取返しのつかないことに繋がる「問題が起きても止まれない問題」
国産基幹ロケット『H3』の打ち上げが成功した。大変素晴らしいことである。なんとか日本の宇宙開発も世界トップクラスを維持できたと思う。
このおめでたい時に水を差すようなことだが、大事なことなので今後の日本の宇宙開発を効率よく進める上で大事なことなので、H3の今後について私の意見を書いておく。
ご存知の通り我が『インターステラテクノロジズ』はターボポンプ搭載の『ZERO』ロケットを開発中だ。開発にあたって日本のターボポンプ開発の第一人者である室蘭工大の内海先生にレクチャーを受け、ついにターボポンプの冷走試験に成功した。夏にはガスジェネレータを接続して熱走試験を行う予定だ。日本では『IHI』しか成功していなかったので2社目となる。ロケットエンジンの心臓部なのでとても大事な技術を獲得したことになる。
その過程でH3の一段目エンジンLE-9の課題についてもレクチャーを受けた。打ち上げが遅延していた一番の原因は、このロケットエンジンの設計製造にある。
政府プロジェクトの“予算をとって走り出したら問題が起きても止まれない”問題の典型である。ロケットプロジェクトではたびたび起きるこの問題。古くはアポロ計画中止で宙に浮いたテキサス、フロリダ両州の雇用問題を解決するために生み出された異形のロケット、スペースシャトルの失敗を止められなかった問題だ。
有翼型機体の打ち上げを行うために「補助ロケットブースターと外部燃料タンク」を「増槽」と言い張り、まるで一段式のように見せることのために、多くの人命が犠牲になった。
また液体水素ロケットブームを作り出したのも罪だと思う。一段目に使うにはパワーが足りない。なんせ吐き出す燃焼ガスは水蒸気なので、重いものを作用反作用の法則で打ち上げるには、ケロシン(灯油)系のロケットに比べると非力なのだ。
しかし、日本も中国もヨーロッパも液体水素に舵を切った。ソ連崩壊でその余裕がなかったロシアやウクライナは『ソユーズ』や『ゼニート』をそのまま打ち上げるしかなく、幸運なことに非力な液体水素エンジンに固体ロケットブースターをつけるなんて無駄なことをする必要がなかった。結果、戦争まではロケット打ち上げマーケットでそれなりの地位を保っていた。なんせあの個体ロケットブースターが高価で、しかも製造プロセス上、かなりの確率で壊れる可能性があるのだ。
さてH3の話に戻ろう。
一段目のLE-9エンジンの蹉跌は最初のエンジンサイクル選択にある。世界で一番打ち上げられているスペースX社のロケット『ファルコン9』の一段目マーリン1Dエンジンはガスジェネレータサイクルを採用している。ZEROのCOSMOSエンジンも同様だ。ガスジェネレータと呼ばれる低温(と言っても数百℃はある)燃焼させた小さなロケットエンジンのガスでタービンを駆動させ推進剤を高圧で燃焼室に送り込む方式だ。
最もシンプルで高出力を出せる。世界初の宇宙に到達したロケットであるドイツの『V2』もこの方式だ。しかしLE-9は二段目のLE-5で、実績のあるエクスパンダーブリードサイクルを採用した。小型ロケットエンジンでは実績があるものの、大型ロケットエンジンでは世界初の採用となる。この方式は燃焼室の周りの細い管を燃料が通ることで気化した水素ガスの圧力でタービンを回すため、ガスジェネレータが必要なく、シンプルで堅牢性が高いと言われている。確かにLE-5では実績もある。
しかしLE-9は推力が一桁上だ。燃焼ガスの熱交換は燃焼室の表面でしか行えない。すなわち、燃焼室の体積のルートしか表面積は増えない。いわゆる2乗3乗の法則である。つまり大型化すればするほど不利なエンジンサイクルなわけだ。
実は途中でかなり無理があるエンジンサイクルであることに関係者は気づいていた。そして無理をすればするほど泥沼にはまり込んでいく。
できるだけガスの圧力を取り込もうとタービンブレードを大きくすると、それだけ振動モードが増える。回転機械の弱点はそこで、ロケットの固有振動数とマッチすると共振して破滅的な破壊モードに入りがちだ。また燃焼室の熱交換器も溝を細かくしたり表面を薄くしたりして液漏れで失敗したりしている。
結局、先日失敗した初号機、二号機ともにType-1という出力を落としたお茶濁しバージョンでの打ち上げとなった。これだと補助ロケットブースター無しの打ち上げは出来ないので、一発50億円のローコスト化は達成できない。結局「『H2A』がすこーし安くなったね」というレベルで数年は打ち上げを続けることになる。
そして2000億円クラスの予算を使ってType-2エンジンの開発をやることになる。これには数年がかかると関係者は言う。
そしてその世界初のプロジェクトは成功する保証はない。
世界でどこもエクスパンダーブリードサイクルで大型ロケットエンジンを作ってなかったのは、恐らく机上の計算で成立見込みがないと撥ねられていたのだろう。
さてここからが本題だ。政府のプロジェクトは走り出したら止められないと書いた。LE-9の壮大なチャレンジを続ける社会的意義はあるのか? 日本にとって良いことなのか? という話だ。
もちろんポジショントークもあるが、LE-9 Type-2にかけるコストを、我々インターステラテクノロジズの開発に投じたら、LE-9を超えるメタロックスピントルインジェクターのフルフロー二段燃焼サイクルのエンジンが作れる可能性は高い。ロケットエンジンを作ってみて分かったのは、日本のサプライチェーンの優秀さだ。舵取りさえ間違わなければスペースXのラプターエンジンに匹敵するものを作れる。
ちなみに『Starship』はビジネス的にも宇宙への輸送手段としても、失敗する可能性はそれなりにある。
まず、イーロンマスクのロケット再使用原理主義が、また復活してきたのだ。ファルコン9は一段目再使用に留まっているが、本当は二段目も再使用したかった。スペースXの工場で私たちを案内してくれたエンジニアが、「イーロンがやっと二段目再使用を諦めてくれた、やれやれ」といった感じだったのだが、Starshipでは二段目を再使用しようとしている。
そのために耐熱タイルを貼ったり余分な燃料を積むことになるので、ペイロード(ロケットに搭載する輸送物)がほとんど積めないという本末転倒な状況になりつつある。そもそも再使用によるコスト削減はほとんどできない。メリットとしてはあるとしたら、ロケット製造のリードタイムの確保しかないような状況だ(もちろん再使用しているので高頻度で打ち上げられている)。
またStarshipで想定されているペイロードが仮に打ち上がるとすると、ペイロードの保険料が宇宙保険プールの中で鯨のようになってしまう(鯨とは投資用語でGPIFのような巨大投資家のことを言う)。一発失敗したら保険料プールが破綻するくらいの規模なので、そもそも本当に保険がかけられるのかが、宇宙保険業界で話題になっているほどだ。
何が言いたいのかと言えば、我々が企画しているDECAのような程よいサイズの一段目再使用大型ロケット開発に日本は投資すべき、ということだ。
H3はType-1エンジンのまま、それまでの繋ぎとして運用すれば良い。これは日本の宇宙開発を大きく左右する話だ。一般にはあまり知られてない話だが、零戦の失敗のような話を現代でも継続してはならない。
零戦の失敗とは、運動性能や航続距離を重んずるがあまり、世界初の超々ジュラルミンの開発に成功したにもかかわらず機体の装甲を薄くしすぎて練度の高い搭乗員を失いまくり、太平洋戦争の序盤末期から戦闘力を急激に落としていったことだ。アメリカは装甲を十分に確保して高出力のエンジンで重い機体を無理やり動かした。その大方針の違いが勝敗を分けた大きな原因となった。
ロケットによる宇宙輸送は宇宙開発の一丁目一番地。ここで大方針を間違えると取り返しのつかないことになる。一兆円のJAXA基金の使い道が問われている局面なのだ。
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