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ベトナム戦争の後で米陸軍の訓練と人事はどのように立て直されてきたのか?

ベトナム戦争に深く関与したことは、アメリカ陸軍にとって大きな損失をもたらしました。多数の犠牲を出しただけでなく、士気の低下、規律の軟化、団結の弱化が発生し、その戦闘効率が低下したのです。

戦争の長期化によって国民から理解を得ることは難しくなっていき、徴兵制が廃止され、志願制に切り替わりました。それまでアメリカ陸軍を支えていた広範な人事的基盤が失われたため、新規採用の基準を引き下げたにもかかわらず、多数の部隊では欠員が慢性化しました。その間にも軍事技術は進歩していったため、アメリカ陸軍は新たな技術環境に適応するように、さまざまな改革を行っています。ここでは、その経緯について簡単に紹介したいと思います。

1970年代のアメリカ陸軍の営内生活は悲惨でした。人種間の暴力、薬物の問題、営内の風紀の悪さなどが深刻な問題になっていましたが、最も深刻なのは凶悪犯罪の増加でした。ベトナム戦争では戦場で部隊指揮官を意図的に手榴弾で殺害しようとするフラッギング(fragging)が頻繁に発生しており、1969年から1971年の間だけでも、フラッギングが800件発生したことが陸軍の調査で確認されており、結果として士官と下士官が45名死亡しました(p. 6)。

志願制に移行してから陸軍に残った兵士の素質は良好とは言い難く、学力の面で見ると40%の兵士が高校卒業資格を保有していない状態でした(Ibid.)。普段の教育訓練も難しくなり、訓練の基準を引き下げる措置が講じられましたが、社会的に有望な若者を採用することは難しくなり、欠員は増える一方でした。1970年代初頭には、陸軍の師団13個のうち戦闘可能なのは4個師団だけになるほど、部隊の充足率が低下していました(Ibid.)。

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