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南米パタゴニア南部トレッキング EP.4 ~奇峰!セロ・トーレ!!編~

予定を大きく変更して敢行したフィッツ・ロイへのトレッキングからエル・チャルテンに戻ってきた私たちは、近くのスーパーで買い出しをして夕食の準備に取り掛かります。

この予定の柔軟さが、”バックパッカー的な旅”の最大の長所のひとつですね。

アルゼンチン牛は計り売りで100g当たり50円ほど、目の前でお兄さんがカットしてくれる”いきなり!ステーキ方式”です。今夜のメニューは、ここは予定通りにステーキとスパゲッティ。夕食後は今日撮った写真を見返したり、明日の準備を進めたりと充実感たっぷりの夜を過ごします。

興奮は醒めやりませんが、疲れもあるので早めに就寝し、明日からのセロ・トーレ山へのトレッキングに備えることにしました。

あしたから みえるといいな セロ・トーレ
ふくだ

『パタゴニアトレッキング EP.3 〜フィッツ・ロイ編〜』はこちらから↓↓↓


◇Ch.0 共有


『杉下にとっての愛ってなんだ。愛といっても、究極の愛。』

『…罪の共有。』

『共有?』

『うん。共犯じゃなくて、共有。誰にも知られずに、相手の罪を、自分が半分、引き受けること。誰にもっていうのはもちろん、相手にも。罪を引き受け、黙って身を引く。』

あたりは闇に包まれ、降りしきる雨粒がテントを叩くその向こうでは、増水した青白い川が大きな音を立て流れ続けています。

「待って撲殺されたの(チュートリアルの)徳井じゃん」

「榮倉奈々全然変わらなくね?」

「言うて2014年だからな」

1畳半ほどのスペースに寝袋を横並びにした大きな男ふたりが、暗闇のなか小さなスマホ画面を必死に共有しています。

ここはデアゴスティーニキャンプ場。パタゴニア のフィッツ・ロイ山系第2の名峰、セロ・トーレの山麓です。

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本日はオレンジ色のトレイル。目的地はLaguna Torreのすぐ近く、De Agostiniキャンプサイト


◇Ch.1 停滞


「いやー、やっぱりダメか。」

3時間ほどのトレイルを終え、南極ブナの林の中で築城(テント設営)を終えた私たちはさっそく、今は見えないその山のほうを見に、キャンプ場の少し先の岩場まで歩いて行きました。

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曇り空の下およそ3時間の山歩き。頭上を超高速で雲が流れている。

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天気は悪くても道は良いので気分は良い。

エル・チャルテンに到着して丸1日が経ちますが、私たちはその間まだ1度もセロ・トーレの尊顔を拝んでいません。朝から終始曇天続きだったトレイルから状況が急変するはずもなく、目の前に現れたのはガラガラと広がる岩場に校庭の水たまりのように茶色く濁った湖のみ。

トーレ湖に流れ込む氷河の先端はまるでその水を飲みに来た猛獣の舌端のようですが、肝心の頭部は分厚い雲に覆われ全く見えません。

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昨日からずっとこの調子

「ま、昼飯でも食って気長に待つべ。」

私は相方にそう声を掛けると、岩陰にプリムスのガスコンロを置いて湯を沸かし、日本から持ち込んだマルちゃん製麺の袋を2つ開封します。4分後、岩陰から立ち昇った湯気と匂いは、世界の果てに役所広司の面影を想起させました。

人が山に登る理由はその人の数だけありますが、私は山頂で(あるいは目的地で)ラーメンを作って食べることを1つ大きな動機としています。それほどまでに、山で食べるラーメンは美味なのです。

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見た目は良くはないが味は本物。(※写真は北海道・暑寒別岳山頂での昼食の様子)

「これが前回もあれば敗退してなかったかもな。」

「おう、かもな。」

私の高山病によりあえなく敗退した2016年のエベレスト街道トレッキングの思い出話に花を咲かせたり、榮倉奈々と賀来賢人の馴れ初めの話をしたりしながら岩場で数時間、雲の切れ間を待ちますが、天気は一向に回復しません。

午後になり気温も下がってきたため、私たちは「今日はもう(山は)出ない!」と決め付けると、ぬくぬくテントに潜り込んで本を読んだり、木の枝で懸垂したり、思い思いの過ごし方で風と氷の大地の午後を満喫したのでした。

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森の中の静かなキャンプサイト。各々がのんびりと過ごす。山の中で「何もしない」をしてみるのも、なかなか優雅な経験である。


◇Ch.2 憑依


「なぁえつし(筆者)、あれ見るへん?」

「いや、あれを見るのは夜の楽しみにしよう。」

米子市出身の相方に、旅のお供にと日本でダウンロードしてきたTBSドラマ『Nのために』(原作:湊かなえ)を見ようと誘われますが、私は”ドラマは夜”という事前に決めた謎のルールに従ってそれを断ります。

「そんなことより俺たちさ、箸持ってくるの忘れたじゃんか。俺今から箸作るわ。」

私はそう言って先ほどのラーメンでえらい苦労をさせられたただの2本の木の枝を投げ捨て、なるべく真っ直ぐな直径3センチほどの南極ブナの小枝を2本探すと、持参したナイフでそれを少しずつ削っていきました。

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マイ箸作成に夢中の筆者。完成した箸の出来栄えは本当に悪くなく、帰国後もしばらく実際に使用していた。

お腹が空いてふと我に帰ります。私の手元にあった2本の小枝は立派な1膳になりましたが、時計を見ると箸づくり開始から既に2時間半が経過し、周囲のテントはどこも夕食の準備を始めていました。

「よう飽きずにそこまでやるなぁ。さっきちょろっとセロ・トーレ見に行ってみたけどダメだったわ。パスタ作ってさっさと寝ようぜ。」

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晴れていれば見えるはずの山々の名称

箸職人が私に憑依している間、相方は他のトレッカーと交流したり、再度セロ・トーレを見に行ってみたりと精力的に動き回っていたようです。

私たちは迷子にならないように最新の注意を払いながら、キャンプ場から少し離れた沢まで水を汲みに行くと、現地調達のパスタと日本製のパスタソースを和えていただきました。

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我らが根城青空キッチン。ふた口ガスコンロと調理台付き。水栓は無し。

努力の甲斐あり、私のお箸はもはやお箸以外の何者にもなれないほど立派にお箸としての機能を果たしてくれます。

「いいなぁ。俺も明日作ろうかな。」

ひん曲がった太さの違う2本の枝を箸代わりに、指までひん曲げてパスタを食べる相方を横目に、私は2人分のコーヒーを淹れます。

「あったけー。」

飲んだらささっと後片付けをして、体が冷える前にテントに潜り込みました。


◇Ch.3 我慢


「これ三浦友和が良い味出してるよな。」

「続き見ようぜ。」

「待って、雨降ってきてない?外の靴中に入れてからにしよう。」

パタゴニア地方随一の奇峰、セロ・トーレを見るという旅の本懐は何処へやら、私たちは夢中になってドラマを見進めます。この日は結局、一気に3話も視聴してしまいました。

それにしても、雨まで降ってくるとは状況が良くありません。私たちは少しだけ、明日も止まなかったらどうしようとか、セロ・トーレ見れるかな、的な話をした後、ほとんど頭の中が『Nのために』でいっぱいなまま眠りにつきました。

視聴用リンク→『Nのために』【TBSオンデマンド】

原作本はこちら。

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忘れかけた現在地はこちら。→Googleマップ


ところが、朝になっても雨は止んでいませんでした。ペリト・モレノ氷河ツアーから長距離バス移動フィッツ・ロイへのトレッキングと、ここまで最高のコンディションが続いていましたが、パタゴニアの空はそう何日も微笑み続けてはくれません。

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昨日の出発前、気持ちの良いエル・チャルテンの朝。

しかし食料は3日分あり、日程的にも次の移動日までにはまだ余裕があります。私はひとり、「あと2日でも3日でもとことん付き合ってやる」と腹を括ると、朝食の粉が溶けきらなかったコーンスープを飲み干しました。


◇Ch.4 絶望


とはいえ降雨による水攻めで籠城させられている以上、することと言えば二度寝か読書か箸づくりくらいしかありません。

…本当にそれだけでしょうか。

私はさりげなく相方の様子を伺います。彼もどこかそわそわしています。

「…やるか。」

施行から24時間と経たずルールは破られ、『Nのために』第4話が始まりました。私たちはそのまま午前中いっぱいを、”究極の愛”とは何かについての考察に費やしたのでした。

昼飯が終わっても、まだ雨は降り続きます。ドイツから来たという隣のテントのお兄さんがついに撤収を開始しました。話を聞くと、彼は2泊したものの全く天気が回復する兆しがないことで心が折れ、雨の中を歩いて村へ戻るとのこと。

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昨日のトレッキングで立ち寄った展望台。昨日は時折晴れ間も見えていたが、今日は昨日以上に天候が悪い。彼はここをずぶ濡れで歩くことになるはずだ。

これを目撃した籠城中の我等が城に、早くも”降伏論”が沸き立ちます。

「もう無理じゃない?俺たちも帰ろうぜ。」

「大丈夫まだ希望はある。そもそもこんな雨の中カッパ着て歩くなんて絶対しんどいよ、せめて雨止むまでは待とう。」

「なら俺ワンチャンひとりで帰ろうかな…」

「いや待とう、後悔させないから。」

「うーん・・・」

パタゴニアの水攻めが、気が付けば本丸御殿の床下にまで浸水してきていたのでした。


◇Ch.5 風向


絶望の中なんとか相方は降伏を思いとどまり、しばらくするとついに雨が上がりました。これ以上テントの中にいても仕方がないので、私たちはアフタヌーンティー・セットを持って昨日の岩場に向かいます。柿ピーでコーヒーを飲みながら、延々と雲が晴れるのを待つ作戦です。一瞬の晴れ間も見逃しません。

パタゴニアの強風により、一度雲が走り出せば好天するまでに時間はかからないでしょう。と同時に、次の雲がやってくるのもすぐのはずです。

相方は箸を作り、私は石を投げたり腕立てをしたりでだいたい1時間が経った頃、ついにその時は訪れました。

デアゴスティーニ到着から待つこと27時間、これまで常に山の方から吹いていた風が突然、180度向きを変え山の方へと吹き始めたのです。みるみる雲は薄くなります。

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石の投げ過ぎで右肩に違和感を覚えるも、山は肩まで見えてきた。

「行こう。」

私たちは喜び勇んで靴紐を結ぶと、暖かい風に背中を押されながら、キャンプ場から10分ほどの所にあるトーレ湖畔のミラドールへと小走りで向かいました。


◇Ch.6 奇峰


ミラドールに着くと、空はみるみるうちに晴れ渡っていきます。本当に先程までの曇天が嘘のように、陽の光が射し青空が広がりました。

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ものの10分であの重たい雲が全て吹き飛ぶ。風の大地おそるべし。

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これがあの、夢にまで見たセロ・トーレです。南部パタゴニア氷原の分厚い氷を突き破ってそびえる鋭峰は、勢い余って空まで貫いてしまっています。

私はひと通り写真を撮り、最後にセルフタイマーを使って理想の画角での自撮りに挑みます。もしこれが成功すれば、一生使えるSNSのアイコンが手に入るでしょう。しかし結局、計4回ほど挑戦しますが納得のいく1枚は取れず、これ以上1人で岸辺を行ったり来たりするのが恥ずかしくなって諦めました。

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4回の自撮りの中のベストショット。見え隠れする羞恥心。

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流木に腰掛け絶景に酔いしれる人々。

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全景。私たちはミラドールでは基本的に自由行動。見たい場所、撮りたい場所がそれぞれあるので、お互いに干渉しすぎず各自の時間を楽しむスタイルを取っている。

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左からCo. Torre(3102m)、Ag. Egger(2900m)、Ag. Standhart(2800m)

カメラの望遠レンズを文字通り望遠鏡がわりに山頂付近を覗くと、1971年にマエストリが「ここまで到達した」という証拠として残置していったコンプレッサーまで確認することができます。

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ブーツ越しのトーレ、青い空と白い雲。

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左下を誰かのドローンが飛ぶ。

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氷水を泳いで氷山に乗り込む勇者。

そして開演から僅か40分、再び山から風が吹き下ろし始めました。その冷たさが山頂付近の気象条件の厳しさを感じさせます。

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背後から雲が湧き立つ。先程までの凪から一転、冷たい風で波が出てきた。
ついトーレ峰にばかり目が行きがちだが、左側のグランデ氷河アデラ山の大岩壁もなかなか見ものである。

雲を動かすのは風で、波を作るのも風であることは理屈の上では誰もが知っていることですが、私はそれをここまで実感するのは初めてでした。自分の人生がこの先何年続くかは分かりませんが、この約40分間の記憶は死ぬまで色褪せることはないでしょう。

私は相方に大口を叩いた手前、少しの安堵も交えながら、風と雲の演出による”セロ・トーレ劇場”の終幕を見届けると、エル・チャルテンでの最後の野望であるFitz RoyまたはCerro Torreの朝焼けに備えテントへと戻ったのでした。(EP.5に続く)

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【ライター情報】ふくだ
下の名前:えつし
Instagram:https://www.instagram.com/c.esshi/


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