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論文紹介 米国の若者はどんな動機で軍隊に入隊しているのか?

アメリカでは1973年に徴兵を停止し、志願制に移行してから、軍隊に志願する若者の特徴に関する調査が継続的に行われています。これまでの研究者の調査で分かっているのは、高校卒業前の段階で軍隊に入隊する可能性を表明した個人は6年以内に入隊する確率が高いということです。アメリカ社会では、アフリカ系またはヒスパニック系の男性であり、学外において追加の技能を習得しようとする意欲が強い個人は、軍務に就くことに関心を持ちやすいともされています。軍隊に入隊する若者の動機づけがどのような要素で構成されているのかを社会学的に調査した研究として次のような成果が出ています。

Woodruff, T., Kelty, R., & Segal, D. R. (2006). Propensity to serve and motivation to enlist among American combat soldiers. Armed Forces & Society, 32(3), 353-366. https://doi.org/10.1177/0095327X05283040

一般的に軍隊に入隊する動機に関する研究では、国民としての義務、国家に対する奉仕の精神、愛国心といった利他的な動機と、自尊感情の強化、困難への挑戦、技能の習得といった利己的な動機を総合的に考察します。後者の動機に関しては、給与や福利厚生の関係も考慮します。

1970 年代に社会学者のチャールズ・モスコス(Charles Moskos)は軍隊という社会構造を「制度(institution)」と「職業(occupation)」という二つの類型に区分して分析することを提案していますが、そこでは制度モデルの軍隊は利他的な動機を、職業モデルの軍隊は利己的な動機を重視していることが示唆されていました。

モスコスの研究では、軍隊の制度モデルと職業モデルはあくまでも理念的な類型として位置づけられており、現実の軍隊は両者の中間に位置すると考えられています。つまり、軍隊の管理者は、自らの組織をどちらのモデルに近づけるべきかを調整する必要があります。

しかし、この論文の著者の一人であるデヴィッド・シーガル(David Segal)は、早くからモスコスの捉え方を批判し、制度モデルと職業モデルは必ずしも排他的な特徴ではないと主張してきました。実際、論文の中で示されたアメリカ陸軍の兵士を対象とした調査の結果では、入隊した動機について、制度モデルが予想する利他的な側面と職業モデルが予想する利己的な側面が組み合わさっていることが示されています。

2002年の夏にワシントン州のフォート・ルイスで2個の歩兵大隊で勤務する下士官と兵を対象にアンケート調査が行われました。多いのは入隊から2年未満の高校卒業者であり、回答者の3分の2は階級が一等兵以下でした。著者らが分析したところ、大部分(70.0%)は青年期の後半に入隊する意向を持っておらず、高校の在学中に兵役に就くことを考えていたのは30%でした。これはアメリカ陸軍が定員割れを避けるため、入隊する傾向が低い個人を対象にして非効率な採用活動を行っていることを示唆しています。

入隊の動機の内容を選択式で調べたところ、経済的問題、つまり、軍隊以外によい職業選択ができないことや、家族を養う必要があるといった動機は志願においてあまり重要ではなかったことが明らかにされています。最も重要な動機は冒険・挑戦(73.9%)であり、次に国への奉仕(65.8%)が続きます。

高等教育のための資金(61.1%)は三番目に多かった動機であり、これは利己的な動機、つまり職業モデルにおいて支配的な入隊動機と対応する可能性がありますが、四番目に愛国心(54.9%)、五番目に兵士になることへの憧れ(46.3%)と続きます。志願制が定着してからも、軍隊への入隊動機において制度モデルが重視する利他的な動機が支配的であることは興味深いところで、また職業モデルの利己的な動機と明確に分離することが難しい場合があるという指摘も重要です。

この研究は、モスコスの理論が軍隊に入隊する若者の動機の複雑さをある面で単純化しすぎている可能性を浮き彫りにしています。制度モデルと職業モデルの類型は、志願制の下で軍隊に入隊する若者の多くが軍隊に入隊する傾向が弱いことを予想しておらず、若者の入隊動機の中で利他的な要素が占める割合が大きいことも説明できません。

著者らは若者がどのような人生設計を持っているのか、そのライフ・コースを理解することが重要である可能性があると主張しています。つまり、軍隊を退役した後のキャリアにどれほどの将来性があるのか、どのような教育機会を獲得できるのかといった長期的な見通しが入隊の動機を基礎づけている可能性があります。ちなみに、著者らが分析したところ、入隊の傾向が弱い兵士は、金銭的な報酬により敏感になりやすいともされています。軍隊として用意する報酬システムと採用戦略を一貫させることも重要な課題であるといえるでしょう。

見出し画像: U.S. DoD Marine Corps Pfc. Casey Cooper

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