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偶然と必然の間からみえる、冷静と情熱の間。

ひょんなことで、ジョン・ケージ(John Cage、1912-1992)の合奏作品の演奏に参加することになった。
パートが4つあるのに出演者は2人。
人手不足が深刻(50%も不足 笑)ということでお呼びいただいたが、主演の方々には感謝してもしきれないくらい多くの音楽的気づきを得ることとなった。

作品は「Living Room Music(リビングの音楽)」から第3曲「Melody(メロディ)」。
ホールでの演奏よりも、自宅のリビングで合奏練習している状況のほうが作品の意図に叶うのかもしれないが、要はくつろいだ雰囲気の中で本気だしちゃってくださいということなのだろう。
実際、楽器は任意の何かでOK。
場所も発音物の状態も問わないので、今どきのZOOM合奏にも気軽にバッチリ対応。
演奏の一例:https://www.youtube.com/watch?v=eKLNRAvFQn4

楽曲構成はリズムパートが3つと、珍妙な音律を奏でる旋律楽器が1パート。
最初の難関は、4/4拍子小節にべったりと入る5連符だ。

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1/4と1/5の最小公倍数1/20をどう処理するの?とマニアックな問題にぶち当たり、誰しもがまずは数直線を発想する。
けれど、なかなか感覚的に割り切れるポイントを見出せない。計数的に考えることをしばらく試すが、遂に放棄して、感覚的なグルーヴで処理するという代案を必然的に余儀無くされる。
しかし、この必然性こそが「偶然性の音楽の作曲家 ジョン・ケージ」の手腕だとは、初めのうちは気づかなかった。

楽譜を皆で読み進めていくうちに、強弱の指示がリズムパートにはあるが、旋律楽器のほうにはないことに気づく。
ということは、リズムパートが「メロディ」で、旋律パートは伴奏?! なるほど、常識を疑えってやつね、2つめのトリック来ましたねという具合に、そのあたりから一気に惹き込まれ始めた。

次第に、「5連符こそが、タイトルにある"Melody"じゃね?」という着想も、皆に共有され始める。
もちろん解は一つとは限らないので、それを唯一の解とするのは慎重に避けておくべきだとは思うが、着想としては示唆深い。

各パートの5連符を、ややルバート気味・espressivoに主張したらいいかも!ということで、それも試していく。
もちろんパート間で拍頭が合致するところは随所にあるので、その合致ポイントではきっちり息を合わせるが、それ以外は個々人のグルーヴ優先。

手にもつ発音物(楽器でないものも含む)が茶碗だったり仏具だったりするとアジア的なサウンドに偏るだろう。
だが、それがある種プリミティヴで非文明社会のものに聴こえたら、この作品の意図は半減しているのかもしれない。
そもそも、ケージにとっての非文明や辺境は、あくまで“ ”(二重鉤括弧)つきのものだったはずだ。
ケージは形而上学に偏った西洋音楽への警鐘として、一見偶然性に見える、実際にはより大きな必然性に音楽の故郷を求めていた。
数理的に洗練された記譜に、自然や原始的ファジーさを演出するのであって、ファジーさそのものの薄っぺらな余興に陥って、そこで終わり……ではいけない。

それでいて、偶然性重視の作曲家なので、楽譜にかじりついてたら作曲家に笑われるよなと、この作曲家の出発点に、ここで立ち還ることとなる。

5連符が入っているのは、やはりこの作品のキモだろう。
計数分析的な冷静を保ちながら、でもその処理を実際にはしきれずに、グルーヴという情熱でもって音楽を構築する。
ある意味、これってケージのやさしさなのかも、とも思えてくる。
冷静と情熱のあいだを実現しやすくしてくれている、というやさしさ。

仮に4拍子に乗っかった6連符だったら、割と簡単に割り切れてしまって、それ以上の深堀りはなかったはずだ。
4拍子上に5連符という、手の届きそうで届かない(もしかしたらあっさり届く人もいるかもしれないが ←というか、早速に某著名ピアニストから、5/4=1.25で割り切れるとのご指摘賜りました。演奏上でも割り切れるように精進いたします)時間性を持ち込むことで、一旦は奏者に頭で考えさせて、でも音楽の本質である割り切れないパトス*を持ち込み、最終的には冷静と情熱のバランスを取った理想的な「音楽の姿」の希求を計画した、一種の装置なのではないだろうか。

*こちらは、ポトス。

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そう思うと「Melody」という題は、「Melodyとは何か」というより大きな音楽的命題として輝きを増してくるのだ。

深い。

と、ここまで俯瞰的に作曲家の脳内探索をしても、でも結局本番の時間がくると、舞台の上では知識や考察を捨て去って、丸はだかの実践が待っている。
要はブルース・リーの境地に分け入るのだ。

「Don't think! Feel.(考えるな!感じろ。)」

すべてはケージの思うツボ、でも、音楽って本来そうだよねという納得のほうが大きく、ひとまずの着地点で腰を下ろすことができた。
なかなか座り心地のいいソファだ。
リビングだけに。

(楽譜画像はいずれもEDITION PETERS No. 6786より)


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