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稀有な時間

すさまじく濃く満足な演奏会だった。
https://phoenixhall.jp/performance/2023/02/07/16203/

ベートーヴェン、リスト、ブーレーズ各氏の肝煎りのピアノソナタ作品を一人で弾ききる、客席にとっては聴ききる、息つく隙の少ない2時間。

これほどスケール感の大きいテーマコンサートだと、ともすれば史実を紹介する展示会の域に留まったり、コンセプトだけが目について「まぁ、観点はおもしろいですね」という事後感が残ったりしがちだ。
しかし、今宵の演奏会は違った。実に肉感のある時間。
音楽の時間だった。
それはひとえに、ピアニスト法貴彩子さんの実力である。

ベートーヴェン作品やリスト作品のもつ粘りある音圧や音楽作品自体の存在圧は、ひとフレーズごとに着実に強化され蓄積していった。次に、ソナタ形式の解体を企てたブーレーズが、それら二百年分の地層を一挙にプレスし、この上ないくらいに時空間の密度を高めた。
赤色巨星からの赤色超巨星が吹き飛び、硬質な中性子星だけとなってゴリゴリと白い磁気を放ちまくっている、という感じの余韻。

アンコール演奏なんていう野暮な要求はするまいと思っていたら、ピアニストもそれは心得ていて、マイクを持ち「ソナタを解体しきったあとなので、本日はアンコールはありません」とのこと。

すべて聴き終えてから少し頭を冷やしていると、あ! 第1楽章がベートーヴェン、第2楽章リスト、第3楽章ブーレーズという一夜丸ごとソナタ形式なる構成だったのかもと気づく。

誰しもが走りきれるプログラムではないのに、猛然たる演奏を終えた安堵のピアニストは、一児の母に戻っていた。
とても家庭的な場面に、遠巻きに微笑ましかった。


手がけさせていただいたチラシやプログラムの、表紙の配色が会場の絨毯と完全一致という奇跡も含め、稀有な一日だった。

前日に「配色を会場に合わせてくださったんですね!」と連絡がきて「え?なんのこと…」と返事。当日、その意味がわかった

ちなみに、色合いのイメージは、左側から
・紅…魅力かつ呪縛
・青…聖なる、規範
・緑…青に黄のエッセンスを追加
・白…青も緑も分解漂白

要は
ベートーヴェンが青で、
黄色を追加して緑になったのがリストで、
白紙解体したのがブーレーズ。
白とはいえ一応真っ白ではなく、ソナタ形式を僅かに残しつつということなので、CMY各5%程度の白にしておいた。

結果的に会場の一部分と一致したのは、偶然のような必然のような、印象深いことになった。

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