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メモ 軍隊は国民の統合に役立つのか?

軍隊はさまざまな民族を国民として統合する国家機関として機能すると見なされることがあります。例えば、社会学者のJanowitz(1977)は、統治能力が不十分な発展途上国において、軍隊が複数の民族を統合する重要な役割を演じていると論じたことがあります(Janowitz 1977: 80-1)。

しかし、このような見方は多種多様な軍隊の人事を単純化していると指摘されており、政治学者のGrundy(1983)は南アフリカ軍の研究を踏まえ、ある国で優位に立った民族が、劣位に置かれた民族に対する支配体制を確固としたものにするため、軍隊に参加することを制度的に認めない場合があることを指摘しています(Grundy 1983: 278-9)。つまり、軍隊は人事制度によって国民の統合を阻害することもあるのです。

世界各国の軍隊の人事制度を比較すると、国内のあらゆる民族が軍隊の内部で統合されているケースもあれば、特定の民族が締め出されているケースもありますが、多くの場合では折衷的な制度が選択されており、しかもそれは状況に応じて変化する性質があることが分かります。そのため、軍隊が国民の統合に寄与できるかどうかは、その人事制度の変化によって左右されると考えなければなりません。Alon Peledは『忠誠の問題(A Question of Loyalty)』(1998)で軍隊の人事制度は国家のイデオロギー、ナショナリズムによって左右されることを明らかにしています。Peledの見解によれば、ある国の軍隊が特定の民族、少数民族を排除し、あるいは人事的に差別する理由は、自国を裏切り、敵国と通じるリスクがあると考えられているためです。シンガポール軍におけるマレー系の兵士、イスラエル軍におけるアラブ系の兵士、南アフリカ軍における非白人の兵士が差別的に管理されているのも、国家の上層部において政治的な不信感があるためとされています。

権利のための戦い(Fighting for Rights: Military Service and the Politics of Citizenship)』(2006)の著者であるRonald Krebsも軍隊の人事制度の変化を説明しようとした研究者の一人です。Krebsの理論によると、軍隊の採用、進級、配属などの制度が特定の民族にとって不平等な形態に歪められている場合、その民族グループが政治エリートと交渉を重ねることによって、制度が是正されていきます(Krebs 2006: 17)。Krebsの著作で興味深いのは、この交渉の過程で民族グループが優位に立つのは、戦争で多くの犠牲者が出た後であると主張していることです。これは実戦での働きが認められて、国家の上層部から忠誠心に対する疑念がなくなるにつれて、軍隊における民族統合が進展することを示しています。例えば、アラブ系の兵士はイスラエル軍において少数派に属していましたが、戦争で軍事的な貢献が認められるにつれて、軍隊における地位を向上させ、それが公民権の獲得にも寄与していたと考察されています(第1部を参照)。

以上の分析を踏まえるならば、軍隊それ自体が国民の形成を促すというよりも、戦争状態に置かれた際に、さまざまな民族的背景を持つ人々が結集し、一致団結して脅威に対処する過程で国民意識が強まっていき、結果として軍隊の人事制度も変化していくのだと捉えるべきなのかもしれません。

見出し画像:U.S. Army photo by Elizabeth Fraser

参考文献

Grundy, K. (1983). Soldiers Without Politics: Blacks in the South African Armed Forces. Berkeley: University of California Press.
Janowitz, M. (1977). Military Institutions and Coercion in the Developing Nations. Chicago: The University of Chicago Press.
Krebs, R. (2006). Fighting for Rights: Military Service and the Politics of Citizenship. Ithaca: Cornell University Press.
Peled, A. (1998). A Question of Loyalty: Military Manpower Policy in Multiethnic States. Ithaca: Cornell University Press.

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