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(6) 帰国しても、仕事塗れの日々 (2023.11改)

「いってきまーす!」 「いってらっしゃい」

美帆が母に手を引かれて、保育園へ出掛けていった。新宿オフィスの屋上から飛び立ったドローンが、母と児の歩行に合わせて高い高度から監視している。
飛行物の確認をすると、8時で開店したばかりの1階のミニスーパーPB Martに入店し、少々豪華なお弁当と鹿肉バインミーと北部の山岳地帯で台湾からの亡命者の後継者達が栽培しているタイ茶のペットボトル1.5リットルを購入して、徒歩5分の都庁に向かう。
9月中旬は日差しもまだ強いのだろう。
昨日の照り返しでアスファルトが熱を持っているのが靴の裏から伝わってくる。都市部がヒートアイランド化しているのが分かる。

久々の都議会が今日から始まる。
まだ誰もいない無所属議員の部屋に入り、自分の机に座る。机の表面を見て清掃せずに済んだ事に感謝し、机の中からベトナム製の紙コップを取り出し、買ってきたペットボトルのお茶を注ぐ。
鹿肉バインミー110円の大きな紙ラップを開封して齧り付いた。朝食を食べているので過剰カロリーだが、久びさなので商品チェックを兼ねて買ってみた。
バケットとたっぷりの鹿肉と野菜と特製ソースのバランスに満足する。本場ベトナムで販売しても売れるのではないかと思ってから、鹿肉がかの地では手に入らないと思い断念する。

バインミーを食べ終えてPCを取り出して、内職を始める。カンボジア・プノンペンの王宮警備と、バンコク市内のチャワリット・ラタナコーシン両殿下の邸宅の警備向けのバギーとドローン複数台の設置作業が、昨日完了した。
また、プノンペン市内とバンコク市内の野党本部と、党首と党幹部の邸宅警備用のバギー、ドローンの順次配備中だが、今週中に終わる予定だ。

タイとベトナムのプルシアンブルー社の職員たちが請け負うのが、カンボジア王室とタイのチャワリット、ラタナコーシン両殿下が保有する広大な農地の耕作と、大規模ソーラーパネルの設置だ。カンボジア王室が所有する農場が、タイ・トラート州の国境近くにあるプノンサルカム保護区内の農場と、シハヌークビル港を見下ろすボダムサコール国立公園に隣接する王族の農場だ。グウゲルマップで見てもとんでもない広さで、これだけで大量発電のビッグプロジェクトになるのだが、そこにチャワリット、ラタナコーシン両殿下のカンボジア国境にあるトラート州の農場が加わる。

タイ・アユタヤ支店のスタッフ達では足りないので、ベトナム・ホーチミン支店、カントー支店のスタッフもジョイントして、作業前に現地視察してプロジェクトの全体像を把握する必要がある。作業するとなると、手付かずの土地も含まれているようなので、大型重機も持ち込まねばならない。

カンボジア王室とタイの王族2家の支援を、モリは決断した。
国から広大な土地を分け与えて貰いながら、土地の有効活用が殆ど出来ていないらしい。
カンボジア側は幸いにして農場として昨年まで使っていたので良いとしても、タイ側は大半が全くの手付かずの土地となっているので、ソーラーパネルの設置だけで終わるかもしれない。

この広大な土地が齎す電力を、カンボジア側の電力も含めてタイ電力に一括売電する。
プルシアンブルー社はメンテナンスや管理全般を含めて電力料金の5割と、王族の代わりに栽培する日本米全てをタダで手に入れる。
タイ側の土地次第だが秋田県の生産量を超えるかもしれないので、国内以外の用途を考えないとコメの販売価格を下げてしまい兼ねない。
秋田県の面積で太陽光発電となると、世界最大規模の発電事業になるのではないだろうか。
毎月生み出される資金をプルシアンブルー社が一旦預かる。そうでなければ国に接収されかねないと云う。王族の財務状況を好転させる為に王族の事業開発と政治資金として野党を育て、両国の民主化と経済成長の柱に繋げる・・というビジョンを双方の国で相談して描いていたらしい。
来訪を待ちわびていた所にモリがノコノコと現れた。
因みに、カニアさん、パウンさん同様にカンボジアの王族も弊社に入社するらしい。どう見ても、誰が見ても、人質もしくは監視お目付け役に見えてきた。

初日なのでネクタイを締めて議場に入ると、議員達に囲まれてアタフタする。誰か一人に発言して欲しい位のレベルの低さ、自分の事しか考えていないようだ。

「私は聖徳太子ではありません!一度に言われても分かりません、迷惑です!」

と大声で一喝すると、傍聴席から大きな拍手が聞こえた。自分の席に向かい、ドサッと座る。ホントに議員なのかよ?と腹立たしく感じていた。 

ーーーー

国会が開かれない中での東京都議会開催という箇所もあっただろう、通常よりもメディアの数が多かった。
都が用意した議案の中にコロナ対策の項目が見当たらず、自民系議員が野党代表のようになって都知事たちを追求してゆく。

「新宿と大田の両区内の幼稚園、保育園への感染対策は9月になってから感染児童ゼロと明らかに成果が出ています。都内の幼稚園、保育園だけでなく小中高、大学果ては都内企業含めた全域で検査体制を講じるべきではありませんか。
もう9月の下旬ですよ!それから、モリ議員が出掛けたベトナムとタイ、それから台湾で導入している遠隔医療サービス、成果が出て各国から歓迎されているじゃないですか、早く導入しましょう。なんで議題に乗せないんですか。3密だ、あんみつだと交通標語唱えてる場合じゃないでしょう」

「議員と同じ指摘を私も富山県以外の他県も国に対して申し入れしています。しかし内閣が事実上機能していないのは、議員が所属されている党なのでよくご存知だと思います。全国の知事が困り果てているのです」

「じゃあなんで富山には出来るんですか?今は困って立ち止まってる場合じゃないでしょう。国任せにしないで、東京が率先して動いて取り組むべきです。学校の先生方も緊急医療センターの皆さんも、そして医師たち、感染者の皆さんが物凄く苦しんでるんですよ。コロナの巣窟と言われている東京が、名誉挽回するチャンスじゃないですか。今すぐ予算化して実施しましょうよ!」

議員も傍聴席も拍手して議員の発言を称えた。
都知事が論点を変えて国の過失に責任を擦り付けるのは十分に予想された。この質疑応答が全国の昼のニュースで流れて、交通標語ババアと化していた都知事の評価が一気に下がってしまう。

マスコミの注目はコロナ対策もあるのだが、モリだった。議会の閉会中もアチコチに出掛けて、休みなく仕事し続けており、会見や取材に応じる場が無かったからだ。
前日まで滞在していた東南アジア3カ国訪問の成果を、外務省が政府広報として紹介している。

ベトナムとカンボジアでの農地での太陽光発電事業推進とAIナビ搭載車両の販売の合意に至ったという。
特にカンボジアは王室との共同事業となり、王室がカンボジア経済の牽引役を担うべく国内投資に取り組んでいくという。ラオスが何一つ成果を上げられず、カンボジアでは王室事業以外との合意は得られなかったのが反省であり、次回以降の課題だと纏めているが要は全てプルシアンブルー社の事業であり、与党には何一つとしてメリットを与えていない。

カンボジア王室の所有する土地だけで東北一県と同じ位の面積があると知っている日本政府、カンボジア政府だけでなく周辺各国も騒ぎだす。
たった1度の数時間の訪問で王室とコミットメント出来るのは、さすが援助額元1位の日本だと世間では解釈される。

最も焦っているのがカンボジア政府だろう。
全ての所有地で太陽光発電を行わないにしても1/10の規模でも毎月数億円の収益が予想される。カンボジアの数億円なので、国内投資会社の最大手になる潜在能力がある。年額換算すれば国家投資レベルの資金を扱える可能性を秘めている。

今までカンボジア政府は中国資本の依存に偏っていたが、そこにプルシアンブルー社や日本企業が関与してくると、中国企業の利権が失われる可能性がある。
当然ながら中国政府と外務省はカンボジア向け投資の増額を検討し始めるが、相手が太陽が生み出す無限財源に対して、中国投資の財源は不動産投機が主流なので流動的となっている。例えば、コロナ禍で太陽光発電は出来ても、ビルやマンションの建設や土地の購入はストップする。

プルシアンブルー社は更地に太陽光パネルを並べるのではなく、農地や湾内にパネルを並べて一次産業の活性化も兼ねる。そこに作業を自動で行う機器を投入する事で、収益を更に増やしてゆく。即ち、同じ土俵で太陽光発電事業に乗り出しても勝てる確率は極めて低い。難敵が突然海外進出に手を伸ばしてきたと中国は焦っている筈だ・・
と、記者たちはそこまで分析してモリのコメントを得ようと休憩時間や会議閉廷後をねらって待ち構えていた。

夕刻、王族の秘書2人が議会傍聴席に現れると騒ぎになる。同じ人間なのか?と周囲が引いてしまうほどのスタイルをしている。
議会閉廷と同時にモリをピックアップして、用意した車に乗り込んでしまった。2人の秘書のインパクトに抗えなかったのか記者たちは一向を見送るだけだった。

ドライバーと助手席に座っているのがモン族の女性で、モリはアユタヤ朝市での乱闘事件で2人の顔を覚えていた。
CIAではないか?と翔子と想像していたのだが、現住所はタイ陸軍の王族警備隊だった。
晴れて2人の王女のボディガードとして、カンボジアから一緒に日本にやって来た。

「ブルネイ大使と会見後、夕食となります。夕食にはマレーシア大使とインドネシア大使が加わります」パウンさんが言うので頷く。
「了解しました・・」と。

タイ大使館所有のSクラスのベンツが1台貸与されて、後部座席でカニアさんとパウンさんに挟まれていた。ずっと中古車に乗っているモリには、場違い感が半端では無かった。
因みにナンバープレートも大使館ナンバーのままだ。せめてガソリン代くらいは払った方がいいのだろうと思っている。

「プルシアンブルー社はどうなるのだろう?」と昨日の帰りの飛行機からずっと考えていた。
想定外の大事業受託のインパクトは計り知れないものがある。事業統括責任者がゴードンになり、プロジェクトのチーム編成に早速着手した。事業規模と輸送手段の兼ね合いで外務省をパートナーに据えて、里中女史を指名して了承された。
そこへボルネオ/カリマンタン島を共有する3カ国が、田園開発共同事業への参画を要請してきた。タイとベトナムでの事業に注目していたら、カンボジア王室と組んだので、東南アジアの政治をよく理解していると判断して声を掛けてくれたらしい。
同島はインドネシア本島のジャワ島やマレー半島とは異なり、人口も少なく、コロナの影響を受けていない。

「頑張って下さい」

チャワリットさん改めカニアさんに日本語で言われて、笑顔が何故か引きつってしまった。
左右に挟まれて2人の顔を見て改めて思うが、タイ人というより北部の中華系タイ人の顔立ちの様なので、3人揃っても違和感がない。前席の護衛2人もタイ北部のモン族なので、日本人と言っても通用する。5人で歩いていてもタイ人のチームとは思わないかもしれない。

「護衛の2人は何か武器を持ってるの?」パウンさんに聞くと頷いた。

「ラナ?」とパウンさんが前席に声を掛けた。

「トランクの底にAk472丁と私達はベレッタをそれぞれ所有しています。モリさんが所有するサバイバルナイフと銃と全く同じものをダッシュボードに入れております。必要な時はお渡ししますので」

「必要な時か・・あの、お二人は日本での練習はどうするの?」

「横田基地か厚木基地の射撃場が利用できます。我々は局の支援も受けておりますので。
あ、失礼しました。モリさんも使えるようになっています。局長のアッガス氏から伝えるように言われていたのを失念していました。申し訳ございません」 
・・CIAって読みは合ってたのだ。厚木ならいいな

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

鹿児島に行く前にピストルを試したかったのだが、議会があるから無理かと諦めた。

ーーー

議会出席後、モリがブルネイ大使館を訪れているのが分かった。そこにインドネシアとマレーシア大使、外務省官僚が加わるようだ。

「国政は管轄外なので対応できません」モリはそう言って与党の打診を断り続けているという。もし参加すれば、何もしない国会議員に使われて更に多忙を極めるだけだと分かっているのだろう。所詮選挙プランナーの発想なのだ。「旬のものを加えるだけ」で、中身そのものを変えようとしない。与党も人任せ、プランナー任せなので、変わりようが無い。問題の本質は何も改善されずに終わる。
東南アジアで太陽光事業で巨利を得たプルシアンブルー社は、勢いを増すだろう。熱帯の地での発電事業は企業に安定を齎すに違いない。

与党5世の衆院議員はいつの間にかモリの情報を集めて、分析するようになっていた。
仕事を手掛ける毎に、次の仕事が待ち構えており、常時操業状態が持続される。問題は、特定の人物に負荷が掛かり過ぎている点だ。
プルシアンブルー社の基礎を支える3人はそれぞれの業務を他社に託して行かないと早晩息詰まる、そんな頃合いではないだろうか・・。

「っと、相手の分析してばかりいてはダメだ。そもそもこちらの方が、人材が居ない・・」

島根選出の衆議院議員・梅下 温は与党島根県議との会合へ向かい、仲間を探す為に古い屋敷を出て、門の前に停泊している車両へ向かう。
首相の祖父を支えた経験がある第一秘書・宮崎が、梅下の後に続く。

「世襲は劣化版しか生み出さない」という世間の定説を梅下と宮崎は変えようと誓い、議員当選後、徐々に評価を変えてきた。
卒業して就職した総合商社はコネ入社だったが、配属され20年間勤務した食糧部門でエース的人材となった。同期入社の石油・鉱物、建設、鉄道等の花形部門の同僚達は日本経済の失速と共に勢いを失い、最近だけ、コロナで高騰しつつある石油・鉱物の原料系が調子を取り戻しつつある。

フィリピンミンダナオ島のバナナ栽培と輸入が梅下の最初の仕事だった。ライバル商社の農園を傘下に加えて業績を上げると、オーストラリアの精肉担当に転じた。
オージービーフの生産農家をこまめに回って日本市場向けの筋のない、脂肪分のある肉質の牛の生育を説き続け、アメリカ、カナダビーフを上回る出荷を実現して日本国内のステーキ店の店舗数を増やし続ける土台を作った。

梅下は自分の足で動き、自分の言葉で相手を説得し続けてきた苦労人だった。それ故に現場で自ら交渉役を務めるモリに共感したのかもしれない。年齢的にはモリの一回り下の世代になるが、紫外線の強い国に20年居たので年齢よりも上に見られるのが本人唯一の後悔となっているが、梅下の対話相手になっている者には相応の安心感を齎せていた。それ故に年齢層の高い与党内で推薦人20人以上を集める事が出来たのかもしれない。

「爺、頼んだぞ」

「はっ、お任せください」

JRの特急停車駅で降りた秘書の宮崎は、運転手からボストンバッグを渡される。これから単身で鹿児島まで列車で向かい、週末に狩猟にやって来るモリに接触するのが目的だった。

80半ばとは思えない軽やかな足取りで、宮崎は駅舎に入っていった。まだ下半身も現役で、薩摩の料亭の女性陣を明日あたりは虜にするのだろう。

「よし、出してくれ」後席のパワーウィンドウを操作しながら梅下は運転手に告げた。

車は県会議員の集まる料亭に向かった。

(つづく)



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