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『叔父曰く』(超短編小説)


「お前さ、一度でも言ったことあるのか」
「何をですか?」
「自分の気持ちに決まってるだろう」
「気持ち?」
「愛してるよとか好きだよとか大切にしたいとか一緒にいたいとかだよ」
「そういうのは告白の時以来言ってないです」
「そうだろう。だからだよ」
「俺そういうの苦手で」
「何言ってんだ。そんなんじゃダメだよ。あのさ、言葉にしなきゃダメなの。わかるか。頭の中で思っているだけだと伝わらないの!」
「・・・」
「そんなんじゃ、彼女もそっけなくなっちゃうよ」
「・・・はい」
「たまにいるんだよ。何も言わなくても通じるとか、言葉にしたら軽くなるからやだとか、表情だけで会話できるくらい思い合ってるとか言うヤツが」
「ああ・・・」
「街でばったり意中の人に会いました。そこで目が合う。男は顔を赤くしてニコッとはにかむ。すると女も顔を赤くしてニコッとはにかむ。男が照れながらふふっとほほえむと、女もふふっとほほえむ。あれよあれよという間に二人はつきあい始めました。バカか。そんなファンタジーみたいなことないっつうの」
「ふふふっ」
「お前さ、笑ってる場合じゃないだろう」
「す、すみません」
「別にさ、毎日言う必要なんかないよ。だってさ、毎日言われると相手もありがたみってもんがなくなっちゃうしさ、第一そんなの言葉に重みがないだろう」
「はい」
「相手は不安なのよ。自分が大切に思われているか不安なんだ。だから、たまにでいいからさ、さりげなく言えばいいんだよ。さりげなくだ。わかるか?」
「さりげなくですか?」
「例えばだ。公園のベンチで2人で座っている。たわいのないことを話している。しばらくすれば話し疲れて沈黙する時間だって出てくる。そこでさらっと言うんだ。ああ、楽しい。こうしてずっと一緒に喋っていたいね。一緒にいるとなんだかホッとするなあ。これからもいっぱい話そうね。そんなふうに言う。すると向こうは目を輝かせてこう言うんだ。うん、楽しいよね!」
「・・・なるほど、具体的ですね」

   叔父にはいつも世話になっている。将来のこととか色恋のこととか本当にいろいろと相談にのってもらっている。今年還暦を迎える。

「夢中になれる人がいるって、すばらしいことなんだよ。勉強してる時間なんかより、遊んでいる時間なんかより、誰かに夢中になっている時間。これこそが一番尊いんだ。自分が生きてるって感じるんだよ」
「そうか・・・」
「だからな、彼女をもっと大切にしてやれよ。失ってから気づいても遅いんだぞ。な?」

   今日の叔父はいつもより饒舌であった。自分の体験談を話しているようにも聞こえて面白かった。ちなみに叔父は独身である。

読んでもらえるだけで幸せ。スキしてくれたらもっと幸せ。