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(7) 何やら重たい一日(2023.12改)

PB Electonics社の家電品はTV CMも雑誌類への広告も用意していない。ネットや口コミで、先ずは「噂」から徐々に広まっていった。

家電品は車やオートバイのような嗜好性は薄い。一般家庭に普及しているので「壊れたら買い換える」のが一般的とされている。その慣習を変えたいと長年思っていた男が居た。
モリは4,5年おきに買い替えている洗濯機や、7.8年おきに家電量販店に冷蔵庫やエアコンを買いに行くのが許せなかった。車やバイクのように「直し続けて長く使いたい」と思っていても、「修理するより、買い換えた方が安く済みますよ」と買い換えを勧められる。モノを大事にしない家電業界を、どうしても許せなかった。

社会人になる際、最初に就職した企業が国内総合電機メーカーだった。
各種家電製品を製造する工場も入社当時は国内にあり、数千名居た同期入社の社員が、各工場にも配属された。30年前はバブル末期で日本中が浮かれていた頃で、海外生産は汎用品に限られ、主力品と新製品は国内生産という時代だった。
モリはIT事業の営業職だったので、家電事業と日頃の接点は無いのだが、配属前の新人研修で数カ月行動を共にした期間で連絡先の交換をし、時には集まる場もあった。工場内で利用するIT製品の提案に訪れる機会も度々あった。
入社前から自社の家電品のシェアが低いのは分かっていたし、営業職として入社したので、家電品販売には携わらないのも知っていた。家電販売は別会社になっていたからだ。
それでも工場で家電製品の設計をし、生産出荷管理に携わる同期入社の人々が居るので、妙な愛社精神から一通り自社ブランドの家電品を購入した。
その後、IT企業に転職して疎遠となってしまったが、冷蔵庫だけは今でも元会社の製品を買い続けている。
当時、家電部門製造に関わる人々の話を聞いていると、国内最大手の家電を主力とするメーカーの存在がどうしても幅を利かせていると口々に語っていた。
創業者である会社経営者を未だに敬っている某社の当時の開発コンセプトは、「買い替え需要を前提とした製品開発と製造」だった。家電メーカーとして成長する為に作為的な製品づくりを開発側に求め、主導した。そのコンセプトが未だに家電業界に根強く巣食ってしまっている。
コンセプトは最終的にはアダとなった。家電の製造は比較的楽な部類であり、部品メーカーも海外生産を始めて主にアジア各国で乱立するようになり、家電製造を始める企業が増えだしてゆく。
後発企業がキャッチアップしやすい業界になったのも、極端に言えば粗製乱造のモノづくりをしていたからだった。家電最大手の企業にしてみれば、信奉する創業者のコンセプトがブーメランとなり、シェアを容易に奪われてしまった。その国内最大手に追従したモノづくりに徹していたモリが勤めていた企業も含めて、国内の家電事業はアジアのメーカーにシェアを奪われ失速し続けていった。
通産省から改名した経産省、そして政府の責任も少なからずある。家電も含めてだが電機メーカーが軒並み失速、身売りに転じているからだ。
メーカーを指導する立場の官僚達、メーカーの経営層に策が無かったからこそ、今の状況となっている。
幾つもの会社が傾いた。
上場廃止し、競売状態に陥ったT社、海外資本に転じた2つのS社、プラズマテレビで失敗、屋台骨のカーナビ事業も失速したP社、と、錚々たる惨状の数々は敗戦に等しい。しかし経産省は咎められもせずに、先の内閣では経産省関係者がアホな首相のブレーンとなっていた。
失敗するのも当たり前だ。自動車産業以外の製造業を傾けた連中にホイホイと従い、国の経済は奈落の底へ堕ちてしまった。

入社当時の選択をモリも反省している。
「総合電機メーカーであれば、新事業を絶えず創出し、会社は生き伸びる」と判断して入社。転職する発想がまだ無かった社会状況なので、可変可能性があると信じた企業に自分の人生を賭けた。
しかし誤りに直ぐに気付き、生涯勤務・定年雇用が当たり前の時代に、転職を経験する。
日本企業の選択肢は 候補の中には無かった。

30年後、開発研究部門の同期数名に声を掛けた。
ベトナムで設立したPB Electonics社社長の有賀侑斗は、30年に渡ってモーターを研究・開発し続けてきた。プルシアンブルー社に転じてAI制御を手にした事で、有賀が夢見てきた静音性に優れたモーターが完成した。
モーターはあらゆる工業製品に使われている。PB Electonics社では、全ての家電製品、PB Motorsの自動車用とバイク用のハイブリッドエンジンに搭載されている。 

有賀が開発したプルシアンブルー製モーターは、カテゴリー的には「ブラシレスモーター」に位置する。
ブラシ付きモーターに比べて耐久性が高く、電気的ノイズが小さいという特長がある。
その一方で制御するのが極めて難しいのだが、制御自体を「知性のあるAI・アイリーン」に担わせた。通常、内部のコイル数が増えれば増えるほど、モーター自体の回転は滑らかになる。通電制御するタイミング周期も短くなり、制御の難易度が上がるのだが、AIが難なく制御してしまう。結果、各コイルに流れる電流方向とタイミングをAIが制御し、ローターが極めて滑らかに回転する。
更に同社の半導体技術が応用され、ナノ単位で各種の微細部品が製造された。ハイブリッドエンジン用のモーター以下のサイズで、プルシアンブルー製モーターとしてラインナップに揃えられた。

外務省の櫻田詩歌にそんな話を延々としていた。冷静に理性の維持に努めていた。ボンキュッボンの誘惑、予想を遥かに上回る水着姿に懸命に抗っていた。

「有賀さんってどんな方なんです?」

「工業大の博士過程中に結婚してたんだ。子供2人は今はそれぞれ家庭を構えて家を出ている。
入社式には夫婦揃って出席していてね、子供も居ますって自己紹介を聞いて、面食らった。僕には衝撃的な出来事だった。奥さんが家に一人残って、現在ハノイで単身赴任中。コロナが終われば、奥さんを呼ぶそうだ」

「入社式って何人位居たんです?」

「3000人近くいたのかな?会場も日本武道館だったから、当然だけど同期社員全員の把握なんてできない。それで配属される地方ごとに分割して、国内の工場に別れて研修が始まった。関東の工場に家電やITの工場が集まってるから、千葉の工場で研修を受けたんだけど、そのグループの中に夫婦が居たんだ」

「どんな研究をされてたんでしょう?」

「モーターの活用範囲は多岐に渡るだけに、求められる要件も用途に応じて様々だ。
例えば、使用場所や使用頻度、モーターが使われる土地の温度とか、変化し続ける様々な環境下で使う為のモーターの開発が求められる。アイリーンに使用環境のデータを与えると、即座に最適なモーター設計図を作成してくれる。

元々、有賀はモーターとインターネットの融合を考えていた。「Internet of Motors」っていうコンセプトを掲げてたんだ。
例えば、ビル全体のエネルギー効率を最適化するために、ビル内の温度・湿度・空気の品質だとかを絶えず集めて解析して、モーターをリアルタイムで遠隔制御する・・そんな集中管理システム的なものをイメージしていたらしい。でも、ウチのアイリーンを使えば、まどろっこしい余計なプロセスを必要とせず、指示するだけで済んでしまう」

「EV車もハイブリッド車も、様々な国の自然環境下で使われますよね?」

「そうだね。各国の道路の整備状況の違いだけで、車に求められる耐久性能は変わってしまう。
ハイブリッド車はまだいいんだ、円熟の粋に達しているエンジンがあるから。
でも、EV車両を動かすのはモーターだけだ。自ずと負担が伸し掛かる。車体の重量も、乗員数や積み込む荷物で変化するし、車両が使われる自然環境や温度変化も変化する。故に車両に内蔵される全てのモーターに求められる特性も常に変動するんだけど、アイリーンをビルトインすれば、一切合切のコントロールを「彼女」にお任せするだけで済む」

「スゴイなぁ、つまりAIそのものを消去してしまえば、ごく普通のビル管理システムに過ぎないし、いつものクルマになっちゃうだけって事ですね」

「実際はもっと酷くてね、ビルもクルマも動かなくなるんだ」

「そうなんですね・・他になにか心配されてたり、懸念するポイント、みたいなものはないんですか?」

「そりゃ腐るほどあるよ。
高性能なモーターの永久磁石には、ネオジムというレアアースが利用されている。
レアアースの確保のためには中国と仲良くしないといけないとか、中国と付き合いたくないから、レアアースの代替品の開発をしなくちゃならないとか、常に考え続ける必要がある。
レアアースの代わりに鉄を採用しようって話になったと仮定する。
どうやって磁石の磁界を強化すればいいか、考えないといけない。レアアースから鉄に代えたら振動や騒音も酷くなるのは間違いない。どうやって解決するか、頭を悩ませないといけない。毎日がイタチごっこの日々だね」

櫻田がソファーベッドから立ち上がりながら、スイッチを変えたのが分かった。サイドテーブルには500mlのビールの空き缶が3本横になっている。見るのを避けていて気が付かなかったが、どうやら目も座わり、酔っているようだ・・。

「あーもう、やめましょう。自分を作ってる場合じゃないっすよ・・。
こんな開放的なビーチで真面目な話をしていたら、段々虚しくなってきましたぁ!
モーターもテクノロジーも大事だけど、今はパスします!レアアースの問題も、そんなのはどーでもいいんです!
目の前の女をどうやって攻略しようとか、ズッコんバッコンしちゃおうとか、先生は考えたりしないんですか? ワタシはウエルカム体制で日々意気込んで、パンツを必死に選んでます。処女だけど知識は豊富です。遊びで構わないから、開拓してやって下さい!」
そういって、ビキニの上を自ら剥いでみせる。下も脱ぎだそうとしているので、慌ててその場から逃げ出した。

櫻田の絶叫が聞こえたらしい一部は、指を指して爆笑していた。

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「故障や不具合が生じると、家電品に搭載されているAIが該当箇所が悪いと知らせます。部品点数の全ての状態と製造番号やバージョン情報まで把握しています。
部品製造自体は様々な部品会社に委託していますが、モーターと電子部品類はプルシアンブルー製です。
尚、電子部品とモーターは弊社の技術力では開発も製造できません。5年後に汎用的な技術となっているのを願うばかりです」

開発・製造部門のトップが希望的観測と対処不可を述べると、役員の間で動揺が広がった。

造船、自動車の製造部門、先端半導体製造、モバイル装置、家電まで手掛ける韓国最大手のメーカーでプルシアンブルー製の家電製品を検証した結果が想定以上の内容だった。韓国での販売はまだ計画されていないが、ネット販売が主力としているので参入は比較的容易と思われる。
また、米国からの情報で不確かなのだが、独自OSのPCとモバイル、そして自動車製造にも近々参入するという。
日本政府の補佐官と経産省官僚の数名がプルシアンブルー社長とネット会談した映像を米国は入手しており、韓国政府経由で提供された。

「プルシアンブルー社は中国を除くアジア圏をビジネス市場と想定しています。工業製品の製造販売に関しては、シンガポール企業としてASEAN諸国における知名度獲得を第一としています。日本は開発研究の拠点でして、国内企業とのバッティングは極力避けたいと考えております」

「しかし、家電品やPC,モバイルを製造されようとしています。業界トップでは無くなった日本企業は淘汰され兼ねません」

「私達は中国、韓国、台湾のメーカーを競争相手と想定しております。海外メーカーのシェアを奪う上で、日本企業のビジネスを奪う格好になるのは避けようがありません。これはご理解いただきたい点です」

「では、国内企業と技術提携、資本参入するなどの救済的なものはお考えではありませんか?」

「製造に関して言えば、国内では岡山の造船所を買収しました。それと石川県小松市周辺の部品会社様とは協力関係にあります。現段階ではそれ以上の国内での製造業絡みの投資は計画しておりません。今後も東南アジアでの投資に集中するでしょう」

財閥グループの幹部たちは、プルシアンブルーのサミア社長の発言を踏まえて年末の計画を見直す。年末に向けて各グループの新製品を前倒しして出荷し、シェア固めをしろと指示を出した。日本企業を恐れる必要が無くなった一方で、プルシアンブルー社の出現と急成長からは、嫌な予感を感じ取っていた。

ーーーー

ホテルへバイクで戻りながら、由真が人の腹に腕をまわし、胸を押し付けてくる。
「楽しかった。面白かった。明日も遊ぶ」と、子供が高揚しているかのように話し続けている。実際は30歳なのだが。

初めて乗ったプルシアンブルー製のバイクに魅了されながらも、数日前の由真の錯乱状態を忘れることが出来ないでいた。開放的な面ばかり見せているが、内面に「何か」を隠しているのは、今回の同行者全員が想定していた。錯乱した話と内に何かを秘めているのは間違いないと皆と情報共有し、由真を全員で監視している。最悪なのは、自傷行為に及んだり、行方不明で帰らぬ人となっては不味い。そんな諸々から、由真と外相の過去の話には誰も触れられずにいた。

「櫻田さんも可愛がってあげたらいいじゃないですか。少し割り切ってもいいと思います。その方がより円滑な関係になるような気がします。ご安心下さい、私も玲子も黙ってますから」

とってつけたように話し始めた。仲間を増やして居場所としての現在地を固めようとしている?と勘繰った。
ホテルに戻ってきて、由真の従姉に当たる翔子からのメールに気づいた。
翔子の叔母に当たる由真の母・啓子から聞いたという予想外の内容に、ただ驚いた。

・・・十年前、商社社員でオーストラリアに勤務していた現外相の梅下が、たまたま帰国時に開催されていたゼミのOB会で、由真を見初めたのがキッカケとなった。しかし、梅下は即座に動かない。回りくどいアプローチを好むようだ。女性をゲームのコマのように見ているとも書かれていた。

OB会の場では複数の女性に手を出している梅下の手グセの悪さは誰もが知っており、「むやみに近づくな」と女性陣には言われていたのだが、由真の同級生と後輩が罠に引っ掛かった。
「メルボルンに来たら、案内するよ」と言われ、2人は後日オーストラリアへ出掛けてしまう。
自分の収入の他に、家の財産がある梅下の羽振りの良さに騙されて、次第に2人がその気になったらしい。
「年末に帰国したらまた会おう」と約束して2人は帰国する。
一人は既に未来を唆されて、体を許し、もう一人に対しては「奢るから(ゼミの)現役生の女の子に声掛けてよ。悪い噂は昔の話さ、実際何もしなかっただろう?」と帰国時の梅下ゲームのミッションを託された。

用意された飲み会には、総合商社への就職、祖父が首相の家柄という2つが誘蛾灯になり、現役の女子大生が集まった。まだゼミに入ったばかりの由真も参加した。
梅下の悪い噂がゼミ内で広まったのが、この飲み会の後となる。

梅下は自分の攻略対象を特定の個人の周辺に的を絞るらしい。
由真の場合で言えば、妹の話、父方の従姉妹の話、中高生時代の友人の話を求められたそうだ。大抵携帯には友人知人、家族との写真がある。SNSが出始めていた頃でもあり、高校時代に撮ったプリクラもある。それらの画像で自分の好みの女性を見つけると、該当者との趣味を、あたかも梅下と共通の趣味であるかのように作文して、「是非お会いして話してみたい」と言う。
そのようにして一人二人と毒牙に襲われ、一定期間で捨てられる。
その後が酷い。父の秘書(現在の梅下の秘書、宮崎だろう)を名乗る人物が現れ、纏った額を渡され、何故か意識が朦朧とし、抵抗できずに秘書の相手をしたらしい。由真の高校の友人数名と、父方の従姉が同じ被害にあっていた。

全く知らずにいた由真は梅下と付き合って3年近くにもなるので、その話を知って怖くなり、梅下の元を離れた。梅下が父の後継者として県会議員となった頃だった。
県議に転じた際に「口止め料と行為の写真」がセットになって、反社会的団体名義で届いたのだという。

(つづく)


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