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南米パタゴニア南部トレッキング EP.3 ~フィッツ・ロイ山トレッキング編~


バス車内での長い長い予習を終え、ようやくトレッキングのスタートです。目的地は”パタゴニアの象徴”であるフィッツ・ロイ山で一番人気のミラドール、トレス湖。私にとって、そして全世界のトレッカーにとって夢のような半日間が始まります。 

予習を復習したい方は『パタゴニアトレッキング EP.2 〜エル・チャルテン編〜』をどうぞ。↓ 


◇Ch.1 エル・チャルテンへようこそ


エル・カラファテを出発してからおよそ4時間、バスはエル・チャルテンに到着しました。村の入り口のビジターセンターで簡単な説明を受けた後、すぐそこのターミナルで降車します。

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チャルテン村はブエルタス川フィッツ・ロイ川のほとりに岩壁に囲まれる形で存在しており、フィッツ・ロイの形を模した「EL CHALTEN BIENVENIDOS(チャルテン村へようこそ)」の立て看板がトレッカーたちを出迎えてくれます。

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村は端から端まで30分程度で歩き切れる大きさなので、そのまま歩いてゲストハウスを目指しました。エル・チャルテンの印象を一言で表すなら、「住める」。今まで訪れたどの町村よりも印象深く、お気に入りの村です。

エル・カラファテをより素朴にした、そんな感じです。スーパーやアウトドア用品店もよりこぢんまりとしており、平屋のかわいいカフェなんかも点在していました。

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トレッキング帰りに撮影したエル・チャルテンの街並み。映画でデビッド・ラマが滞在していたトレーラーハウスはどこだ…?こんな楽しみが出来るのも、下調べをしてきたからこそです。(下調べの内容はココから)

ゲストハウスでチェックインを済ませると、私はふとこんなことを考えます。

「まだ昼過ぎだし時期的にも日は長い。今日は天気が良くて、バスの中からフィッツ・ロイは見えていたがより天候が不安定なセロ・トーレは見えなかった。明日の好天を願って予定通りセロ・トーレ側のキャンプサイトに向かうよりも、今日見えているフィッツ・ロイ側のトレイルを先に済ませ、明日以降は“セロ・トーレ待ち”の時間を長く取る方が良いのではないか…」

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フィッツ・ロイのミラドール(展望台)へのトレイル入り口

登山では刻一刻と変わる状況に応じて即断即決、正しい判断を下さねばなりません。旅もまた然りです。「どうせ後悔するならば、やらぬ後悔よりする後悔」。プロ野球の故・星野仙一監督がいつだかテレビで言っていた言葉にも後押しされ、私たちは予定を大きく変更してフィッツ・ロイへの日帰りトレッキングへと出発したのでした。


◇ch.2 フィッツ・ロイへの日帰りトレイル


村の北端にあるトレッキングコースへの門をくぐって潅木の繁る斜面を20分ほど登ると、視界が開けてブエルタス川の流れる雄大な谷を望みます。

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よく見るとパタゴニアらしさの詰まった良い眺め。当時は山容に圧倒されて正直そこまでの景色には見えなかった。

一番人気のミラドールであるトレス湖までは、距離にして片道約10km高低差750m4時間ほどの道のりです。ブエルタス谷から雄大な時間の流れを感じ取った後は、1時間ほどかけて丘を越えます。その丘を越えてしまえば後はほぼ平坦な道を2時間ちょっと、常にフィッツ・ロイを正面に見ながら歩く至高のトレッキングルートです。

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今日はのコースでLaguna de los Tresを目指す。

コースは本当によく整備されているので、キャンプをしない限り装備は簡単で大丈夫。道に迷うこともまずありません。サブザックにサンドイッチとスニッカーズ、水筒と上着を入れて担いだら十分です。

あとは首からカメラを提げるのも忘れずに。私は頂上でコーヒーを淹れるため、加えてガスコンロ一式もカバンに詰め込みました。

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南極ブナの木漏れ日のなか丘を登る

ただ、これまで何度も述べてきた通りここは「風の大地」。山頂付近に限らずトレッキングルート周辺も天候の変化が激しいので、雨具は必ず携帯しましょう。山で雨に濡れることは時に生命に関わります。サバイバルの観点からも、旅先で体調を崩す最悪の事態を避ける観点からも重要なことです。

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◇番外 刺激的な「追体験」を求めて


「Water, shelter, fire, food.」

これは、最近私が尊敬してやまないエドの言葉です。
…エド?

話は変わりますが、”お家時間”とやらが増えてから、私は「旅」ではなくて「大冒険」をオンライン(YouTube)で追体験するようになりました。いま追いかけているのは破天荒ナスDエド・スタフォード

この章では、いささか唐突ではありますが、私のおすすめ追体験メディアを紹介します。

エド…?という方も多いかもしれませんが、彼はディスカバリーチャンネルに登場するサバイバルのスペシャリストです。

元イギリス陸軍大尉で、世界で初めてアマゾン川を水源から河口まで踏破した男としてギネスにも認定されたエドは、番組内で世界各地の様々な秘境に出向き、装備ゼロ(本当に全裸)で何週間も生き抜きます。

そしてエドは、パタゴニアでのサバイバルにも挑戦していました。気候や植生のイメージがしやすくなりますので、皆さんももし興味があれば見てみてください。

【ガチサバイバル】期間限定公開|ザ・秘境生活 (フル) パタゴニア (ディスカバリーチャンネル)

そんな彼がパタゴニアの回でも口にする先程の言葉、「水、基地、火、食べ物」。実はこれ、サバイバルに必要な4大要素の優先順位の基本なのです。

トレッキングに絡めていうなら、雨具=shelterといったところでしょうか。

ここまでのエドのレクチャーを踏まえた上で、既にご存知の方も多いであろうナスDの無人島生活を見ると、このディレクターが破天荒なだけでなくかなりハイレベルなサバイバリストであることが分かるわけです。

詳細は『ナスDの大冒険YouTube版』を。「部族アース」など、他シリーズもぶっ飛んでいて面白い。

投稿の度に話が大きく逸れるようになってきましたが、この2つのチャンネルは、「オンラインで追体験」という旅ログのコンセプトに照らし合せた時、特に普通の旅に慣れきってしまっている人にとってはextremeで刺激的、非常におすすめです。


◇Ch.3 ポインセノットキャンプ場へ

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出発から1時間半、南極ブナの林を抜けると、村に到着して以来のあのお方と再会します。生で見ていても合成写真のように感じてしまう程、大地と蒼空、光と陰のコントラストが素晴らしく、ノコギリ状の山稜は何もかも切断できそうに見えました。

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地図でいうとコースの中程、Fitz Roy Viewpointからの展望

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加工・合成等一切しておりません。

私にとってここが憧憬の地であることを差し引いても、これから数時間の眺めはどこを切り取っても筆舌に尽し難く、ふわふわと夢見心地な歩行が続きました(南極ブナの落葉が生み出す腐葉土の上を歩くため、トレイルは物理的にもふわふわ)。

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くつろぐトレッカーたち。大きなザックを背負っていたから、今夜はどこかでキャンプなんだろう。

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トレイルを満喫する相方。彼はのちに、自前のカメラの画質が低く設定されていたことを心底悔やむことになる。

ダケカンバに似た甘い香りの漂う林に出たり入ったりを繰り返しているうちに、小道は大きなU字谷に出ます。谷底は一面ブナの森、その両脇から立ち上がる山々は、1/3を過ぎるともう岩と氷の塊です。

その山と谷のちょうどつなぎ目、風の届かない静かな森の中にポインセノットキャンプ場はありました。

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パノラマ写真をもってしても1枚に収まりきらない(ぜひ拡大してご覧ください)

ここから先は、標高差400mを1時間で詰める、ミラドールへの最後にして唯一の急登です。

私はここで、ちょっとした冷や汗をかくこととなります。


◇Ch. 4 南アンデスの天然水


某飲料メーカーの商品名をもじりましたが、実はパタゴニアを流れる沢の水、それとは比べ物にならないくらい美味しいのです。

日本では、我々一般人が沢の生水を安心して飲める場所などそうそうないので、私はこのパタゴニアの水を飲めることを密かに楽しみにしていました。

・・・「俺、パタゴニアの水飲んだことある」って帰国したら自慢しよう…
まぁ、この”自慢”が自慢として伝わる人間は日本にそう多くはいないのですが・・・

そうは言っても人の多い村の近くや、トレイルやキャンプ場の近くを流れる沢の水を飲むのは少々気が引けます。

私は地図を睨み、ここより上流にまず人間は立ち入らないであろう、という沢に目星をつけると、「ちょっとコースから外れるけどこっちで水を汲んでからトレス湖に行こう」と相方に言い、進行方向左手の森へと足を踏み入れました。

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コース中盤、湿地帯の木道をゆく。ここの水は飲めたとしても飲みたくはない。

適当な所で水を汲み、さっそく飲んでみます。硬い、柔らかい、飲みやすい、甘い…水の味を表現する言葉は様々ありますが、感想はとにかく「冷たくてうまい」。

パタゴニアの水のブランド力と圧倒的実力を前に、”南アンデスの天然水”などというつまらない冗談はあっという間にどこかへ流れ去りました。

持ってきた水筒をいっぱいにしたら、登山道に戻ります。先程は左手に逸れる形でここまで来たので、なんとなく右手方向に進めば戻れるはずです。

10分、20分、一向に登山道が現れません。当時まだエドに弟子入りをしていなかった私は焦りました。「晩夏のこの地でこの装備で野宿はかなりヤバイ…」。あたりには、4大要素のうちのwaterしかありません(waterならいくらでもありますが)。

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フィッツ・ロイ山群の山々の名称。水汲みの一部始終をおさめた写真は、迷子のパニックで1枚も残っていない。

だからやめようって言ったじゃん」。もともと登山道を離れることにあまり乗り気でなかった相方に割と本気で怒られ、返す言葉もなく必死にウロウロします。普段人が歩かない地面は登山道にも増してフワフワです。

フワフワな大地をウロウロすること30分、ついに相方が偶然にも小さな橋を見つけ、トレス湖への最後の急登へと取り掛かることが出来ました。

たまたま戻れたから良かったものの、やはり不用意にコース外に立ち入るのは危険ですね。私はおずおずと、相方の後ろをミラドールへ向け登って行ったのでした。


◇Ch.5 煙を吐く山


エル・カラファテを出発してからnoteの文量にして約9,000文字、パタゴニアからのささやかな洗礼を浴びつつも、私たちはようやく次の目的地であるトレス湖のミラドールに到着しました。

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Fitz RoyLaguna de los Tres。この旅で唯一の後悔は、人目を気にしてこの湖に飛び込まなかったこと。

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赤みを帯びた花崗岩の岸壁が眼前に迫る。

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雲は刻一刻と形を変え稜線上を彷徨う。まさに「煙を吐く山」。神々しくさえある。

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到着から20分後、煙突から出る煙のように山の裏側から雲が現れ始めた。じき山頂付近は雲に覆われてしまうだろう。

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”煙突”をバックに記念撮影。相方(左)とは大学の学生寮の”寮友”で、国内の山やヒマラヤでのトレッキングで苦楽を共にした戦友である。

本当の絶景というものはいつまで見ていても飽きないものですが、雲の動きやここまでの所要時間を考えると、そろそろ下山する必要があります。

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私は先ほど汲んだ水を沸かして淹れた至高のコーヒーでスニッカーズを流し込むと、照りつける太陽の下パステルカラーに輝く湖畔を後にしました。

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帰り道。この川を10km辿るとエル・チャルテンに着く。

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1時間ほど歩いて振り返ると、フィッツ・ロイは雲の中。これはこれでえも言われぬ迫力がある。

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胸いっぱいの充実感とは裏腹に、良い具合にお腹が空いてきました。今日の夕食はアルゼンチン牛の激安ステーキと、トマト缶のスパゲッティです。山を背にしてしばらく、夢から醒めた私はすぐ横を流れる沢に向かって叫びました。「あー、おなかすいた!」(EP.4へ続く)

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【ライター情報】ふくだ
北海道帯広市在住
Instagram:https://www.instagram.com/c.esshi/



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