最恐の怪談師芸人・伊山亮吉が綴る戦慄の異世界系実話怪談集!『実話奇談 異怪ノ門』著者コメント+収録話「お菓子の家」全文掲載
この世に実在する本物の異空間。
最恐の怪談師芸人が綴る戦慄の実話怪談集!
あらすじ・内容
「その子の顔や名前すらいまだに…」
異世界に迷い込んだ子どもは存在ごと消え… (「お菓子の家」より)
お笑い芸人でありながら重度の怪談オタク、怪談ライブBarスリラーナイト歌舞伎町にて夜な夜なステージに立ち、怪談最恐戦2022で優勝し5代目怪談最恐位に輝いた実力者・伊山亮吉が華々しく怪談本デビュー!
・心霊スポットのトンネルで目を覚ますと…「無数の手形」
・林で迷い込んだあるはずのない不気味な洋館「存在しない記憶」
・降霊術に挑んだ中学生の身に降りかかった恐怖の一部始終「ひとりかくれんぼ」
・赤一色の世界で血塗れの子どもに迫られ…夢と現実がリンクするおぞましい夜「赤い子ども」
――など異世界系実話怪談を多数収録!
門〈ゲート〉は日常のすぐ真横にもあいている…。
著者コメント
1話試し読み
お菓子の家
二〇二三年の一月ごろに聞かせていただいたお話である。
僕の地元にTという女友だちが住んでいるのだが、ある日彼女から「私の妹、伊山のYouTube見てるらしくて、妹に会ってやってくれない?」と言われたので会いに行ってみた。
その子はサトノといって、二十歳になりたての若い女の子だった。
「怪談好きと聞いたけど自分の体験談とかあるの?」と聞いてみると、
「伊山さんに会ったらぜひ聞いて欲しかった話があるんです」と話してくれた。
サトノは幼少期にイジメを受けていて、母は彼女を守るために「小学校四年生まで外で友だちと遊んではいけない」というルールをつくったという。
当初は真面目に守っていたサトノだったが、やはり子ども。遊び盛りの小学校三年生のときには、どうしても外で友だちと遊びたくなった。
そこで考えたのが、「学校からの帰り道に友だちと遊ぶ」という手だ。帰り道が同じ方向の友だちと、あまり遅くならない程度まで林などで追いかけっこする。
友だちと遊べる時間はこのときしかなかった。
その遊びによく付き合ってくれたのが、同じクラスの女の子であるA子だった。
ある日のこと。
放課後、A子と一緒に帰り、近所の林でいつも通り追いかけっこをしていた。
林を駆け回っていると、妙なものを見つけた。
「なんだろう、あれ」
林の先は急斜面の登り坂のようになっている。
その急斜面のなかにボコッと大きな穴が空いていた。
「どうしたの?」とA子もやってきて、同じように穴に気づく。
気になって二人で穴のなかを覗いてみると、ボロボロに朽ちかけた木製の階段が下まで続いていた。
「降りてみようよ」
A子にそう促され、二人で降りることにした。
階段は崩れそうなので使わず、横を滑るようにして降りた。
なかに入ると、そこはとても奇妙な空間だった。
六畳ほどの空間で、天井もそこそこ高い。
そして空間の中央に〝お菓子の家〟があった。
文字通り、お菓子でできた家だ。
大人ひとりが入ったら窮屈になるくらいの大きさである。
壁はクッキーでできており、外装も内装も、ありとあらゆるお菓子でつくられている。
直感的に、この家はすべて食べられる物でできているとわかった。
この空間に明かりはないにもかかわらず、このお菓子の家だけが明るく照らされてい
るかのように見えた。
なにこれ……とサトノが呆然としていると、A子が「食べようよ!」と促してくる。
そしてそのまま、A子はバクバクとそのお菓子の家を食べはじめた。
それを見たサトノもゆっくりお菓子の家に近づき、家の壁を構成していたクッキーをぺりっと剥がした。
いまで言う、アメリカのお菓子のようなカラフルな色だった。
そのクッキーを恐る恐る齧ってみると、すごく美味しくてビックリした。
ただ、食べてすぐに「お菓子の家を食べるのは良くないことなのではないか」とも思った。
というのも、サトノは幼少期から外で友だちと遊ぶのを禁じられていたために、家のなかで絵本をたくさん読んでいた。そのなかにあった童話『ヘンゼルとグレーテル』に、悪い魔女が子どもたちを食べるためにお菓子の家におびき寄せる話が描かれていて、お菓子の家というものに不信感があったのだ。
サトノが「もう帰らない?」とA子に言ってみるも、A子は無我夢中で家を食べ続けている。
どうしよう……と、サトノが振り返って自分たちが降りてきた穴を見た瞬間――。
白いモヤのようなものが自分の視界いっぱいに広がった。
「えっ……?」
一瞬、何が起きたがわからなかったが、数秒後にはスゥっとモヤが晴れていき、なぜかサトノは自分の家の前にいた。
一瞬で自分が居た場所が変わり、軽くパニックになる。
「穴に入ったのは夢だったの?」とも思ったが、自分の手を見ると食べかけのカラフルなクッキーをまだ持ったままだった。
気味が悪くなり、すぐにそのクッキーを地面に投げ捨てる。
ただ、投げ捨てたと同時に「でもあのクッキーがあれば今日の出来事の証拠になる」と思い、改めて拾おうとしたが、いつの間にか投げ捨てたクッキーは忽然と姿を消してしまった。
次に考えたのはA子の安否である。
あの子は無事に家に戻れたのかな? と考えたときにゾッとした。
――顔と名前が、思い出せない。
同じクラスということは覚えている。
家も近所で、よく帰り道に一緒に遊ぶ友だちだ。なんなら、その日の服装まで覚えている。
ただ、なぜかそのA子の顔と名前がいっこうに思い出せないのだ。
サトノの家は目の前だが、いったん帰ってしまうとその日はもう外に出られなくなってしまう。そこで、家には帰らずに近所の別の友だちの家に行った。
「ねえ、私がいつも一緒に帰ってる女の子って、誰だっけ?」
奇妙な質問だとわかりつつ、友だちに聞いてみる。
「一緒に帰ってる? サトノはいつもひとりで帰ってるよ。そんな子なんて見たことない」
とその子は言った。
そのまま帰ってきたサトノだったが、このことは家族に相談できなかった。
帰り道とはいえ、友だちと外で遊んでいる状況での話だからだ。怒られると思って言えなかった。
翌日、学校に行くとやはりA子の姿は無い。そのうえ、どこの席に座っていたのかも思い出せない。
それ以来、ずっとそのままだという。
「私は小学校の三年生のときに親友をひとり、失ったんです。でもその子の名前も顔もいまだに思い出せない……」
そう、サトノは寂しそうにつぶやいた。
この話を聞いたとき、僕はA子が異世界に飛ばされてしまったのではないか、と思った。
お菓子の家を食べたことをトリガーにして。
ただ、ここで疑問なのはサトノである。
サトノもクッキーは食べているのだ。
腑に落ちない点を感じつつも「そのことをもう家族には話したの?」と聞いたところ――。
「はい。ただ、おかしいんですよね……。母は私に〝小学校四年生まで外で友だちと遊んじゃダメ〟なんて言った覚えがないと言うんです。私はずっと、そのルールを守っていたのに」
それを聞いて腑に落ちた。
異世界に飛ばされたのは、サトノもなのではないか。
もといた世界とこの世界が違うから、記憶が噛み合わないのではないか――。
例の穴はしばらくそのままあったそうだが、なかにお菓子の家は無く、その穴自体もいつの間にか埋まってしまったそうだ。
―了―
★著者紹介
伊山亮吉 (いやま・りょうきち)
1992年、神奈川県生まれ。怪談コンテスト〈怪談最恐戦〉5代目怪談最恐位。
2012年、お笑いコンビ「風来坊」としてデビュー。
怪談ライブBar スリラーナイト歌舞伎町店にて「りょう吉」の名前で怪談師として活動。YouTube「伊山亮吉の怪談チャンネル」を運営。