あとから来るひとたちのためにしあわせな服をつくりたい。
思いがけず北海道に行くことになったとき、アイヌの衣装に呼ばれたのだと思った。
アイヌの言葉で「アットゥシ」とよばれる樹木からつくられた衣服があることを知ったのは、少し前のことだった。アットゥシは着物に似た形のゆったりとした衣服で、オヒョウなどの樹皮からつくることで「樹の力」を服に宿すのだという。
服をつくる仕事をしているわたしは、それがまずめちゃくちゃかっこいいと思った。そして服からアイヌの文化に興味を持った。
北海道の博物館で出会った衣装はとても美しかった。アットゥシの襟まわりや袖口、裾には刺しゅうが入っている。これには衣服の開口部から悪霊が忍びこまないようにする魔よけの意味があるそうだ。しかしある文献(注1)によると、衣服のいたみやすい部分に布を重ね、そこに刺しゅうをすることで服を補強するという理由もあったのだという。意味と機能が美しく手を取りあって、そこに物語がうまれている。
採寸方法もやさしい。背丈を直接はかることは人間的成長を止めてしまうという考え方から、愛する夫や子どもが寝ているあいだに、そっと抱きしめて背丈を知るのだという。
これほどまでに愛にあふれた採寸方法をわたしはしらない。眠った子どものいとしい重み、唇からの甘い吐息、汗ばんだ頭やほおのやわらかさ。愛するひとの体温を思い出しながらつくられた服は、なんてしあわせなんだろうと思う。
展示されたアットゥシをよく見ると、腰まわりの布が補修されていた。大切にされてきたようすが伝わってきてキュンとしてしまう。しあわせな服だ。
そして服は次の世代に受け繋がれていく。
アイヌの人びとが服のために樹皮を「いただく」ときは、山の神様に感謝を捧げる。そして成長の早い南側の皮だけをはぎ、三分の一は残しておくそうだ。木と、後からくるひとたちのために。
ぜんぶを取りきるのではなく、後からくる未来の人たちに残すこと。すべてにおいて実践するのはむずかしいけれど、そんな考え方を少しでも取り入れることはできないだろうか。
たとえば服をつくるとき、知らないだれかのものをつくるのではなくて、愛するひとを思い出すようにつくる。材料も自然から「いただく」という意識を持ち、繕いながら大切につかう。
わたしはそんなしあわせな服をつくりたいと思う。
注
注1 宮良高弘編『北の民俗学』雄山閣出版、平成5年、218頁
参考文献
・別冊太陽『先住民 アイヌ民族』湯原公浩編、平凡社、2014年
・札幌学院大学人文学部編『北海道と少数民族〈公開講座〉北海道文化論』札幌学院大学人部学部学会、1986年
・財団法人アイヌ民族博物館『アイヌ文化の基礎知識』草風館、1993年
・宮良高弘『北の民族学』雄山閣出版、平成5年
・岡村吉右衛門『アイヌの衣裳』紫紅社、1993年
・津田命子『アイヌ刺しゅう入門』クルーズ、2010年
・津田命子『アイヌ衣装と刺繍入門』クルーズ、2014年
参考サイト
・先住民族の権利と知恵を生かす データで見るSDGs【5】
・先住民族と気候変動の関係に触れた国際労働機関(ILO)の資料
・「WIPOマガジン」
博物館
・天理参考館
・弟子屈町屈斜路コタン アイヌ民族資料館
・北海道立 北方民族博物館
この記事が参加している募集
だれにたのまれたわけでもないのに、日本各地の布をめぐる研究の旅をしています。 いただいたサポートは、旅先のごはんやおやつ代にしてエッセイに書きます!