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ようこそ戦慄の大地へ… 東北の怪談実話第2弾『奥羽怪談 鬼多國ノ怪』(黒木あるじ他)著者コメント・試し読み・朗読動画

戦慄の東北怪談実話、再臨!

奥羽怪談 鬼多國ノ怪

内容・あらすじ

【青森】迎え火に誘われた霊
【岩手】遠野の馬頭観音の呪い
【秋田】本物のなまはげが現れ…
【山形】鬼を迎える奇怪な家
【宮城】海から現れる河童
【福島】蓮池の底にある異界

東北6県に所縁のある怪談作家が集った実話怪談集第2弾。

・港町にあった古本屋は地震の時に流され…「」(宮城県)
・名物アイスの露店販売員が見た奇妙な車「時をかけるアイス」(秋田県)
・赤面山のハイキング中に起きた怪異「山の音楽会」(福島県)
津軽錦絵の絵師が描いて欲しいと依頼されたのは…「|神鎮《かんしずまる》」(青森県)
・マタギが山の中で踏み入ってしまったとある場所「隠し沢」(岩手県)
・鬼を歓待する風習がある家でのその後「鬼の宿」(山形県)
――など、人知を超えたモノたちが跋扈する土地の怪異の数々を収録。

著者コメント

本当の寒さを、あなたに。 黒木あるじ

 本書は藩政時の陸奥国と出羽国、つまり東北六県の怪異譚をまとめた一冊になる。
 とはいえ、東北は広い。文化、自然、言語、気候──背景は各県どころか各地域によって大きく異なる。
 それを一括りにして語ろうというのだから、もとより無謀な試みであることは読者諸兄姉にも首肯してもらえると思う。

 しかし──東北は各々が異なっている反面、どこか似かよった箇所も存在する。
  たとえば、短い夏の〈騒乱と悲哀が同居する祭り〉。たとえば、冬の夜の〈にぎやかな静けさ〉。あるいは謡じみた訛りの〈はじめて聞くなつかしさ〉、または雪とともに心へ染みゆく〈言葉にできぬ感情〉。
 これらを無理やり単語にするなら〈血〉ということになるだろうか。東北の血。
 みちのくの血。生ぬるくて、腥くて、生々しい北国の血。
 そんな血潮を本書の執筆陣は各話に注ぎ、〈郷土〉を〈恐怖〉に変換している。
 鮮やかな赤を目に留め、鼓動に共鳴した瞬間、読者にとっての〈奥羽〉が幕を開ける。
 知らぬ景色を幻視し、憶えのない祭り囃子を聞き、そして〈土地ならではの怪〉に気づく。
 地名を知らずとも、東北を識らずとも、感じてしまったが最期すでにあなたは奥羽に立っているのだ。この地に棲まう人ならざるモノと対峙しているのだ。
 改めて云おう。ようこそ──怪異が跋扈する、戦慄の大地へ。
「このくらい寒い方がいい。本当の震えに気付かないで済む」とは、井伏鱒二のことばだ。
  然て、あなたがいま震えているのは、何処からともなく吹きつける寒風の所為なのか、それとも──。

試し読み 1話

絆  小田イ輔

 四十代の男性、U氏から伺った話。

 彼は宮城県の某港町で生まれ育った。
「俺は文化的な人間だからさぁ、荒っぽい雰囲気とかダメなわけ、だからあの町も本質的に合わないんだよな。うるさくて魚臭くて、酒とタバコとギャンブルやらないと一人前じゃないみたいな雰囲気、ほんと無理」
 中学に上がる頃には、早く故郷を出たいと思っていたそうだ。
「仙台でも東京でもいいけど、とにかく地元には居たくなかった。だから高校卒業して東京の大学に進学した時はせいせいしたよ」
 就職難が叫ばれた時代に大学を卒業したものの、田舎に帰りたくない一心で就職活動に励み、無事に東京で就職、そのまま順調に二十年。もともと兄弟はおらず、既に両親が他界した今となっては、里帰りどころか故郷を思い出すこともまれ
「ただ、ある時期、虫の知らせっていうのかな、妙なことがあってねぇ」
 
 話はU氏が高校生だった頃にさかのぼる。
 なんとしても都会の大学に進学したかった彼は、勉強漬けの毎日を過ごしていた。
「部活にも所属しなかったし、友達すら作らないでいたよ。どうせ捨てる町なんだからと思ってさ」
 孤独な勉学の日々、彼の心の癒しとなったのはエロ本だった。
「市内に格安でエロ本を売っている店があったんだ」
 その店は港にほど近い路地裏にひっそりと佇んでおり、古ぼけた店の中いっぱいに中古のエロ本が積み上がっていたらしい。
「遠洋船なんかの漁師が長い船上生活において世話になるわけだよねエロ本に。一人当たりでもそれなりの量を買い込んで船に持ち込んでたんじゃないかな。でも同じものを毎日読んでれば飽きるでしょ? かといってそれを一航海ごとに新品で買いそろえようと思ったら金がかかって仕方ないってことで――」
 エロ本専門の古本屋に強烈な需要があったのだろうとU氏は言う。
「古本屋っていうよりも、有料のエロ本交換所とでも言った方が近かったのかも知れないな、要するに俺はそのおこぼれに与っていたというわけ」
 漁師たちが読み捨てたエロ本を、その店を通して何十冊も格安で手に入れ、読みふけっていたとのこと。
「ただねえ、やっぱ読まれてた環境が環境だから、そこで買ったエロ本はどれも重油みたいな独特の臭いがみついててね。まぁその分安く手に入れてるんだから文句も言えないし、慣れもしたんだけどさ、未だに忘れられない臭いなんだ」

 そんな青春の日々から十数年後、U氏が三十代半ばに差し掛かった頃のこと。
「今でもだけど、俺、エロ本のコレクターやっててね。高校の時にそんなだったから、エロ本っていうジャンルそのものに愛着が湧いてさ、部屋中エロ本だらけなんだよ」
ある時、部屋でぼんやりしていたところ、彼はふと、その臭いに気付いた。
「故郷の、あの店で買ったエロ本の臭いがするんだ。でも、高校の頃に買ったエロ本はこっちに出て来る時に全て処分したから、おかしいなって」
 それから連日、家でエロ本を眺めている間に限って、えた重油のような臭いがただよってきた。きっとどこかに発生源があるはずと探してみるも、臭いの元は不明のまま。
首を捻りながら過ごしていたある日、なんの気無しに立ち寄ったコンビニの中を歩いていたU氏は、思わず立ち止まった。
「当時はまだ充実してたコンビニのエロ本コーナーの辺りからさぁ、例の臭いがした」
ええ? と訝しがりながら、人目もはばからず陳列されているエロ本を手に取った瞬間だったという。
「グラっときてね、地震」
 続いて起こった津波によって、彼の故郷が壊滅するのは、それから間もなくのこと。
 以後しばらくの間、U氏はテレビの報道を通して、生まれ育った町の変わり果てた姿を見続けることになる。

「なんの愛着もない町だったけどさ、唯一、エロ本を売っていたあの店だけは別だったんだなって気付いた。足繁く通ってたあの裏路地になんの建物も無くなっているのをテレビで見た瞬間に、涙が止まんなくなってさ」
 すると、地震の前に漂っていた例の臭いは?
「あれ、だから多分、何かのシグナルだったのかなと思う。SOSっていうよりも、お別れの挨拶みたいなもんだったんだろうなぁ」
 実際、地震があった日を境に、その臭いはしなくなったと彼は言う。

「あの頃よく『絆』って言葉が使われてたけど、浮いた感じが気持ち悪いなと思いつつ、俺にもそれらしきものがあったんだって、思ったりしたよ。うん、あの臭いは、流されたエロ本屋と俺の絆そのものだったんじゃないかな」

―了―

朗読動画

5/26 18時公開!

著者プロフィール

黒木あるじ (くろき・あるじ)

『怪談実話 震』で単著デビュー。「黒木魔奇録」「無惨百物語」各シリーズ、『怪談実話傑作選 弔』『怪談実話傑作選 磔』『怪談売買録 拝み猫』『怪談売買録 嗤い猿』など。共著には「FKB饗宴」「怪談五色」「ふたり怪談」「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」各シリーズ、『奥羽怪談』『未成仏百物語』『実録怪談 最恐事故物件』『黄泉つなぎ百物語』など。小田イ輔やムラシタショウイチなど新たな書き手の発掘にも精力的だ。他に小説『掃除屋 プロレス始末伝』『葬儀屋 プロレス刺客伝』『小説 ノイズ【noise】』など。

小田イ輔 (おだ・いすけ)

宮城県出身・在住。「実話コレクション」「怪談奇聞」各シリーズ、共著に「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」各シリーズ、『未成仏百物語』『奥羽怪談』など。原作コミック『厭怪談 なにかがいる』(画・柏屋コッコ)も。

葛西俊和 (かさい・としかず)

青森県出身。実家はリンゴ農家を営む。怪談蒐集にいそしむ傍ら、青森県の伝承や民話、風習についても情報を集めている。単著に『降霊怪談』『鬼哭怪談』、共著に「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」各シリーズ、『怪談実話競作集 怨呪』『獄・百物語』『奥羽怪談』など。

鷲羽大介 (わしゅう・だいすけ)

岩手県出身。非正規労働者として貧困に喘ぎながら、怪異の蒐集と分析に乏しいリソースを注ぎ込み続ける。「せんだい文学塾」代表。共著に「江戸怪談を読む」シリーズ『猫の怪』『皿屋敷 幽霊お菊と皿と井戸』、「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」各シリーズ、『奥羽怪談』など。

大谷雪菜 (おおたに・ゆきな)

福島県出身。第三回『幽』怪談実話コンテスト優秀賞入選。ウェブを中心にライターとして活動中。共著に「怪談四十九夜」シリーズ、『奥羽怪談』『実録怪談 最凶事故物件』『世にも怖い実話怪談』など。

卯ちり (うちり)

秋田県出身。二〇一九年より実話怪談蒐集を開始し、怪談最恐戦二〇一九東京予選会出場をきっかけに怪談語りも並行して活動。『怪談のシーハナ聞かせてよ 第弐章』出演他。共著に『呪術怪談』『怪談最恐戦2020』『怪談最恐戦2021』など。

菊池菊千代 (きくち・きくちよ)

宮城県出身・福島県育ち・岩手県北上市在住。ホラービデオマニアの母の影響で、幼少期から怪談に傾倒。共著に『実話怪談 犬鳴村』『怪談最恐戦2020』『怪談最恐戦2021』。

月の砂漠 (つきのさばく)

血圧高めで恐妻家の放送作家。大学で佐々木喜善や柳田國男の民俗学に触れて以来、東北地方の民話や妖怪を個人的に研究し続けている。最近、少しだけ津軽三味線を練習中。第四回「上方落語台本大賞」で大賞受賞。共著に『実話怪談 犬鳴村』『実話怪談 樹海村』『実録怪談 最恐事故物件』『怪談最恐戦2021』など。

鶴乃大助 (つるの・だいすけ)

怪談好きが高じて、イタコやカミサマといった地元のシャーマンと交流を持つ。いかつい怪談ロックンローラー。弘前乃怪実行委員会メンバーであり、津軽弁による怪談イベントなどを県内外で精力的に行う。共著に『青森怪談 弘前乃怪』『奥羽怪談』など。

高田公太 (たかだ・こうた)

青森県弘前市出身・在住。新聞記者を生業とする傍ら、県内外の実話怪談を取材執筆する中堅怪談作家。主な著作に『恐怖箱 青森乃怪』『恐怖箱 怪談恐山』、共著に『青森怪談 弘前乃怪』『東北巡霊 怪の細道』『奥羽怪談』『煙鳥怪奇録 机と海』など。

シリーズ好評既刊

奥羽怪談
黒木魔奇録 魔女島
怪談奇聞 憑キ纏イ
青森怪談 弘前乃怪
東北巡霊 怪の細道


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