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ビジネスパーソンのための政治学『「権力」を握る人の法則』の書評

政治学とは一般に権力をめぐって対立、協調、交渉する人間の行動を分析する学問ですが、その対象は必ずしも政府、議会のような国家機関に限定されていません。民間の組織、例えば企業であっても、そこに権力関係があるならば、政治学の立場で分析することは可能です。

もちろん、すべての政治学者が企業内部で展開される社内政治に興味を持っているわけではないのですが、経営学と政治学の二つの領域を横断するような研究者もおり、彼らはユニークな著作を出しています。スタンフォード大学経営大学院教授のジェフリー・フェファー(Jeffrey Pfeffer)もそのような研究者の一人であり、彼の『「権力」を握る人の法則』(2010)はビジネスマンに向けて政治の意義とその技術を解説した著作です。日本では2011年に翻訳されており、2014年に文庫版で読むことができるようになりました。

ジェフリー・フェファー『「権力」を握る人の法則』村井章子訳、日本経済新聞社、2014年

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目次
はじめに 「権力」を握る準備を始めよ
第1章 いくら仕事ができても昇進できない
第2章 「権力」を手にするための七つの資質
第3章 どうやって出世街道に乗るか
第4章 出る杭になれ
第5章 無から有を生み出す――リソースを確保せよ
第6章 役に立つ強力な人脈を作れ
第7章 「権力」を印象づけるふるまいと話し方
第8章 周りからの評判をよくしておく――イメージは現実になる 
第9章 不遇の時期を乗り越える
第10章 「権力」の代償
第11章 権力者が転落する原因
第12章 権力闘争は組織とあなたにとって悪いことか
第13章 「権力」を握るのは簡単だ

頑張ればいつか報われるなどと信じてはならない

多くの人々は頑張っていればいずれ報われるはずだ、よい成績を残せば上司に評価されるはずだと信じ、あえて権力を志向することはありません。著者はこのような発想をすぐに捨て、キャリアのためにも、富を手に入れるためにも、そして組織でリーダーシップを発揮するためにも、絶えず組織内の政治情勢を意識し、自分の権力を強化することを一貫して目指すべきだと主張しています。

政治学を学ぶ人にとっては当たり前のことを述べているように思えるかもしれませんが、権力志向になることを思いとどまらせる要因はたくさんあります。そのために、戦わずして組織内政治の敗者になる人がたくさんいると著者は述べています。

特に重要な要因と指摘されているのは、世の中が公平公正であるはずだと思い込みたがる人間の心理的傾向です。「頑張っていれば、いつかは報われる」という根拠のない信念を持つと、こつこつと仕事で努力を重ねることしかせず、結果として出世の機会を逃すと著者は警告しています。

「実績と昇進の関係に関しては組織的な調査が行われており、数多くのデータがそろっている。あなたが賢いキャリア戦略を立てないなら、まずは事実を知っておくべきだろう。多くの組織、多くのポストで、実績はさほど重要な意味を持たないことが、データによって明らかになっている。つまりあなたの仕事ぶりや目標達成度はおなじみの人事評価にも反映されないし、在任期間や昇進にすらさほど影響しないのである」(邦訳、39頁)

さらに興味深いのは、世の中に出回っているリーダーシップに関する書籍や、経営者の自伝で、権力をめぐる競争で勝ち残ることの重要性が論じられることがめったにないという指摘です。著者は「自分のキャリアをお手本として売り込むリーダーたちの多くが、トップに上り詰めるまでに経てきた抗争や駆け引きに触れないか、きれいごとでごまかしている」と述べています(25頁)。

自分がリーダーとして成功したのは、良心に従い、誠実であり、本音で話し、強引なやり方や汚い手を使わなかったからだと本人が説明したとしても、それを信用すべきではありません。国家の指導者が自分にとって都合良く歴史を書き直すことがあるように、ビジネス・リーダーも歴史を書き直すと想定しておくべきです。支配の正当性を認めさせるテクニックとして、自分のカリスマ性を演出してみせることも政治的技術の一種なのです。

自分の上司から気に入られることの重要性

ある集団の中で繰り広げられる政治的な相互作用は、組織構造に従って展開されます。組織に上下の階層があるならば、自分の昇進や昇給に関して決定権を持っている上層部にアプローチしなければなりません。特に直属の上司は人事評価に与える影響が大きいために、念入りに研究して操作することが必要になります。

仕事で成果を出すことができたとしても、上司に気に入られなければ、それは何の役にも立ちません。むしろ、昇進や昇給はかえって難しくなる恐れさえあると著者は述べています。それほど上司の感情は重要な問題です。自分が上司のことを好きになれるかどうかは重要ではなく、上司が気に入るであろう部下を演じることが必要です。

「自分の仕事ぶりについて考えるとき、ぜひとも確認すべき点が一つある。それは、自分の行動や発言、そして仕事の成果は、上司をいい気分にさせているか、ということだ。いい気分というのは、あなたに満足するという意味ではなく、上司自身が自分に満足しているか、という意味である」(51頁)
「上司を気分よくさせる最善の方法は、何と言っても誉めることである。このことは調査によっても裏付けられており、誉め言葉は影響力を手にする効果的な方法だとされている。褒められて悪い気のする人はいないし、誉めてくれた相手に好意を抱くのも自然な感情である」(54頁)

もちろん、これは初歩的なテクニックなのですが、実際に使いこなすのはたやすいことではありません。経験を積んだ上司であれば、見え透いたお世辞を発する部下の意図を見抜き、否定的な感情を抱くはずであり、逆効果になることもあります。

このことは18世紀のフランスの外交官カリエールが書き残した著作『外交談判論』でも指摘されており、君主との関係を構築する際には、外交官が誉め言葉を慎重に選んで発する必要があると述べられています。ありきたりな誉め言葉を何度も繰り返してはいけません。著作でも述べられているように、誉め言葉の心理的効果は逆U字カーブを描くことが分かっており、最初は高い効果を得ますが、繰り返すたびに効果は弱まっていきます(56頁)。

組織内の部署ごとに勢力が違うことを認識せよ

組織内の政治で勝者になるためには、所属する部署で出世の速さに大きな違いがあることを認識しなければなりません。例えば、カリフォルニア大学で所属する学部によって教員の給与が上昇する速さが異なるのですが、これは学部ごとの勢力の違いを反映していると著者は説明しています(88頁)。

組織内の政治では、どのようなポストを獲得できるかが重要な意味を持っているので、部署ごとの優劣を事前に知り、どの地点からキャリアを始めるべきかを判断すべきです。著者はその部署が受け取っている給与の水準、所在地の便利さや職場の環境、会議などで行使できる権限の大きさは部署の力をよく示していると述べています(101-105頁)。

著者は有力な部署に配属されることは基本的に有利であると認めていますが、そのような部署では出世の競争が非常に激しくなる傾向があるために、まだ誰も目を向けていない部署に入る方が有利な場合が多いと提案しています。

ただ、この提案はケースバイケースで判断しなければならないでしょう。例えば軍隊や官庁のように保守的な組織であれば、将来有望な新しい部署が設立されても、そこに予算や人員を回す意思決定にかなりの時間を要することが普通です。

その結果として、所属することが政治的な優位につながらない恐れがあります。状況によっては、それまで注目されていなかった部署が注目されることもありますが、それは一時的なケースである場合がほとんどです。

ネットワークを構築して自分の権力資源にする

著者が最も力説しているのはネットワーク構築の重要性です。組織の内部だけでなく、外部でも自分と繋がる人物を広く確保しておくことができれば、ほかの人々との競争で優位に立つことができます。ネットワークを構築する上で有利な仕事を引き受けることは非常に重要なことです。

しかし、ネットワークを構築し、それを維持するためには工夫が必要です。著者は一人で食事を済ませてはならないと主張したキース・フェラッジが自分の誕生日のパーティを1年のうちに7回も開催し、それぞれ違う友人を招待したことを紹介しています(163頁)。通常の発想であれば、誕生日パーティーは毎年1回限りですが、ネットワークの構築の観点から見れば、そうしないといけない理由はどこにもありません。古代ギリシアの都市国家で共同食事制度が市民間の団結を維持する制度として採用されたことからも分かるように、食事の場での交流は対人関係を強化しやすいので、これは巧みな方法だと言えます。

ただし、むやみにネットワークを構築するのは効率的ではありません。ネットワーク構築で重要なことは、同じような属性を持つ人々と深く交流することではなく、まったく異なった属性を持つ人々と広く交流することです。

「最も望ましいネットワーク戦略は、さまざまな産業、さまざまな地域にわたって、できるだけ異なる集団に属す多種多様な人々と知り合うことである。ただし深く知り合う必要はないし、強い結びつきを育てる必要もない。社会的な靭帯には、強い密着性はいらないのである」(168頁)

もう一つ重要なことは、自分がネットワークの中心に位置できるようにすることです。社会ネットワークにおける自分の立ち位置を調整することができれば、それは自分の権力を強化する上で大いに役立ちます。

著者はアメリカでニクソン大統領の国家安全保障問題担当補佐官になったヘンリー・キッシンジャーが大統領に直属の国家安全保障会議のスタッフとして、若くて有能なスタッフを抜擢したのですが、ニクソン大統領は若造と話すことを嫌がったので、キッシンジャーは国家安全保障会議の情報をスタッフから受け取り、それを大統領に渡す仲介役を演じることができたと紹介されています(172頁)。組織内部で分断されている情報源の中間に立つことができれば、自分がそれらを結ぶネットワークの中心になれるということです。

まとめ

著者は組織内で権力を手に入れた後で、どのような事態に注意しなければならないのか、権力を手に入れることの代償についても詳しく説明しています。多くの人々にとって役立つ内容になっているとは思いますが、組織内で特定の部署を率いる際に、部下の動向、性格、技能などを把握する方法に関してあまり詳細に述べられていないことは気になりました。

例えば、部下に対してあまりにも寛容な態度をとると、狭い視野で不平不満を口にする部下たちが発生し、上司としての自分の権威を貶めることに繋がると政治思想家マキアヴェリは警告しています。また、都合のよい情報をもたらす部下を優遇していると、虚偽の報告ばかりが上がるようになり、現場で何が起きているのか分からなくなります。

著作では部下にどのように接するべきか語られていないという問題が指摘できますが、政治学を学んだことがない人々にとって本書の内容は非常に目新しく、また有益なものです。こうした観点から見れば、政治学を学ぶ意義を理解しやすくなるのではないかと思います。

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