見出し画像

第二次世界大戦の兵士の社会心理に迫る古典的な業績『アメリカ兵』(1949)の紹介

1945年8月、第二次世界大戦が終結を迎えると、アメリカ社会科学研究会議(Social Science Research Council, SSRC)は約500,000名のアメリカ兵を対象とした大規模な実態調査に乗り出しました。

その目的は戦争に参加した兵士の社会心理を解明することであり、サミュエル・ストーファー(Samuel Stouffer)などの研究者が中心となって、『アメリカ兵(The American Soldier)』(1949)で成果をまとめています。軍事社会学、軍事心理学の研究における古典的業績と位置付けることができます。

Stouffer, Samuel A., Edward A. Suchman, Leland C. DeVinney, Shirley A. Star, and Robin M. Williams, Jr. (1949). The American Soldier. Vol. 1-2. Princeton: Princeton University Press.

この研究では面接調査を通じて多種多様な調査項目に関する聞き取りを行っています。その生い立ちによって勤務の成績が左右されること、歩兵科の兵士が不満を感じやすいのに対して、航空科の兵士の満足感が総じて高いこと、海外での勤務は必ずしも士気の低下を招かないが、勤務が長期化するにつれて、職務への熱心さが失われていくことなど、数多くの興味深い成果が報告されました。

軍事学の研究者にとって特に興味深いのは、2巻以降に収録された戦場心理に関する調査研究の成果であり、3章では兵士を恐怖を乗り越えて、戦闘に参加させる動機づけとして、自分の仲間を失望させたくないという感情が重要な役割を演じつことが明らかにされています。また、上官の命令に逆らうことによって、軍法会議にかけられる恐れがあること、身近にいる下士官が模範的に振舞うことも、戦闘動機づけを強化する重要な要因であったことが明らかにされています。

2巻6章では、戦闘部隊に属する兵士が、後方支援部隊に属する兵士を蔑む傾向が生じる理由について考察しています。興味深いのは、第一線で戦う戦闘部隊の兵士の多くは、後方支援部隊の兵士が最善を尽くしていると感じつつも、前線から遠い場所にいるほど兵士としての能力が劣っていると考える傾向を強めるという報告です。後方地域にいても、自分と個人的な関係がある兵士、例えば家族や親戚に関しては例外的に優秀であるという非論理的な評価を与える傾向も報告されています。前線では将校と下士官の区別が曖昧になるという指摘も、戦場の実態を考える上で重要な意味を持っているでしょう。

個人的に注目したいのが2巻11章の内容で、これは作戦に参加した兵士をいつ帰国させるのかを決める際にアメリカ陸軍が導入したポイント制度の分析です。ポイント制度は、軍隊で勤務した期間の長さ、海外勤務の月数、負傷の回数を含めた戦闘勤務の長さ、さらに扶養家族の有無などに応じて兵士にポイントを付与し、累積したポイントが一定の基準に達すると帰国できるという人事制度です。アメリカ国民の多くはこの制度が公平であると考えていましたが、アメリカ軍の兵士、特に最前線で戦闘に参加した兵士のほとんどが、戦闘での功績が過小に評価されているとして、不公平だと考えていました。自分の除隊が不当に却下された経験から陸軍に対する信頼が崩れたという証言も紹介されています。

とても興味深い研究なのですが、入手が極めて難しくなっている著作でもあります。InternetArchiveでアカウントを作って頂ければ、以下のリンクからアクセスすることが可能です。

The American Soldier. Vol. 1, Adjustment During Army Life.
The American Soldier. Vol. 2, Combat and Its Aftermath.

もし古書市場で調達する場合は、第二次世界大戦における社会心理学の研究(Studies in Social Psychology in World War II)という全4冊で構成されるシリーズのうちの最初の2冊である点に注意してください。また、初版が1949年に出ており、その後は1951年、1965年、1974年に再版されているようですが、再版に関しては詳細が分かりません。

日本国内でこの著作を所蔵している図書館は少なく、私が調べた限りだと、国立国会図書館と東京都の明星大学日野校舎図書館だけでした。国会図書館で所蔵しているのは1巻から2巻までのようです。

関連記事



調査研究をサポートして頂ける場合は、ご希望の研究領域をご指定ください。その分野の図書費として使わせて頂きます。