KyokoTakeno

大手メーカー・出版社・印刷会社・マーケティング会社・広告代理店を経て、現在デザイン会社…

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大手メーカー・出版社・印刷会社・マーケティング会社・広告代理店を経て、現在デザイン会社のワードデザイナーとして日々文章と向きあう。'90年代は劇団を主宰し脚本・演出担当。エッセイ執筆も。お仕事のご依頼はX(Twitter)からお願いします。 株式会社クラウドボックス所属。

記事一覧

ポンコツは毎日出るわけではなかった

宿に到着 宿は淡路島北西部にあるゲストハウスを選んだ。ハイシーズンでホテルはどこもびっくりするくらいの高額。 ゲストハウスで検索して、「あ、ここいいかもー」と、…

KyokoTakeno
2日前
10

ひとり旅でおのれのポンコツさを知る

1日目。 息子は長野、母は大阪へ 酷暑の中、親子ともどもそれぞれの目的地へ元気に出発。 南海トラフ地震警戒域での「巨大地震注意」の情報が出る中ではあったが、旅は決…

KyokoTakeno
8日前
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2023年を振り返っていたら、2024年になっていた

今、これを書いているのは2023年12月31日22時くらい。 忘却力が最近本当にパワーアップしているので、1年の振り返りをしてみようとこれを書いている。前回のnoteを書いたと…

KyokoTakeno
7か月前
8

新しい出会いの中で気づいた いつの間にかできるようになっていたこと 

石川理恵さんとの対話 ずっと自信がもてなくて ずいぶん昔のことだけど、幼稚園時代は快活で常に周囲を笑わせていた私が、小学生になったとたん、クラス一の無口な子にな…

KyokoTakeno
10か月前
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今年は年賀状書くのをやめてみたので、こちらからご挨拶申し上げます。

年賀状をやめたワケ 新年早々こんなタイトルで書きはじめて申し訳ない。 忙しかったのもあるけれど、年賀状を書かなかったのは「息子と共同名義の年賀状をもう出さなくて…

KyokoTakeno
1年前
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命日によせて

7月。 今年もまた夫の命日が巡ってきた。 2013年のことだったから、9年の歳月が過ぎ、10年目に突入したことになる。 DECADE. ちょっと一区切り的な感じもするけれど、仏教…

KyokoTakeno
2年前
11

意外と多い…

食べること大好きな私だが、意外と食べられないものが多い。 たらこを始めとした魚卵系全般、フルーツ(びわ・さくらんぼ・パイナップル・マンゴーなど灰汁の強いもの。ジ…

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2年前
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これを報われないと思う私は贅沢なのか

やることが多すぎて数週間に一度は「もう無理!」と、やりきれない思いに襲われる。 キャパシティが狭いのか、はたまた詰め込みすぎなのか、仕事に家事に育児(といっても…

KyokoTakeno
2年前
11

変換するといいみたい

『今日も嫌がらせ弁当』※という映画をAmazonで観た。 突如反抗期に突入した高校生の娘に、あえて嫌がりそうなキャラ弁を作り続ける母。キャラ弁といっても、海苔で文字を…

KyokoTakeno
2年前
8

4月から新しくなった我が家とわたし

4月が終わろうとしている。 高校生になって6時半に家を出るようになった息子に合わせて、朝食やら弁当やら作る必要があり、今月から日曜日をのぞき、4時起き生活になった。…

KyokoTakeno
2年前
2

これは何の試練?

1月末からとにかくフワフワした日々が続いていた。 息子の受験が終わって、学年末テストが終わって、卒業遠足が終わって、卒業式も無事終わって… だけど卒業式が終わって…

KyokoTakeno
2年前
5

私のフォース

最近眠りが浅いのか、色々な夢を見る。 最近の新作は、小学校4年生のときの担任の先生が出てきた夢だ。 その先生は私の旧姓と同じ苗字の先生で、担任であると同時に水泳部…

KyokoTakeno
2年前
5

私のダークサイド

息子の高校受験が終わった。 私が受験したわけでもないのに、とにかく、とても疲れた。 雨の日だけ塾の送迎をするくらいで、夜食も一切作らなかったし、勉強を教えることも…

KyokoTakeno
2年前
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悲しみは乗り越えなくていい

冬休み。 亡くなった夫のiPadやiPhone、iPodなどを初期化した。最後に使っていたiPhoneだけはとっておいて、そのほかはもうリサイクルに出してしまおうと思ったからだ。電…

KyokoTakeno
2年前
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たぶん人は、魔法を使える

映画「かもめ食堂」を久しぶりに観た。 2006年公開の映画だから、15年ぶりくらいだろうか。 母になりたての頃と今とでは物事に対する考え方も随分と変化していて、当時は「…

KyokoTakeno
2年前
9

息子のいちばん速い日

新型コロナウイルス流行が落ち着いてきたこともあって、今日は息子の中学校で体育祭があった。 学年ごとの開催で、各家庭1名までの観戦が許された。 中学校最終学年という…

KyokoTakeno
2年前
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ポンコツは毎日出るわけではなかった

宿に到着 宿は淡路島北西部にあるゲストハウスを選んだ。ハイシーズンでホテルはどこもびっくりするくらいの高額。 ゲストハウスで検索して、「あ、ここいいかもー」と、直感的に思ったところを2泊予約した。 CHITEN chiten_awaji オープンして2年。ちょい呑みBAR併設の、素泊まりゲストハウス。キレイでスマートな感じ。肌に合いそうだ。 到着してすぐシャワーを浴びて、早速BARへと繰り出した。カウンターには同世代のオジ様ライダーがすでに着席。家族をおいてひとり旅だそう

ひとり旅でおのれのポンコツさを知る

1日目。 息子は長野、母は大阪へ 酷暑の中、親子ともどもそれぞれの目的地へ元気に出発。 南海トラフ地震警戒域での「巨大地震注意」の情報が出る中ではあったが、旅は決行することにした。 出かけてみると東京駅も大阪も帰省客と観光客で大混雑。 海外からの旅行者も多く、世界中が夏の想い出づくりにいそしんでいるようだった。 かく言う私もそのひとり。 久しぶりに大阪の実家へと向かった。 思えば真夏のお盆時期に帰省するのは結婚以来初めてで、一人で尋ねるのも多分初めて。夫が天国にいても、こ

2023年を振り返っていたら、2024年になっていた

今、これを書いているのは2023年12月31日22時くらい。 忘却力が最近本当にパワーアップしているので、1年の振り返りをしてみようとこれを書いている。前回のnoteを書いたとき、近々もう一本書くと豪語していたけれど、3ヵ月近く経ってしまった… 今年1年、本当に色々なことがあったなあ…というのが所感なのだけれど、色々ってなんだ?って考えるとうまく説明できない。 それでもたくさんの人たちと会って、仕事もして、美味しいごはんも食べて、たくさんおしゃべりして、たくさん笑って、たくさ

新しい出会いの中で気づいた いつの間にかできるようになっていたこと 

石川理恵さんとの対話 ずっと自信がもてなくて ずいぶん昔のことだけど、幼稚園時代は快活で常に周囲を笑わせていた私が、小学生になったとたん、クラス一の無口な子になった。環境が変わり、学校の独特な雰囲気に馴染めなかったのか、暗く重たい空気が纏わりついて、言葉を発することができなかったのを、今でも鮮明に覚えている。 通知表に書かれた「無口でおとなしい子」の文字に母が「えーっ!」と声をあげて驚いたのも、よく覚えている。 一学年7クラスもあるマンモス小学校だった。人の多さに圧倒さ

今年は年賀状書くのをやめてみたので、こちらからご挨拶申し上げます。

年賀状をやめたワケ 新年早々こんなタイトルで書きはじめて申し訳ない。 忙しかったのもあるけれど、年賀状を書かなかったのは「息子と共同名義の年賀状をもう出さなくてもよいと思ったこと」「SNSでほとんどの人とつながっている」という2点が大きな理由です。 そして、こうして挨拶をさせていただけると、年賀状のやりとりをしていない方へもお届けすることもできると思ったので、トライアル的に今年はやめてみました。 年に一度の楽しみ、ビジュアル制作 といっても、毎年作っていた年賀状用のビジ

命日によせて

7月。 今年もまた夫の命日が巡ってきた。 2013年のことだったから、9年の歳月が過ぎ、10年目に突入したことになる。 DECADE. ちょっと一区切り的な感じもするけれど、仏教の考え方だと次は13年めが一区切り。まだちょっと先だ。物事の考え方って色々だなあ。 あれから辛くて悲しい、それでいて温かい日々が流れ、 結婚と同時に暮らしはじめた街での歳月は、 いつのまにか 生まれ育った故郷での時間より長くなっていた。 この街にくらし始めて今年で20年になる。 夫婦ふたりで過ごし

意外と多い…

食べること大好きな私だが、意外と食べられないものが多い。 たらこを始めとした魚卵系全般、フルーツ(びわ・さくらんぼ・パイナップル・マンゴーなど灰汁の強いもの。ジャムなどにして火を通すと食べられる)、ウド・ぜんまいなどの山菜系(灰汁が強い)、アボカド、マカデミアナッツ、牡蠣などなど。 アレルギーなのか、食べると喉の奥や耳の奥が痒くなったり、たらこやアボカドはのたうち回るほど胃が痛くなる。 たらこなんて、本当に大好きだったのに。 小さい頃たくさん食べすぎて、一生分食べてしまった

これを報われないと思う私は贅沢なのか

やることが多すぎて数週間に一度は「もう無理!」と、やりきれない思いに襲われる。 キャパシティが狭いのか、はたまた詰め込みすぎなのか、仕事に家事に育児(といっても、もう高校生だけれども)にいっぱいいっぱいになり、そうなると最近は、カラダに力が入らなくなり寝込んでしまうという状況だ。 自分に「脳を休ませろ」と言い聞かせ、Spotifyでよく眠れる音楽というやつをかけて横になる。昼間2〜3時間爆睡してなんとか復活する…という作業を最近は繰り返している。更年期真っ只中の濃霧の中、我が

変換するといいみたい

『今日も嫌がらせ弁当』※という映画をAmazonで観た。 突如反抗期に突入した高校生の娘に、あえて嫌がりそうなキャラ弁を作り続ける母。キャラ弁といっても、海苔で文字を作り、弁当箱を開けると母親からのメッセージが目に飛び込んでいくるという弁当だ。 母子家庭を描いていることもあって興味深かった。 ※映画公開は2019年。書籍がベストセラーになったのは2015年のことだ。 弁当づくりの様子も興味深かったけれど、何よりも「反抗期に突入した高校生」という部分に興味津々だった。同世代の

4月から新しくなった我が家とわたし

4月が終わろうとしている。 高校生になって6時半に家を出るようになった息子に合わせて、朝食やら弁当やら作る必要があり、今月から日曜日をのぞき、4時起き生活になった。 4週間たった今、なんとか感覚がつかめてきて、脳とカラダが同調しはじめた感じだ。息子も5時半には自分から起きて来られるようになった。 そして6時前に朝食を食べ始めるという…今までの自分からしたら、なんとも信じがたい生活サイクルに少しずつ慣れてきた。 おかげで夜の10時をすぎると眠くなる。自律神経は正常に仕事をして

これは何の試練?

1月末からとにかくフワフワした日々が続いていた。 息子の受験が終わって、学年末テストが終わって、卒業遠足が終わって、卒業式も無事終わって… だけど卒業式が終わっても部活動がまだ残っていて、先日ささやかな定期演奏会が実現し、これを最後に中学校一連の行事がすべて終った。 やっと「卒業」という言葉が、我が家にストンと降りてきて、高校へと気持ちをシフトすることができるようになった。 「卒業」という言葉が、頭の中で頻繁にチラつくようになった、さかのぼること3ヶ月前。自分の中でカウント

私のフォース

最近眠りが浅いのか、色々な夢を見る。 最近の新作は、小学校4年生のときの担任の先生が出てきた夢だ。 その先生は私の旧姓と同じ苗字の先生で、担任であると同時に水泳部の顧問として、卒業までお世話になっていた。 夢では偶然通りかかった家の中に先生がいて、私が嬉しそうに手を振るという、それだけのものだったけれど、目が覚めてから、先生が私に与えてくれた大きなものを想い出した。 この先生の専門は国語科だったみたいで、教科書授業のほかに独自に作文の授業をやっていた。 作文っていうのはね、

私のダークサイド

息子の高校受験が終わった。 私が受験したわけでもないのに、とにかく、とても疲れた。 雨の日だけ塾の送迎をするくらいで、夜食も一切作らなかったし、勉強を教えることもなかったのに、この疲労感はどこから来たのだろう。 合格発表ののち、どっと疲れて、寝込んだ、というよりいっぱい寝る日々が続いて、今度は入学準備に脳内がシフトして、別の気忙しさがやってきた。自分の高校受験の時のことはうっすら思い出せるが、親の様子は思い出せない。私の親もこんなに疲れていたのだろうか…。 勉強に関して言う

悲しみは乗り越えなくていい

冬休み。 亡くなった夫のiPadやiPhone、iPodなどを初期化した。最後に使っていたiPhoneだけはとっておいて、そのほかはもうリサイクルに出してしまおうと思ったからだ。電源さえ入れるのも怖くて、ずーっと見てみぬふりをしてきたけれど、今ものすごい断捨離モードに突入しているせいか、勢いで実行してしまった。 初期化作業中、iTunesに登録されていた音楽を見返した。夫とは音楽の趣味がほどんど一緒で、プレイリストに並ぶ音楽は私のものとほぼ変わらない。中でも元ちとせが好きだ

たぶん人は、魔法を使える

映画「かもめ食堂」を久しぶりに観た。 2006年公開の映画だから、15年ぶりくらいだろうか。 母になりたての頃と今とでは物事に対する考え方も随分と変化していて、当時は「ふうん」くらいにしか思わなかったのだけど(多分子育てに忙しくて気持ちの余裕がなかった)、今回は家事をしながらの「ながら観」だったにもかかわらず、おお〜とか、フフフとか、思わず声に出してリアクションしてしまう場面も多く、とてもよかった。 小林聡美さんの凛とした温かさ、もたいまさこさんの気品、かたぎりはいりさんの

息子のいちばん速い日

新型コロナウイルス流行が落ち着いてきたこともあって、今日は息子の中学校で体育祭があった。 学年ごとの開催で、各家庭1名までの観戦が許された。 中学校最終学年ということもあり、1つでもこうした行事を開催することができて本当によかったと思う。 2年ぶりの体育祭となり、息子の走る姿を見るのはとても久しぶりなことに気づいた。 息子は走るのが遅い。とても遅い。 どのくらいかというと小6で小1に抜かれるくらい遅い。徒競走では最下位しかとったことがない。 それでも、「走りたくない」と言