国際政治、特に勢力均衡のメカニズムを通じて関係国に軍拡競争を強いることになります。この競争の負担に財政的に耐えられなくなった国家は、内乱によって、あるいは戦争によって淘汰されていくので、結果として新たな軍事技術を採用することができた国家の政治体制が後の時代の政治の形態を規定すると考えられます。

このファイナーの視点は非常に基礎的なものではありますが、政治学を学ぼうとする方々にとってよい出発点になると思います。政治を原理原則から理解したいならば、思想や理論に取り組むのではなく、まずは歴史を辿ろうとするファイナーの姿勢が参考になると思います。

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