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軍隊の装備品の研究開発費を膨張させる要因を考察したThe Weapons Acquisition Process(1962)の紹介

軍隊が装備を調達費用を最小に抑えることは、有限なリソースを最適な仕方で配分したい国家にとって重要な課題です。19世紀に科学技術が発達する過程で、軍隊の装備はますます複雑化していき、研究開発に多額の予算が必要となったにもかかわらず、肝心の装備が完成しなかったり、望んでいた性能を発揮できないこともでてきました。Merton J. PeckとFrederic M. Schererが1962年に刊行した著作『武器調達過程(The Weapons Acquisition Process)』はこの問題を分析した防衛経済学の古典的業績です。

Peck, M. J., & Scherer, F. M. (1962). Weapons Acquisition Process: Economic Analysis. Harvard University Press.

軍隊の装備調達において研究開発の費用は可能な限り抑制したいところですが、それを阻むのが研究開発の長期化であると著者らは主張しました。つまり、その具体的な対策として、著者らが提案しているのが、複数の組織が同時に同一の装備を研究開発する「並行経路(parallel path)」を活用することでした。

並行経路は一見すると、無駄な資源配分であるかのように見えます。しかし、著者らは研究開発それ自体には大きな不確実さがあることを指摘し、単一の発想だけでは技術上の問題に直面したとき、行き詰まってしまうリスクが大きいことを問題視しました。実際、研究開発が長期化する主要な要因は、こうした事態に直面することにあり、並行経路は常に代替的なアプローチを残しておく体制です。あるアプローチで行き詰まったとしても、別のアプローチが成果を上げることができるように、意識的に資源を配分させます。

「この研究の主な主張は、武器を取得する過程というものは、他の経済活動とは異なる独特の不確実性によって特徴づけられるというものである。確かに、不確実性はあらゆる経済活動に広く存在する特徴であり、武器の取得における不確実性のほとんどは、経営活動に関連するものである。しかし、武器の取得における不確実性の大きさと、その多様な発生源には独自性がある」

(Peck and Scherer 1962: 17)

さらに著者らは、こうした並行経路を実際に採用することを難しくしている要因として、装備調達の際に企業と交わす契約文書の取決めであると主張しています。政府と企業は、最終的に軍隊に配備されるべき装備の数量と品質を厳格に規定することで、取引に伴う不確実性を軽減しようとしています。装備がどれほどの性能を発揮すべきか、開発が始まる段階から部隊に装備が配備されるまでにかかる期間がどれほどの長さになるか、開発に必要な費用はどれほどの金額になるかが具体的に定められます。このように取決めを厳格化する過程で、現実的な条件が入り込む余地が増加してしまいます。品質、時間、あるいは費用を楽観的に見積ることは、防衛産業の慣行になっているとも著者らは述べています(Ibid.: 413)。

また、並行経路の阻害要因とは別に、研究開発の実務では、品質の限界、時間の制約などを踏まえ、技術的な妥協を積み重ねなければならないことも考慮しなければなりません。これは研究開発に参加するエンジニアにとって悩ましい問題であり、彼らは自分が手がけた仕事を、よりよい状態で完成させようとするため、研究開発の終了期間を先延ばしにしがちです。著者らは、過去の事例を分析し、研究開発が長期に及ぶほど、短期間で完成させる場合よりもプロジェクトが途中で頓挫するリスクが増大すると述べています(Ibid.)。時間資源に余裕を持たせることは、研究開発を完成させる公算が上がると思われがちですが、著者らは研究開発のプロジェクトを管理する際には、過剰な時間的猶予を与えることに慎重であるべきだと考えています。

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