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新しい出会いの中で気づいた いつの間にかできるようになっていたこと 

石川理恵さんとの対話


ずっと自信がもてなくて

ずいぶん昔のことだけど、幼稚園時代は快活で常に周囲を笑わせていた私が、小学生になったとたん、クラス一の無口な子になった。環境が変わり、学校の独特な雰囲気に馴染めなかったのか、暗く重たい空気が纏わりついて、言葉を発することができなかったのを、今でも鮮明に覚えている。
通知表に書かれた「無口でおとなしい子」の文字に母が「えーっ!」と声をあげて驚いたのも、よく覚えている。

一学年7クラスもあるマンモス小学校だった。人の多さに圧倒されたのか、幼稚園までは先生にベタベタで甘えていたからなのか、あの黒板に向かってぴしっと授業を受けるという空気感が本当に苦手で緊張していた。多分優しい言葉をかけてくれたクラスメイトもいたのだろうけど、私に対してイライラしている同級生の存在があって、記憶に残る小1時代の教室は、暗くて、空気が止まっているような重たさに包まれている。

学校が苦手。

それは、結婚して母親になってからも引きずっていて、授業参観などで学校に一歩入ろうものなら、動悸が止まらなくなって、周囲にこの音は聞こえているんじゃないだろうかと思うくらい心拍数があがり、心臓がドクドクと脈打っていた。

なんでなんだろうと考えてみると、常に自信が持てない自分がいることに気づく。たくさんの人の中に身を置くと、周囲の目が気になってしまい、この中の誰よりも自分は劣っているのだ。という想いでいっぱいになってしまうのだ。

それでもなんとなく、少しずつ、前に進めたようで

小学校、とくに3年生くらいまでは、友だちの顔を思い出してみても全部真っ黒で、友だちとの関わりもまったく覚えていない。「一緒に遊ぼう」とか「一緒に帰ろう」とか、言えない子だったのだと思う。それでも、小学生の後半は、習っていたピアノや水泳のおかげもあって、少しずつ自分に自信がついてきたのか、卒業式ではクラスメイトに囲まれた笑顔の写真が残っている。
母親になってからの小学校での心臓バクバクも、話しかけてくれるママたちや、気さくな先生方との交流が増えるにつれて、治まっていった。


大人になった私は

話は変わるのだが、数年前から、とても素敵な文章を書かれる方だなあと、お慕いしていた、ライター・編集者の石川理恵さんと、先日1対1で対話する機会に恵まれた。
私の大好きな雑誌『天然生活』や『暮らしの手帖』で記事を書かれたり、さまざまな女性のライフスタイルを取材した著書などがある。石川さんの文章は、私の心にすーっと穏やかに入ってきて、凝り固まっていた何かを柔らかくしてくれるのだ。Instagramをフォローして、流れてくる投稿を眺めていたら、好きなもの(モノじゃないけど)とか、経験してきた事柄に共感すること、リンクすることがとても多くて、ああ、この人といつかゆっくりお話してみたいと思っていたのだが、先日、思いがけなくその日が訪れることになったのだ。冒頭に書いた小学生の頃の私を振り返ってみると、絶対「友だちになってください」なんて言えない私なのに、初対面で「りえちゃん」「きょんちゃん」とお互いを呼ぶことにして、対話が終わる頃には、私から「お友だちになってください」と理恵ちゃんに伝えていた。

「こころの本屋」をオープンする理恵ちゃん

昨年、veryveryslowmagazine・岩本ろみさんと石川理恵さんとの公開インタビューのイベントを観覧したとき、自分の「本屋」をつくりたいとおっしゃっていて、どんな本屋ができるのだろうとワクワクしていた私。
ある日Instagramに、いよいよその本屋がオープンするという情報が流れてきて、クラウドファンディングでその資金を募っていることを知り、これは応援せねば! とすぐにプロジェクトに応募することにした。

東京・豊島区、西武池袋線東長崎駅から徒歩3分。アパートの一室に、ふらりと立ち寄れる小さな週末本屋をオープンします。もやもやする時に読んで欲しい古本や新刊を壁一面に並べて販売し、書いたり、話したりする会を開きます。

石川理恵さん「こころの本屋」プロジェクトの紹介文

「こころの本屋」は、“本屋“  プラス  ワークショップだったり、イベントだったり、お話し会だったり、本と何かを組み合わせいく、枠にとらわれない本屋さんだ。
多くの人たちのライフスタイルを取材されているだけでなく、社会人になってから心理学を学ばれたり、NPOで不登校支援に携わられたり、さまざまな視座をもつ石川さんが、自分の場所を持って「やってみたいこと」をいよいよスタートさせる。

クラウドファンディングのリターンは店主との90分の対話

私はクラウドファンディングに応募して、店主(=理恵ちゃん)と90分の対話ができる「お話しする会」への参加権を手にした。
お話のテーマは参加者が決定する。私は初めて読んだ理恵ちゃんの著書『自分に還る 50代の暮らしと仕事』に寄せたテーマ「50代女子のネクストステップ」とした。

『自分に還る』には、50代・6人の女性の “今までの私“ と、そこからさらに歩み始めた“現在地の私”を垣間見る(読む)ことができる。この本をコロナ禍に読み、とても勇気をもらったのだが、どこか「スゴイなあ」(自分には多分ここまでの決断はできないなあ)という感覚で読んでいたのだと思う。
だから、理恵ちゃんとの対話のための準備メモには「なぜ、みなさんそこまで行動できるのか」とか「私はネガティブな要素を言い訳にして行動しないことを選択する自分をついつい作ってしまう」とかの文字があって、やっぱり“自信のない私”がウロウロしている状態だった。

私の心の中に新しい水が注入された

そんな私に理恵ちゃんは、文章だけでなく、対話の中でも心を柔らかくしてくれた。
理恵ちゃんとの対話の中で、結局私は「自信が持てない」ということを出して話すのだけれど、「きょんちゃんはきっと大丈夫だと思う」と迷いもなく言ってくれたことがとても嬉しかった。

  • どんなにたくさんの経験値があっても、大きな失敗をしてものすごく落ち込むことが、まだまだあるということ

  • 大きな一歩を踏み出す前は怖くて不安で仕方なかったこと

  • だけど、えーいっ! と踏み出したその場所では、意外と不安が苦にならないということ

  • 今までの経験を活かすのもありだけど、新しい人脈や、今までと言語(分野)の違うことをしてみるといいかも ということ

などの話。そのほかにも、自分がグルグルと考えていては絶対出てこない、いわゆる“目からウロコ”な話や子育ての話、仕事の話、本当に、たくさん、たくさんおしゃべりをした。
以前noteに、「私の心の中には水が溜まっていて、“悲しみ”が、底のほうに沈殿している。普段悲しみは静かに、心の底にあるのだけれど、ふとしたことでぐわんと揺らいで、上の方にあがって来てしまう」というようなことを書いたことがある。理恵ちゃんは、その私の心の中の水溜まりに、新しい水を穏やかに、しかも、悲しみの沈殿物を舞い上げることなく注いでくれた。

どこかで理解はしているのだけれど、人間って、忘れてしまっていることがたくさんあるもの。それこそ心の奥底の方にしまい込み、しまったことさえ忘れてしまっている。
だけど寄り添って、対話したりすることで、相手に気づかせたり自分で気づいたりして、奥底にしまい込んでいたものが、一気に新鮮になって浮上してくることがある。そうやって人の心って循環していくんだな。と帰りの電車の中で、その日の対話を咀嚼し、これから先の私について少しだけ前を向けた気がした。

短い時間の中で、色々な気づきをさせてくれた、理恵ちゃんに感謝。
思考を循環させながらのネクストステップへの旅は、始まったばかり。
いろんなところへ楽しく寄り道していく旅ができたらいいなと思う。

2023.10.07 豊島区東長崎オープン前の「こころの本屋」にて


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