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インタビュアーの限界があった〜アイナ・ジ・エンドさんと女王蜂・アヴちゃんの「本性が閉じる音がしない」対談を見て〜

この対談、最高です・・・同時に仕事の限界も見えました。「インタビュアーはインタビュアーを越えるべき」事実から、目を背けることはもうできない。

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「本性が閉じる音」がまったくしない対談

この対談は、アイナ・ジ・エンドさん(アイナさんでいいんですかね)とアヴちゃんさん(なんて呼べばいいんだ)が、お互い創作者としての自分を安心してさらけ出せている空気が画面上からでも伝わってくるんです。

これはインタビューのプロ、ライターのプロでは辿り着けない領域です。創作で生きている方は、「作品=自分」で生きている方も多いです。となると、インタビューで聴き手が「ちょっとわからないな」や「それはどうかと思う」といった受け入れない姿勢を空気レベルでも出した瞬間に「そうですよね〜」と本音を閉じることがあります。

アイナさんとアブちゃんさんの対談は、創作者が本音を、言ってしまえば「本性を閉じる音」がまったくしません。これは創作者同士の対談ならではのものです。

私は何度もやってしまったことがあります。「あ、閉じた音がした」と思えるくらい、はっきりわかります。本音、本性はすぐに閉じます。

ミュージシャンの方のインタビュアーの仕事をすることをこれからも許されるなら、この「創作者が本性をさらけ出す」領域に踏み込みたい・・・。

インタビュアーが「創作者が本性をさらけ出す」領域に踏み込む道はあるのか

「創作者が本性をさらけ出す」時間は、創作者との間にしか流れない。

そう考えると「この仕事も限界が見えてきたかな」と思ってしまうのですが、そうとしか思えないんですよね。この先もインタビュースキル、ライティングスキルを伸ばすだけで「創作者が本性をさらけ出す」領域に踏み込めるかと考えると、おそらく無理です。

創作者はスキルやテクニック、ノウハウの前に自分を解放することはないでしょうから。

となると、インタビュアーもインタビューやライティングの仕事を創作者レベルにまで高める必要があるでしょう。言ってしまえば、アーティスト側から「あのインタビュアーのインタビューの時間はもはや作品。あのひとと『話したい』です」と指名されるくらいです。

この「話したい」が重要だと思うのです。「聴いて欲しい」だと創作者とインタビュアーの関係のままです。「話したい」になったときだけ創作者と創作者の関係になり、「創作者が本性をさらけ出す」時間が流れます。

対談できるほどの人間を目指す

インタビュアーの仕事、ライターの仕事を作品レベルに高めることでも、不十分かもしれません。それだけで創作者が同じ創作者だと認めて、本性を曝け出す時間を一緒に過ごせるとは思えません。

となると、もうひとつの道に進みたくなります。それは「インタビューやライティングとは他の領域の仕事を作品レベルにまで高める」です。そして、聴く技術を伸ばすことを超えて、「対談に耐える人間になる道」を歩むのです。

これですね。「あの領域で一流のあのひとと話したい」と対談を指名していただいて、対談が終わったあとに「え、インタビュアーの仕事もされてたんですか?どうりで話しやすいわけですよ!」となるくらいがちょうどいいのでは。


「創作者が本性をさらけ出す」領域に踏み込みたいですね・・・私でいえば退職や死といった「終わりの専門家」として作品レベルのものを仕上げねばですね。

作品に出会うと感動して、でも「自分はまったく作品をつくれていない」ことに落ち込んで。忙しいですね。感動と絶望を行ったり来たりです。

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