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教え子との偶然の再会

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こんにちは、旅人先生Xです。

今日は「教え子との偶然の再会」について感じたことを書いていきたいと思います。

ぜひ、目を通していってみてください!


目次は、以下の通りです。


駅を歩いている時に…

先日、何気なく歩いていて、人とすれ違った瞬間に「あれ?」っと思って、振り向きました。

なんと、相手も振り向いていました。

その相手は10年近く前の教え子だったのです。

何だか、新海誠さんの映画のラストシーンみたいな状況でした。

びっくりです。

すっかり大人になっていましたが、10年近く経ってもこうしてお互いに気付けるのは嬉しいものです。


人の波から少し外れて、少しだけ話をしました。

元気に過ごしていることが分かり、何よりです。

歳を重ねたからなのか、元気に過ごしてくれていることは本当に嬉しいですね。


時間的に長話はできませんでしたが、あれからやってみたことや今、していることなどを聞いて別れました。

教え子が頑張っているのを聞くと「私も負けていられないな!」とやる気が出てくることを改めて感じました。

また会った時に話題提供できるくらいには、私も行動していきたいと思っています。



再会した後に感じたこと

教え子との再会後に1人歩いていたら、懐かしさと共に、「当時の自分が今の自分をみたら、熱意が足りねぇぞ」って言ってきそうな気がしました。

別に熱意がなくなったわけじゃないんですが、自分でも「がむしゃらさ」というか「表出しているアツさ」は確かに表現しなくなってきたように思います。


それに伴って、言動や行動も変化していますから、一見、アツさが失われたようにも感じられそうです。

そしてそれは、今の自分がちょっと気にしている部分でもあります。

なんか意図的に行動や言動をコントロールしていたら、違和感みたいなのが生まれてきた感じです。

本当はこうしたいとかこういうことを伝えたいって思いがあるんですが、「相手のことを考えるとどうかなぁ…」とか「ここはこうしておいた方がきっと良いだろう」とか考えちゃってる自分がいるんですよね。

そういうこと考えるのはおこがましいことではあるのですが、私のこうしてあげたいより、「子どものこうしたい」をもっと大切にしてあげたいなと思っています。


「子どものこうしたい」をもっと大切にするためには、相手のしたいを聞いたり実現したりする以外のことも必要なのかなと最近は感じることがあります。

そのため、こちらからアプローチをしたり、違う価値観について考えるきっかけを作ったり投げかけてみたりすることも大切ではないかと思っています。

振り返ってみると最近の自分はこちらからのアプローチや投げかけるといった機会が少なくなりすぎていたかもしれません。


あの時、教え子とすれ違って再会できたおかげで、仕事をする上でとても大切なことについて、考え直すことができました。

いつも良いタイミングで、こういう機会をもらえるのは本当に運がいいです。

せっかくのチャンスなので、自分の行動を調整しながら、子どもたちとの関わっていきたいと思います!



今回は以上になります。

最後までお読みいただきありがとうございます😊

ではまた、次の記事でお会いしましょう。

みなさま、皆様、良い一日をお過ごしください。


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