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論文紹介 中東欧に構築されたソ連式の兵站システムの長期的影響

軍事思想を読み解く上で、兵站は二つの側面において重要な意味を持っています。第一に、兵站は経済・社会活動と軍隊の関係を規律し、軍隊の能力を構築する上で依拠できる人的、物的な資源の上限を決定します。第二に、兵站は戦略、作戦、戦術において選択可能な部隊行動の範囲を制限します。

この視点は、ソ連をはじめとする東側の国々の軍事思想を理解する上でも通用する視点です。社会主義国は軍隊を支援する兵站システムに厳格な中央統制を取り入れ、これを発展させてきました。この経験から今でも中東欧諸国の軍隊の兵站システムは西側の兵站システムと異なる発想に基づいて運営されており、それが欧米との防衛協力を妨げていると指摘されています。

Young, T.-D. (2016). The Challenge of Reforming European Communist Legacy “Logistics.” The Journal of Slavic Military Studies, 29(3), 352–370. doi:10.1080/13518046.2016.1200376

この論文で著者が最初に指摘しているのは、冷戦期の東西陣営の間には、兵站システムに無視できない大きな構造的相違があったことです。現在、ポーランドやチェコなど、多くの中東欧諸国が北大西洋条約機構(NATO)に加盟していますが、これらの国々はソ連式の兵站システムに慣れ親しんでいたため、NATOの兵站システムに直ちに適応できず、今でも完全に適応できているわけではありません。

ソ連は社会主義イデオロギーに基づき、計画経済の方式で経済活動を組織していました。資本と労働力の配置、さらに生産活動の調整が中央で計画、指導されることが制度化されていたのです。西側でも産業動員は実施されていますが、それは戦時に限定された制度として導入されたものでした。ソ連の兵站システムでは、当初から計画経済を前提とした集中管理の方式がとられており、したがって補給品の調達、備蓄、配布は厳重に統制されていました。同時期のアメリカをはじめとする西側の軍隊が、分散管理の方式に基づく兵站システムを発達させたことと比べると、対称的な制度進化であったといえます。部分的に分散管理方式を採用したユーゴスラビアの軍隊のような例外はありましたが、ソ連とワルシャワ条約機構の加盟国の軍人たちは、こうした兵站システムを前提に作戦を考えてきました。

その影響はソ連が解体された現在でも続いています。著者はソ連式の兵站システムの影響を強く受けた軍隊の事例としてウクライナ軍を挙げています。2006年から2011年にかけて、ウクライナ軍では作戦運用の柔軟性を高めるため、単一の後方支援システムを目指す兵站改革が推進されたことがありました。しかし、ヴィクトル・ヤヌコヴィッチ政権でこの改革は中止に追い込まれています。そのため、2014年にドンバス戦争が勃発したとき、ウクライナ軍には全国に散在する補給処の在庫をネットワーク化された情報システムがありませんでした。

当時、ウクライナ軍に補給品を届ける上でボランティアや非政府組織が重要な役割を果たしたことが報告されていますが、これはウクライナ軍の兵站システムに欠陥があることを示す出来事でもありました。著者は、ウクライナ軍が分散管理方式の兵站システムを採用するには、国防省で一元的に兵站見積を作成し、調達から配分を統制する方式を見直す必要があると述べています。その代わりに、それぞれの戦術単位部隊の司令部に兵站幕僚を確保し、彼らに作戦計画を立案作業を進める上で兵站見積を作成させ、それによって兵站組織を調整できようにする改革が必要です。

ただ、そのような改革が決して簡単な取り組みではないことも著者は認識しています。現に旧共産圏の中東欧諸国の軍人にとって、ソ連式の兵站システムは今でも受け入れられています。まず、欧米の兵站システムをそのまま適用するために負担される費用が決して小さな金額ではないことが改革のハードルを引き上げています。冷戦時代のユーゴスラビアは、社会主義国としてソ連の兵站システムを受け入れていましたが、西側の軍事援助に基づいて分散管理の兵站システムを部分的に取り入れた国でもあり、構成共和国ごとに領土防衛軍を編成しました。このときに負担した費用は当時の国内総生産の1%に相当したと推計されています。

また、折衷的な兵站システムには、それ固有の問題があることも著者は説明しています。

「ある中欧の将校が著者に語ったところによると、自国の軍隊における伝統的な兵站概念と、欧米の兵站の概念を混合したことにより、単に機能不全に陥ったハイブリッド兵站(「プッシュ・プル」)システムが意図せず生み出されてしまった。これらの概念が後方支援部隊を推進し続けることを可能にするために取り組まれている実践は、作戦を遂行する能力にとって決定的なものではない。概念の積極的あるいは、消極的な利用によって、防衛制度の効率性、能率性に悪影響を及ぼしていることは明白である」

(p. 365)

著者は、NATOの加盟国である中東欧諸国の兵站システムは、機動性に乏しいため、戦時における作戦を制約する可能性があることも指摘しています。例えばポーランド軍は、兵站システムを構成する輸送手段の費用を節約するため、部隊が配備された基地の付近に補給処を配置するようになりました。ブルガリア軍は、戦傷医療の提供を固定された病院に依拠しており、野外医療を提供する能力が不足しています。こうした国々の後方支援部隊はめったに演習を行っておらず、どれほどの能力を発揮できるのか不確かです。

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