『ななのテープ』(短編小説/ホラー)


   社会人になってからというもの寝付きが悪くなった。

   多分、強制的につながっている会社の人間関係が私の大きなストレスになっているのだと思う。上司や同僚や後輩には自分と合わない人が結構いるのだが、ある程度は彼ら彼女らに調子を合わせなくてはいけない。それが組織で働くということなのは理解している。

   布団に入ってから眠りにつくまで2時間以上かかることもある。翌朝8時には家を出なくてはならないので、さらにプレッシャーがかかって目が冴えてくる悪循環だ。

   人間関係の苦痛。毎朝同じ時間に同じ場所にいなくてはならない苦痛。私は、この2つだけで簡単に睡眠不足になれる。

   真っ暗闇でじっと体を動かさずにいると、考えなくてもいいことを考えてしまう。そんな状況を紛らわすために、私は一つの方法を試すことにした。スマホで音楽をかけて布団に入るという作戦だ。

   人が気持ち良く入眠するためには、心身の緊張を緩和するような静かで穏やかな曲が良いらしいが、自分の場合、そういう癒し系の音楽はかえって暗い思考を誘発してしまう。自分に合いそうな曲は、動画共有サイトで検索してもなかなか見つからなかった。

   「睡眠」「曲」「夜」といったワードで検索していると、ふとある動画が目に止まった。タイトルには「ななのテープ」と書いてある。再生回数はほとんどない。かなり古いVHSの映像がデータ化された動画のようだ。

   再生してみると、数十年前と思われる女の子の映像と音程の狂ったクラシック曲のようなものが流れてきた。寂しげなピアノと金切り声のような弦楽器の音色が混ざっていて居心地が悪かった。このまま聴いていると頭がおかしくなってしまいそうなので停止ボタンを押した。

   いろいろと検索しているうちに、子供の頃好きだったアニメの懐メロのピアノバージョンが 自分の睡眠にはベストではないかと思った。知っている曲だけに安心感がある。このまま再生ボタンを押せば、自動再生に設定してあるので、懐かしいメロディが入れ替わり立ち替わり流れ続けるだろう。これなら気持ち良く眠りにつくことができそうだ。

   心地よいメロディに包まれて、そのまま私は眠りについた。

   深夜2時頃だろうか。壊れたようなクラシック曲が耳に入ってきて目が覚めた。「あれ?この曲は・・・」と小さく呟いて、寝ぼけながらその曲を止めて、再度好きな懐メロに戻して目をつむった。

   深夜3時頃、その曲にふたたび起こされる。「あれ?またか」と思ってスマホを見みてると、自動再生はやはり「ななのテープ」になっていた。さすがに怖くなった私は、スマホの動画共有サイトを閉じて寝ることにした。無音の部屋は、時計の秒針の音、壁や天井がきしむ音などが聞こえるので苦手だが、あの動画に比べれば幾分かはマシだった。

   朝になった。全然寝た気がしなかった。私は結局、睡眠不足のまま出社することになった。

   会社の昼休み、一番仲のいい同期の北村とランチをしながら、昨晩の動画の話をした。

「昨日の夜さ、変な動画見つけてさ、あんまり眠れなかったんだよ」
「変な動画?エロいやつでも見たのか?」
「違うっつーの。クラシックっぽい曲が流れる古い映像だよ」
「それの何が変なんだ?」
「かなり古い小さな女の子の映像に、ピアノとバイオリンの混ざった居心地の悪い音色が流れるんだ」
「・・・へえ。村井がそういうの見るの珍しいな」
「しかも、動画共有サイトを自動再生に設定して寝ると、必ずその動画にたどり付いて、気持ち悪い音色で起こされるんだよ」
「たまたまじゃないの?」

   北村は半信半疑で私の話を聞いていた。

「だってさ、俺はアニメの懐メロ動画を聴きながら寝てたんだよ」
「その動画教えてよ、検索してみるから」
「えっと、確か・・・ななのテープだったかな」
「ななのテープね。オッケー。な・な・の・テープっと。で、検索ボタンを押してっと・・・・ん?」
「出てきたか?」
「っていうか、検索結果0件だぞ」
「んなわけない。スマホちょっと見せてみろ」
「あれ?ないな・・・」

   ななのテープは動画投稿サイトから消えていた。昨晩は確かにあった。この目ではっきり見たのだ。

「村井さー、夢とごっちゃになってるんじゃない?」
「いや、そんなはずはない・・・」
「そういえば、昔、呪いのビデオみたいな都市伝説が流行ったよなあ」
「うん、流行ってた」
「呪いのビデオを見たら最後、やばいことになるみたいな・・・」
「・・・おいおいっ、怖がらせるなよ」
「今どき、あんなの信じるヤツいないだろ」

   その日の夜も、私は懐メロを流しながら布団に入った。あの動画はもう消されたから自動再生でも流れることはないはずだと思いながら。寝不足だったせいかいつもより早く入眠した。

「k;:mwdqq、fl:。@sd~~」

   身の毛もよだつような音色で真夜中に目が覚める。スマホをのぞきこむと、あの動画になっていた。

「え?消えたはずじゃなかったのか・・・」

   気味が悪くて目が冴えてきた私は、音量を下げて、映像の方を見はじめた。

   広い庭で女の子が三輪車に乗っている。撮影者の方を振り向いてはニコニコ笑う。そんなシーンが20分ほど延々と続く。撮影しているのは父親のようだ。撮影は続いている。すると、急にカメラが地面に落ちる。カメラは真横になって芝生の上に転がったが、映像はそのまま続いている。すると、カメラに向かって女の子が三輪車で少しずつ近づいてくる。誰かが「来るなあ!」と叫んでいる。そこで動画は終わった。

「・・・なんだこれ?」


——— 数日後。

「北村君、村井君と連絡とれた?」
「何度も電話かけているんですけど、出ないんですよ」
「うーん、何かあったのかな?」
「おかしいですよね。村井は無断欠勤するようなタイプじゃないですし」
「村井君の家、知ってるの?」
「はい」
「じゃ、ちょっと村井君の様子を見に行ってきてもらうことはできる?」
「そうですね、自分も気になっていたんで、帰りにでも村井のアパートに寄ってみます」

ピンポーン。ピンポーン。

「おーい!村井〜」
「お〜い、いるんだろー」
「・・・・」

ドンドンドン!

「村井〜!大丈夫かー!? ん?鍵あいてるじゃん・・・」

ガチャ。

「なんだよ、村井いるじゃん」
「・・・」
「おい、どうしたんだ、村井。目が真っ赤になっているぞ」
「・・・・」
「村井、お前まさか全然寝てないのか?」
「・・・」
「ん?ひょっとして、その動画・・・」
「kwdqddd、fl:。@sddd〜!」
「ん、何? はっきり喋ってくれ」

「来るなあああああっ・・・・・来るなあああああっ」

(了)


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