渡里拓也

ピアニスト。 目にはさやかに見えねども すべてのことはメッセージ https://newepochpiano.wixsite.com/home

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    最近の記事

    偶然と必然の間からみえる、冷静と情熱の間。

    ひょんなことで、ジョン・ケージ(John Cage、1912-1992)の合奏作品の演奏に参加することになった。 パートが4つあるのに出演者は2人。 人手不足が深刻(50%も不足 笑)ということでお呼びいただいたが、主演の方々には感謝してもしきれないくらい多くの音楽的気づきを得ることとなった。 作品は「Living Room Music(リビングの音楽)」から第3曲「Melody(メロディ)」。 ホールでの演奏よりも、自宅のリビングで合奏練習している状況のほうが作品の意図に

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      • 僕が音楽を「書く」理由

        『関西音楽新聞』2022年3月号では、担当記事がちょうど二つ並んだ。 どちらも、結果的に演奏者の人となりを紹介するような切り口となった。 人となりで思い出すのは、ずいぶん前、薬剤師の人に取材したときのこと。 創業ストーリーを伺う場で、自己紹介がてらピアノの話題から始めた。 その人は「私はてんで音楽のことわからないんで、すごく意味不明ですごく憧れます」とおっしゃった。 思わず「個人の情熱の発露だから、ほかの人には意味不明なことも多いですね」と相槌を打ったら、 「そっか!そうな

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        • ジャズピアノとクラシックピアノの指先の使い分けをめぐる、初歩的試論(相変わらず覚書)

          先日、デオダ・ド・セヴラック(1872-1921、仏)作品を弾いた。 演奏曲は『日向で水浴する女たち』。 参考音源(ピアノ演奏:A. チッコリーニ) https://www.youtube.com/watch?v=OeFsfR1X778 セヴラックは、ラヴェルやフォーレやドビュッシーといった当時を時めく作曲家、ピカソ、ルドン、ブラックといったアヴァンギャルドや退廃志向の画家たちと交友を盛んにしたが、セヴラックにとっては故郷南仏ラングドックの素朴な農村風景こそが創作の起点だっ

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          • 蓄音茶屋にて 〈序〉

            ぼくには行きつけの場所がある。 山あいの駅を降りてしばらく歩くと、紫色の小高い丘の上に、一軒の庵がある。 庵には、マスターが一人。 ハンガリーの作曲家、バルトーク・ベラの魅力を僕に初めて教えてくれた人だ。 ぼくよりずっと年上だとは思うが少年のようにも見えるその人は、電気のいらない音再生装置をいくつか、時代をこえて守ってきた。 いや、あるいは未来の機械かもしれない。 人間が再び本当に音楽をたのしむようになる未来から、わざわざ運んできた、ような気もする。 マスターはその機械を

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            • ピアノでのフレージング練習方法(覚書)

              左手のピアニストの胸を借りて。 左手の効用。 もはやそのように言ってもいいかもしれない。 右手では長年どうしても表現できなかったフレーズが、左手で弾くと途端に〈歌〉になって、どんなに小さなフレーズからもあっさりと〈歌〉が出てくるのは、驚きですらある。 右手では堅い音になりがちなffや高音部ですら、左手で弾くと、瞬間的に明朗なサウンドになる。 FAZIOLIか?と思うくらいYAMAHAが響きまくる。 某日、左手のピアニスト智内威雄さんが「左手だけで弾いたとき、それまで全然自

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              • 伝わる 響き合う

                冒頭写真は、上杉真由バレエスタジオHPより拝借。 「伝える」こと……奏でること、書くこと、描くこと、などを日々の生業としているけれど、やはり嬉しいのは「伝わる」こと。 完全に同じ物事や、瓜二つな感覚を共有できる相手なんて多分居ない。けれども、それぞれに感じていることの気配を共有できる瞬間って、やっぱりあるんだなと思う。 そして、それぞれに新たな地平が見える瞬間も。 伝えて下さったことを、どれぐらい僕が受け取れて、伝え返せたかわからないけれど、この一連の感覚が響き合うっ

                • 6年前と、今と、6年後

                  別に「6」という数字にこだわりがあるわけではなく、ふと思い出して久々に昔の寄稿文を開けてみたら、ほぼちょうど6年前だったのだ。 ●ネットTAM(TOYOTA ART MANAGEMENT)リレーコラム 第123回 「間(ま)に思う」 https://www.nettam.jp/column/123/?utm_source=internal&utm_medium=website&utm_campaign=author 何を綴ったか完全に忘れていたけれど、書いていたときの感覚

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                  • 追悼 イェルク・デムス氏 (2)

                    (前記事「追悼 イェルク・デムス氏 (1)」 https://note.com/t_watapy/n/n560a9e98daf6 ) 翌2016年にも、同じ会場でイェルク・デムス氏の生演奏を聴くことできた。 この時はどこにも記事掲載されなかったが、自分自身の感動の記録のためにしたためておいたのが出てきた。 新聞とは違って紙面に制約がないぶん、徒然なるままにといった趣の文体で。 * イェルク・デムス リサイタル 2016年4月29日(金) 19時開演 於/芦屋 山村サロン

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                    • 追悼 イェルク・デムス氏 (1)

                      イェルク・デームス(Jörg Demus, 1928年12月2日 - 2019年4月16日)は、 オーストリアのピアニスト。日本では、パウル・バドゥラ=スコダとフリードリヒ・グルダとともに「ウィーン三羽烏」と呼ばれる。ザンクト・ ペルテン出身。(Wikipediaより。冒頭写真も) 今日12月2日は、クラシックピアノ界のレジェンドが生まれた日である。 昨年春の訃報には、正直ショックを受けた。 演奏の気魄、デムス氏本人が放つ矍鑠(かくしゃく)たる生命力からは、とても逝去の気配

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                      • 声色と白だし

                        私淑する声楽家にお逢いする機会があった。 一見、やや神秘的だがとても気さくな雰囲気をまとったその人は、オールマイティな声の持ち主だ。 クラシック音楽の中にはたくさんのジャンルがあるが、この人はバロックはもちろん、オペラ、ドイツリート、日本歌曲、現代音楽の作曲家の新作発表など、手がけてきた仕事の幅はきわめて広い。 去年なんかは、子ども心たっぷりに「ぱぷり〜ぃか♪」と歌っていたというから、荘厳なキャリアの持ち主と仰いでいた僕は、拍子抜けして笑ってしまった。 どのジャンルに

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                        • 「作品1」

                          最初の作品番号「1」をつける。 何かを創る人にとって、「私がつくりました」と打って出る覚悟をきめたという決意表明を意味することもある。 もちろん、それほど自分の作品を整理していくことに興味のないクリエイターもいるだろうし、のちにファンや研究家が「これがこの人の最初の作品と推察される」と整理していくこともある。 J.S.バッハはキリスト教会所属の音楽家だったから、自分がつくったという感覚は希薄でバッハ作品番号は後世のものだし、ドメニコ・スカルラッティに至っては複数の学者に

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