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ジャズピアノとクラシックピアノの指先の使い分けをめぐる、初歩的試論(相変わらず覚書)

先日、デオダ・ド・セヴラック(1872-1921、仏)作品を弾いた。
演奏曲は『日向で水浴する女たち』。
参考音源(ピアノ演奏:A. チッコリーニ) https://www.youtube.com/watch?v=OeFsfR1X778

セヴラックは、ラヴェルやフォーレやドビュッシーといった当時を時めく作曲家、ピカソ、ルドン、ブラックといったアヴァンギャルドや退廃志向の画家たちと交友を盛んにしたが、セヴラックにとっては故郷南仏ラングドックの素朴な農村風景こそが創作の起点だった。
ドビュッシーはセヴラック作品について「素晴らしい大地の香りがする」と評価している。まどろっこしく皮肉な形容を好むドビュッシーにしては意外なくらい風通しのよい評をセヴラックに呈しているが、パリジャンにとっても新鮮で懐かしい地中海の温かさを感じていたのかもしれない。

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セヴラック本人も「田舎の作曲家セヴラック」と自称し、また呼称されることを好んだ。自分はラングドックの作曲家だという矜持もあったことだろう。農村の陽光を思わせる明るさや素朴な情感に満ちた作品を数多く残している。スペインの貴族に連なる旧家に生まれたこともあって、音の端々に18世紀の装飾豊かな鍵盤音楽の空気感が見え隠れするのも、この作曲家の面白いところだ。
『日向で水浴する女たち』においても、ベル・エポックの光彩表現と、ラングドックの伝統性が交叉し、それらがちょうどよい均衡と質感で立ちのぼる。

今回のセヴラック上演にむけての練習には、昨年10月に本ブログに挙げたように、左手のピアニスト智内威雄氏の「左手で弾くと見えてくるものがある」という言葉をヒントにして、左手だけで終始弾いてみる練習から始めた。加えて、長年続けてきているコルトーによる親指の柔軟のための練習と、素早い連打の練習。これら計3つをかけあわせて、ppのタッチであらゆる音量や速度に対応できるようにすることを重点においた。

チッコリーニの弾く、輪郭のはっきりした明朗なタッチに憧れて、目指すはチッコリーニ!というスローガンを打ち立て、毎日のように聴いた(まねるというよりは、まねぶスタンスで。あれは到底まねできない)。

そうするうちに、音粒がだんだんクリアになってきた。
折しも、本番2週間前に会場下見に行った時にチェンバロが置いてあったので、許可をもらって触ってみた。チェンバロに触れるのは初めて、もちろん習ったこともないが、チッコリーニに範をとった指のタッチはあながち外れではないと感じた。

当日は、初披露曲かつ暗譜かつ久々の人前ということで、予想以上に心拍数があがっていたようで、録画を見直してスピードが恐ろしく速く、速すぎてもつれてしまった……。
弾きこぼしの原因を事後に知るなんて素人じみているが、それでも一応の形になったのは上記練習を半年間行ったからだと思う。もちろん、次回演奏時には心拍数を認識しながらゆったりめに演奏したい。

今からが試論だが、こうやって整えた指先でとらえる低音は、ジャズピアニストが奏でる跳躍力のあるベース音に近いような気がする。ジャズの人がどのように日々練習しているか知らないけれども、ダウンビートとアップビート両方に対応できる指先になるような手応えがある。
指先のとおりをよくすることで、随分弾きやすくなることは、これまでも理解していたし、子どもや大人に教えるときにも多用してきたことではあるが、汎用できる可能性に改めて気づいた次第。
CD音源がよくてもスピーカーがよくなかったら音質が落ちるのと似て、アクセントの運びを熟知していても、指先や腕づかいが邪魔していることが結構ありそうだ。
ジャズピアニストが弾くクラシックピアノはめちゃくちゃ鮮烈で、むしろクラシックの醍醐味を感じさせてくれることが多いが、やはり外声のアーチが強靭だからだろう。
クラシッカーにありがちな、上声部の重量を支えきれずに裂け砕けそうな細い低音や、吐息まじりに拡散してしまうようなソプラノ声部では、なかなか空間を満たすことは難しい。
自分自身も何らかの形でジャズピアノや弦ベースを研究していくことで、ジャズからクラシックに還元できるものも多いかもしれない。少なくともバロック音楽はビート音楽だし、オランダバッハ協会の佐藤俊介さんのヴァイオリンはもはやロマだ。それくらいロココからバルバロまでの懐の広さが西洋音楽にあるのなら、遠慮なくビート感を追究していこう。

ビートのほかには、コード表記に対する和音の掴み方のバリエーション、インプロの右手パッセージ、セッションでの音数バランス……どれもこれも開発途上だが、いろいろな音楽や身体使いが共通の地下茎で繋がっている想像をしながら、複数の入り口から鍵盤演奏の可能性を掘り進めていきたい。


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