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(5)世界停滞中の今だからこそ、 好機到来(2023.9改)

横浜の4日遅れで五箇山の梅の実が収穫期となった。 桃を間引くには、まだ早かった様だ。
梅の本数が多いので、横浜と大森2箇所の倍以上の収量となる。
大学生3人が脚立に乗って取り、親たちが実を受け取って、洗浄し、ヘタを取る。
五箇山では梅酢にせずに、梅干しと梅酒となる。

作業中にドローンが降下して、バギーがアラーム音を出してきたので一同に緊張が走る。しかし、モリの2ボックス車でやって来た樹里だったので、安堵する。樹里が警備システムの存在を忘れて、邸宅内に乗り入れただけの話だ。 
  
「ごめんなさい。うっかりしてました」
樹里本人は10日前までは登録済みなので、警告音だけが作動した。​
五箇山を出て10日以上過ぎているので、本来なら車を降りて顔認証をやり直すのだが、端折って車ごと乗り入れた。「杜家の車で樹里が運転している」とAIは認定していたのだが、ルールを守らなかったので、警告音が出た。

「はい、ガソリンは満タンにしてきたからね。玲ちゃんが言ってた通りだった。いいね、古いゴルフ、譲ってくれないかな?」樹里がキーを渡そうとする。

「あー、里子叔母様と私ね、ムーンサルト中。で次回に延期したの。ピンチヒッターの杏にキーは渡して」

「そうか、もしもローテーションとか組んでたら、あの日と重なる日も出てくるよね・・」

「交代すればいいだけだって、人数はいるんだもの」

「そうなんだけどさ。玲ちゃん、この先、このメンバーだけで済むのかな?」

「そうね・・先生が教師を続ける間は、避けられないんじゃないかな?思春期女子の妄想の相手としてはピッタリな教師だからね」

「玲ちゃんは妄想してたの?」

「最初はね。でも妄想が膨らみ過ぎて暴走したから、お互いに今があるんでしょ。先生は今はクラス担任を持ってないけど、3年間の担任で暴走した女子が4人も出ちゃったのよ。
暴走するかもしれない予備軍はイッパイいる筈。それを私達の動画が煽ってしまうかもしれない。痛し痒しだよね、私達が知らず知らずに、敵を増やす」

「そうか、だよね・・。若い子が来たら、養女は追い出され兼ねないよね・・それなら、身籠っちゃうしかないよね?」

「そうね、綿密な人生設計が前提になるけどね」

「余裕綽々だって。資産家よ、我々の父上は」樹里が「エア左団扇」をやって得意げな顔をする。

「生活は至って質素に見える。貯蓄もあるとは思う。だけどね、それをアテにしちゃ行けないと思うのよ、私は。先生は実業家として動き始めちゃったしね」

「実業家? ええっ、どこが? 私10日間一緒にいたけど・・」

「ブルーインパクト社の出資金を出した後もすごい額面が動いているのよ。
全体をマネージしてるのって、サムスナー夫妻じゃなくて、全部先生なんだってエンジニアの人達が言ってた」​​​​​​​​​​​​​​​ 

「だから会長として登場したの?」

「うん。会長職の名前でアメリカと中国、それにシンガポールとベトナムを始めとしたASEAN各国の大使館を一人で回ってるんだ。あゆみちゃん達には教員研修で帰るのが遅くなるって言ってるんでしょ?」

「え?そんなの無理だって。学校にずっと通ってるんだよ。休日だって皆と一緒にいたし」

「授業が終わったら田園都市線で都内に移動して、各国の大使館と高級レストランで時間を費やして、東横線で家に帰ってる。先生の会社用のスマホのGPSをハックして、エンジニアさんたちがこっそり追跡してたのよ。すごいよね、先生の同僚たち」

「それで暫く電車通勤だったのかぁ〜」

「先生が週末に大森のシティホテルに入って日曜は朝帰りしてたけど、誰と一緒だったのかしらね?金曜の夜は大森の家に泊まったみたいだし!」

「あ、えっと、それは・・ごめんなさい・・」

「そんな相手に生理中じゃあ、とてもじゃないけど対応できないって判断したの!」

「ナルホドですね・・」

「お仲間のエンジニアをどんどん引き抜いて事業を拡大しようとしている。家族を養うだけじゃなくって、これからは社員の生活と会社経営も考えなきゃいけない。
もし事業が軌道に乗ったら、教師なんて、やってられないかもしれない。先生がそんな人になっていくんだったら、私達だって対等の立場で渡り合えるようにしないと」

「対等の立場?」

「そうよ、この先は競争だからね。将来設計は各自で考えるの。分かった?」

「ええーっ、そんな突然言われても・・で、玲ちゃんはどうするの?どーするのかなぁ?」

「うるさいっ、樹里は今日から敵だ、離れろ!」

逃げる玲子を樹里が追う。意外なものを見たと思った鮎が、隣の杏に尋ねる。
「一体何やってるの?あの二人は?」

「いつもですよ。樹里にとっては私よりも姉らしいのが玲ちゃんで、玲ちゃんにとって樹里はかわいい妹ですから」

「ふーん、そんな風には見えないけどな・・」

「昔からずっと、あんな感じですよ」
何を2人で話していたのか察していた杏は、笑った。

ーーーー

「林泰山ですが、素性が未だに分かっておりません。プルシアンブルー社は5月に入ってからシンガポールのOCBCc銀行から3度、融資を受けております。子会社のブルーインパクト社の資産増強等の買収防衛費用と見込まれますが、子会社の売上で出す融資額としては破格の内容ですが、どうやら裏でシンガポール政府の高官の関与が噂されています。
この高官はワシントンのシンガポール大使館に勤務していた際に、モリと狩猟仲間であるのが判明しました。
CIAは林泰山は偽名で、実態はこの高官もしくはモリではないかと見ており、その線でも捜査を続けています」

「ようやく、10万ドル以下所得の高校教師の素性が見えてきたか・・」
アメリカ大使のデニス・マクバガンは立ち上がる。
高校教師とはとても思えない、あの偉丈夫の化けの顔を明かしてやろうと、マクバガン大使は調査指示を出していた。  
日本の与党が、我々の組織のメンバーではないかと問い合わせて来た人物だ。
レポートとは真逆の質の良いスーツを纏い、所持品全てが洗練されている。上院議員、州知事のような出で立ちだ。話せばアメリカのアッパー層の扱いもお手の物、ウィットな対応の裏には、狡猾さが見え隠れする。
中国大使との対応では、北京語も交えて話すというのだから厄介だ。麻布でどのような話をしていたのかが気になる・・

「組織は日本事務所で彼を採用したいと。高校教師よりは高待遇になるだろう等と言っているようです。大使館としても、我々にとっては良い話ではないでしょうか」​​​​​​​​
・・確かに教師である必要はない、味方になるなら、なおさらだ・・。

モリはアメリカ政府の提案をほぼ受け入れた。唯一、抵抗したのが金銭面だった。
「我々を欲しがっているのは、あなた方だけではない。ならば、最も評価してくれる相手と組むほうがいい。
至ってシンプルな発想だと思うのですが、何か間違っておりますでしょうか?
また、これは念押しですが、我々は日本企業ではありません。従って、日本政府にも、日本の法律にも従う必要はありません。シンガポール企業としてこれからもジャッジして参ります。その点を踏まえて、改めてご再考いただければと」

明らかに企業の代表者の物言いで、言い放って去っていった。ひれ伏す素振りのカケラも見せない日本人は、彼が初めてだった。

ーーーー

海外出張のために都内にやって来た、ゴードンとエンジニア2名と宿泊している品川のホテル内のレストランで会食する。立場上、費用は持たねばならない。
米国大使の誘いをブッチしたのを、やや後悔する。

コロナ騒動の為、渡航できる国は限られており、一行はベトナムへ向かう。その後シンガポールに移動するが2週間ホテルで待機生活を余儀なくされる。3人ともエンジニアなのでPCがあれば仕事ができるとはいえ、缶詰生活はどうなのだろう?

「今のアパートよりは良い部屋だし、食事も3食ホテルの食事を味わえるのでそれほど悪くはない」と言うが、自分には無理だろう。

「それより、中国とアメリカはどうなんだい?なんとかなりそうなの?」ゴードンが心配する。

「麻布から赤坂だ、目黒だと大使館をハシゴするとは思わなかったよ。
しかし、我々はツイていた。コロナという錦の御旗は絶大だった。アメリカがワクチンの開発に躍起になってる間は、まぁ、来年の夏頃って言われてるけど・・それまでは時間が稼げそうだ。オレは異常なまでにコロナに怯えてる体を装っている、感染がおっかなくて、動きようがありませんって何度も言ってね」

「部下たちはベトナムに行こうとしてるのに?」

「ベトナムは入国時に待機生活を必要としない。今のところはコロナを食い止めている国だから、日本よりも断然安心だって説明したら、納得してたよ。しかも中国に近いハノイじゃなくて、拠点はサイゴン・・もとい、ホーチミンに構えるんだから」

「中国はAIが欲しい、アメリカは殺傷マシーンが欲しい。まぁ分かりやすいが、どうなのかね・・」

「兵器として出すんですか?」ゴードンのスタンスに若手のエンジニアが被せてきた。

「いいや。全く考えていない。
ワクチンが出て、感染が下火になってからが我々の海外攻略開始だ。
仮に来年としても、まだ時間はたっぷりある。オレたちはひたすらエンハンスと改良をし続ける。厳重なセキュリティを施した、堅牢な製品になってるだろう。虎の子の技術だ。そう簡単には連中に渡さないって、なぁ、相棒?」

ゴードンの肩を叩いて、急かした体を取ると、

「イスラエルかアメリカのセキュリティ会社、どっちか買収しないといけない。セキュリティ事業だけじゃ済まないだろうがね。でも、どっちも入国できないんだ、全く困ったもんだ。コロナ様サマだね」

ゴードンが一人で剥れる。周りは大笑いした。

ーーーー

学校から家に帰って来ると、杏が玄関から出てきた。あゆみが真っ先に車を降りて出て、抱きつきに行った。
「あれ?母さんが来たんだね」圭吾が言うので、「里子さんと玲子に何かあったのかな?」とモリも思った。

何気に我が家の裏番長に昇格しつつある蛍が、得意げな顔をしているのが面白くない。
子どもたちと立ち話をしているので、何も言わずに通過して家に入る。洗面でうがいをしていると杏がやってくる

「こんにちは、2人とも月のものがズレて私と叔母様で来ました」 

「そうなんだ。お疲れ様だったね」

「あの乱闘シーン、なんなの?」

「必死なんだよ、与党も。選挙としては優勢な状況を肌で感じなかった?」

「肌で? 私が感じるのは膣奥だよ、誰かさんのせいで。よく知ってるくせに」

咳がタイミング良く出た。そこで足音が複数聞こえたので洗面所から離れる。

夏用の登山ズボンに履き替えて厚手の靴下を着用し、くたびれた長袖シャツを着て、タオルを首に巻いて庭へ出る。蚊に刺されるのを極力回避するために着替えた。
2週間前に植えた野菜の苗の周りに堆肥を埋めて、風呂の水を汲み置きしたバケツを持って来て、散布する。

いつもは種から育てるので苗の数も多くなりがちなのだが、今年は買ってきた苗なので、まだスカスカだ。トマトときゅうりが成長すれば、様になると思うのだが。

「元気だったかね?」背後から近づくヤツが居る。バケツを左手で持って、手酌でバシャバシャ散布し続ける。

「翔子さんを受け入れてくれて、母の立候補も後押ししてくれて、本当にありがとうございました」殊勝にも頭を下げているので、返答する。

「いえ、あなた方のトラップにまんまと掛かっただけですので・・」

「里子さんと幸乃の時も会食形式にする?」

どうしても耐えられなくなり、バケツをその場に置いたまま、イラつきながらその場を去った。

(つづく)


ヘイケボタル

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