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南米パタゴニア南部トレッキング EP.7 〜I'll SURVIVE the W Trek 編〜

「良く頑張った!」

漫画『岳』の主人公、島崎三歩(しまざきさんぽ)の口癖です。北アルプスで暮らす三歩は山岳救助の民間ボランティアで、世界中の山を渡り歩いてきた心優しき山のスペシャリストなのですが、山で遭難して助かった人、残念ながら助からなかった人、全ての人に対してこの言葉を贈ります。そして、最後にこう付け加えるのです。

「また山においでよ。」

ここはチリ共和国南部のアマルガ。三歩も訪れたであろうチリ側パタゴニアの象徴・パイネ国立公園の玄関口です。 

『岳』:石塚真一の傑作漫画。人と人との愛、山への愛、小さな愛がたくさん詰まった全18巻の物語は、涙なしでは読みきれない。第1話でいきなり、あのフィッツ・ロイが登場する。(2020年6月8日までKindle版がお試し無料。皆さんこの機会にぜひ。)


◇ みんなの山


小学生の時に親友に借りて初めて読んだこの漫画は、以来私のバイブル的な存在と言っても過言ではありません。過去のヒマラヤトレッキングやヨセミテ行き、このパタゴニア、そして次に狙うグランド・ティートンに至るまで、いつも私の目指す先には三歩の面影があります。

そんな三歩が人生初の遭難救助を経験したのは、海外のとある山行でのことでした。クレバス(氷河の割れ目)に落ちた遭難者を背負い、彼は丸2日歩き続けてふもとの村まで帰ってくるのですが、途中で背中の遭難者は亡くなってしまいます。

下山後、そんな極限状態の中、何を思って歩き続けていたのかを問われた三歩はこのように答えるのです。

「よかった。あの時(出発前夜)、これ以上食べられないってくらい山盛りのナポリタンを食べていて本当によかった。彼を背負って村まで下りて来られる力が残っていてよかった。歩いている時はそればっかり考えていたんだ。」

かたや私はどうでしょう。久々の白米と最上級のジャガイモに調子づいたは良いものの、これ以上食べられないってくらい山盛りのカレーライスは胃の中でどんどん膨れ上がり、挙げ句の果てには出発前夜にトイレにこもりきりとなってしまいました。

相方を「ふくだが行方不明になった」と心配させてしまう始末です。人命救助はおろか、ユニットバスに堕ちて二重遭難が発生してしまいました。食事は腹八分目、エネルギー補給は行動中にこまめに行いましょう。

ジャガイモ発祥の地で世界一うまいカレーライスを作る男たちのお話↓↓↓


◇ 聖地への第一歩


自らの胃腸の夜を徹しての消化活動により何とか助け出された私は、朝一のバスでプエルト・ナタレスを出発すると3月8日の午前9時半ごろ、パイネ国立公園行きのバスの終着地アマルガに到着しました。

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重たいザックを背負ったまま大行列に並び、入園料を払って簡単な講習を受ける。いわゆる"知床スタイル"。

ここで国立公園への入域手続きを終えると、シャトルバスに乗り込みいよいよ2泊3日のWトレイルのスタートです。前回、陸路の国境越えには何の感情も沸きませんでしたが、国立公園への入域はさすがに気持ちが昂ります。

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【パイネ国立公園での行程(改訂版)】
前回エル・チャルテンからのバス移動中に、Oサーキットの一部を味わうセロン往復をキャンセル。今日と明日の2日間でWコースの弾丸踏破を目指す。キャンプ地はセントラルとフランセス。

シャトルバスを降ろされた場所からまずは今夜のキャンプ地であるセントラルを目指すのですが、これが思いのほか遠い道のりです。それでも、山とホテルを眺めながら30分、気がつくとキャンプ場はすぐ目の前にありました。

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パイネ国立公園はロスグラシアレス国立公園とは違い、各拠点にホステルや山小屋(refugio)が整備されているため、より気軽に泊まりがけでのトレッキングを楽しむことが可能。写真はラス・トーレスにある豪華なホステル。

受付を済ませ、築城に最適な場所を探します。良い具合に木の陰で風を凌げる場所を見つけました。テント設営後、これからの予定を確認して準備を始めます。

※今後の予定
3月8日:トレス・デル・パイネへの往復トレッキング。セントラル泊。
3月9日:セントラル発、ロス・クエルノスに見守られながらフランセスへ移動。時間があればブリタニコ展望台まで往復。セントラル泊。
3月10日:前日行かなかった場合はブリタニコ展望台を経由して、パイネ・グランデへ。荷物をデポしてグレイ氷河のミラドールまで往復。W完成、帰還。

今日以外は行動予定が連日の10時間越えと、なかなかハードな3日間となりそうです。私たちはサブザックに必要最低限のものだけを詰めると、チリ側パタゴニア最初の目的地・Torres del Paineの展望台「Mirador base de las Torres」へ向け歩き始めました。

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今日は往復8時間


◇ 万物に感謝の祈りを


トレス・デル・パイネはその名の通り塔のように切り立った3つの峰が連なる、パイネ国立公園の代名詞とも言える山々です。長い年月をかけて氷河が花崗岩を削り取ることで形成されたパイネの塔の景観は、日本ではまず見ることのできないスケールの氷河地形でもあります。

歩き始めてしばらく、いきなりの急登に多少呼吸を乱して振り返ると、麓には氷河湖と荒野、これぞパタゴニアという眺めが広がっていました。

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行動開始から約1時間はなぜかいつもしんどい。自分大丈夫か?と不安になり始めたところで身体が温まり、快調な山歩きが始まる。

1時間で400メートルほど標高を上げると、そこから先は氷河期の面影を残す谷筋を進みます。南極ブナの森や谷底を流れる川、荒れたザレ場斜面などバリエーションに富んだ楽しいトレイルが続きますが、川の右岸、斜面の肩口から見えるはずのTorres del Paineは雲に隠れて見えていないようです。

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地質や植生は違えど、そのスケール感はどことなくヒマラヤを思い出す。

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国旗の後方の岩肌に注目。地層の境界がくっきり。トレスデルパイネはここからだと手前の斜面に隠れて見えない。

出発から1時間半、今日のコースの真ん中に位置する山小屋チレーノに到着しました。山小屋の横には購買や休憩室まであり、フィッツロイやセロトーレのトレイルと比べると圧倒的に設備が整っています。

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チレーノから先もトレイルの表情は変わらず、簡易的な木橋や吊り橋を何度も渡り、川のあっちとこっちを行ったり来たりが続きます。その中でも南極ブナの林に入ると、不思議なことに急に沢の音や風の音が聞こえなくなり、何とも言えない心地よさがありました。

Guarderia Torresを過ぎると、ミラドールへ向け最後の急登が始まりました。青空バックは望めそうにありませんが、ここまでずっと見えていなかったパイネの塔たちが少しずつ姿を現し始めています。もしかするとタイミングばっちりかも知れません。

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ゆったり登る方々も多く、人数もとても多い。パタゴニア有数の人気トレッキングコースなだけある。

はやる気持ちを抑えて一歩一歩、かつての氷河が遺した大小様々な岩と石からなるモレーンを越えると、ついにトレス・デル・パイネのミラドールへと辿り着きました。

モレーン:氷河の末端に堆積する砂礫、岩塊などのこと。イメージは踵で校庭に線を引いた時に踵の周りに溜まる削れた土(踵が氷河、溜まった土がモレーン)。

唐突な話にはなりますが、私は雨男です。中高部活の引退試合や国内での縦走登山など、大事な日の始まりはいつも太陽が雲に隠れています。ところが、私は”晴れ男を連れた”雨男です。大事な日の大事なところにはいつも、私よりも強い晴れ男が同行していて、しっかり結果を出してくれるのです。

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今日も同じでした。ミルキーグリーンの水を湛える湖を取り囲む岩峰の中でひときわ存在感を放つ3つの岩塔は、待っていましたとばかりにちょうど私たちが到着する間際にその姿を現したのです。

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左からデ・アゴスティーニ(2850m)、セントラル(2800m)、モンツィーノ(2700m)。

誰がスーパー晴れ男かは分からないので、私はその場に居合わせた人全員に感謝の祈りを捧げると、例によってコーヒータイムを設けてあわよくば青空を待ちます。

他力本願とはまさにこのこと。しかし、少しでも岩陰を出ると刺すように冷たい風が吹き付け、ついにはみぞれまで降ってきてしまいました。どうやら、今日は私の逆転勝ちのようです。

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寒さを除けば至高の時間

塔にも再び雲がかかり始め、これはこれで幻想的な風景が広がりますが、寒さも限界に差し掛かっています。私たちは山から吹き下ろす冷たい風に追い立てられるように、急ぎ足で湖畔を後にしました。

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赤みを帯びた花崗岩を妖気的に包み込む怪しげな雲

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花崗岩の岩肌と氷雪、湖面とガレ場…どこを切り取ってもコントラストが凄い。手前の黒い岩壁ははっきりと見えるのに対し、すぐ奥のモンツィーノ峰には靄がかかる。やはり向こうは別世界。


◇ コールドシャワー、浴びる?浴びない?


雲の切れ間に巡り会えた幸運とさすがのスペクタクルに、私たちは足取りも軽く来た道を戻ります。途中、山小屋へ荷物を運ぶ馬の隊列とエール交換をするなど楽しい下山となりました。

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彼らの役割は歩荷だが、トレッキングが役割の馬もいる。乗馬トレッキングツアーだ。

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そんな乗馬トレッキングツアーのアテンドも可能なのが、このホテル・ラス・トーレスです。パイネ国立公園最大級の大きさを誇るこのホテルは、我々のテントから少し離れたところにありました。

おしゃれなロビーを抜けて少しだけ客室をのぞいて見ると、なんとも煌びやかな空間が広がっています。私はここで正直に、こう思ってしまったのです。

「次来るときは彼女なり家族なりと一緒に、ここに泊まってのんびりゆとりあるトレッキングがしたいな…」

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暖かい客室に温かいシャワー、温かい食事…

今思えば、これが全ての始まりだったのかも知れません。私の心に甘い考えがよぎったこの翌日から、パタゴニアは私に牙を剥きました。

牙を剝くと言っても、ピューマのように襲いかかって肉を引きちぎられるわけではありません。コブラの神経毒のようにじわりじわりと、心と身体を内側から破壊されてしまうのです。

そんなことになるとはつゆ知らず、拠点に戻った私たちは水道もシャワー(冷水)も、テーブルも椅子もある超快適なキャンプサイトをフル活用して食事をすませると、明日からの長旅に備えてふかふかシュラフへと潜り込んだのでした。(続く)

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我々のテントだって快適性は全然負けていない

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ライター:ふくだ
Instagram:https://www.instagram.com/c.esshi/
★バックナンバー『南米パタゴニア南部トレッキング』
EP.1 〜ペリト・モレノ氷河編〜
EP.2 ~エル・チャルテン編~
EP.3 ~フィッツ・ロイ山トレッキング編~
EP.4 ~奇峰!セロ・トーレ!!編~
EP.5 〜虹の大地と肉の大地?編〜
EP.6 〜陸路越境!南米大陸!!編〜

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