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人口とインフレで世界各国の体制崩壊は説明できる『近世世界の革命と内乱』の書評

国家を存続させることは簡単なことではありません。何百年間も存在していた大国であったとしても、国内外で起こる問題を解決するだけの能力を失えば、容赦なく歴史の表舞台から引きずり降ろされてしまいます。

このような国家の興亡は多くの政治学者の関心を寄せるテーマであり続けており、現在も議論が続いているのですが、今回は米国のハーバード大学教授ジャック・ゴールドストーンの著作『近世世界の革命と内乱(Revolution and Rebellion in the Early Modern World)』を紹介してみたいと思います。1991年に初版が出た著作ですが、1993年に米国社会学会(American Sociological Association)から賞を与えられ、多くの研究者に参照された業績であり、2016年に再版されています。

Jack A. Goldstone, Revolution and Rebellion in the Early Modern World, Routledge, 2016.

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著者は世界史における革命や内乱といった国家崩壊の危機を説明するためには、人口変動に着目することが非常に重要だと主張しました。それまでの研究でも国家崩壊を引き起こす要因については議論されてきましたが、研究者が示す説明は財政的な危機、若年労働者の貧困が引き起こす社会変動などの要因が混在しており、明確な因果関係を特定することができていませんでした。

著者は、より明確な説明を提示するため、人口の増加と体制の変動を結びつけるモデルを提案しています。ある国で人口が増加することは、そこで消費される財が不足しやすくなることを意味しています。これはあらゆる財の価格が上昇する要因になります。つまり、物価の継続的な上昇、インフレーションを引き起こすと考えることができます。

このインフレーションが進行し続けると、民衆は労働収入で生活に必要な財を手に入れることが難しくなってきます。その影響はまだ資産が形成できていない若年層に顕著に現れます。いったん民衆の生活が困窮すると、景気は低迷し、雇用は失われます。国の税収も減少し始めます。国が財政的問題を解決するために、資産を持つエリートに課税しようとすると、エリートはそれぞれの利益を守るために党派ごとに分裂し、互いに武力で争うことも辞さなくなります。しかも、世間には失業状態にいる若年層が大量に存在しています。エリートは彼らを政治的、軍事的に動員することで内乱や革命を引き起こすことが可能です。

これが人口・構造モデル(demographic structural model)に基づく国家崩壊の説明であり、17世紀のイングランドで起きたピューリタン革命、18世紀のフランス革命、17世紀の明の滅亡やオスマン帝国の内乱といった世界史の事例はこのモデルで説明が可能です。歴史上のデータや資料によれば、いずれの革命、内乱の事例においても人口増加とインフレーションが先行して起きていました。これは時代背景や地域特性が異なる事例であったとしても、国家崩壊が進行するパターンに一貫性があるということを示唆しています。ただし、その裏付けとなるデータや資料には限界もあるため、モデルの妥当性を検証するためにはさらに調査が必要となることは著者も認めています。

実証的な妥当性に課題は残されているものの、この研究成果は次の点で大きな意義を持っています。それは、総人口が急激に増加し、若年層が膨張した国では、内乱や革命から民主主義へと移行することが難しいと考えられていることです。このような場合、エリートは自らの既得権益を守るために戦っており、その既得権益を守るために、権力をより集中させた方が政治的に見て有利です。したがって、革命によって民主化が進む国と、かえって独裁化が進む国を区別する上で人口構造が重要な指標になる可能性が高いと考えられます。

2010年に中東で起きたアラブの春では、民主化に向けたプロセスが進むという期待も一部でありましたが、シリア、リビア、イエメンは長期戦に突入し、それ以外の国では民主化に逆行する方向へ政治システムが強化されました。これらの国では若年人口の増加が起きていることが報告されているため、著者のモデルがよく適合しています。また、アフリカ諸国でも若年人口が急増していることから、ナイジェリア、ウガンダ、タンザニア、ニジェールなどで暴力的な国家体制の変動が起こるリスクがあります。

この著作で示されたモデルの妥当性が今後の研究で検証されていけば、政治史を研究する際に歴史人口学の成果を参照することが極めて重要な意味を持つことが理解されるようになるでしょう。政治情勢に人口構造が与える影響を理解すれば、将来の世界情勢を予測する上で大いに役立つはずです。


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