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ぼくたちの哲学教室

vol.139

試験の科目でもない「哲学」を教える小学校

舞台は北アイランドのベルファストついこの間、ケネス・ブラナーが幼少期に経験したベルファストでの生活をリアルに描いた「ベルファスト」という作品も記憶に新しいことだろう。

ベルファストでは1969年から紛争によるプロテスタントとカトリックの対立が長く続いていて、1999年に和平合意がなされ、現在は停戦状態になっている。それから激しい戦闘は起こっていないが、現在でも平和の壁と称される分離壁が存在している。

そんな中、アードイン地区のカトリック系ホーリークロス男子小学校では主要科目に「哲学」が置かれている。試験に出る科目ではないのだが、紛争があったこの地域で、憎しみの連鎖に歯止めをかけることを目的としているのだろう。

「他人に怒りをぶつけて良いか」

シーンの中でこの問いに対してざっくばらんに生徒たちが意見を交わす。

「何かされたら殴っても良い」「されなかったらぶつけるべきではない」

授業では生徒たちはいたって真面目に意見を交わし、それぞれの意見を聞いて受け入れているように思える。でも一部の生徒間では休み時間に…。

生徒たちが校庭で遊んでいる際に、ひょんなきっかけから生徒同士で殴り合いの喧嘩になる瞬間をカメラが捉えていた。

勉強しているので暴力が悪いということは頭ではわかっているはずなのだろうが、感情と身体がつい、頭の制御を外れてしまい、暴力に走ってしまう。

この学校ではそういう事実が見つかり次第、先生に呼び出され、思索の壁というところで居残りワークをする。

何が原因でどうしてそんなことをしてしまったのか、先生が向き合い、生徒のわだかまりを解くほぐしていく。

結局のところその繰り返し。
喧嘩を起こした子供たちはのちに再び同じような喧嘩を起こしてしまう。

その度に部屋に呼ばれ、ワークをする。

ホーリークロス男子小学校 マカリーヴィー校長は

ケンカをした子どもの体内って、ストレスホルモンと言われる「コルチゾール」など化学物資が体内から出て、汗は出るわ、涙は出るわ、心臓もバクバクして怒りがどんどん増しているんです。そうなった時に落ち着くためにも「思索の壁」に向かわせて、そこでいろんなことを語りかけます。
「友達とはなにか」「相手に敬意を払うとは、どういうことか」。最終的に「どうしてそういう行動をしてしまったのか」を考えたときに「相手に悪いことをしてしまった」と自分で気づいて欲しいんです。さらに、「次に前進するために何をしたらいいのか」というところまで考えてほしいと思っています。

とにかく実生活の中での出来事での経験が1番の財産になるはずである。もちろん、ソクラテスだとか、なんだとか哲学者の名前と言葉を覚えることも大事なのかもしれないが、実生活の中で、先生がよりそい、一緒に解決していく、身体につけていくことは正直この頃にしかできないことなのだろう。

親たちの憎悪を引き継ぐな

ベルファストという地域に住んでいることから、子供達の親はまさに紛争の真っ只中に青春を迎えた世代であるといえよう。

リーヴィー校長も、かつては暴力によって大切な人を守ってきたという背景がある。強い男であることは、労働者階級のベルファストで生き残るための一つの方法であった。時を経て、彼は激動の過去に対する恥の意識と自責の念を抱きながら毎日を過ごしている。その思いが、彼の哲学への熱意の原動力となっている。

しかし、そういった世代の親が子供に伝えることは何かといえば

「やられたらやり返せ」

実際に子供が親にこう言われたというシーンもある。

戦闘によって身内や友達が殺されたという経験をした親も少なくない、そういう人たちにとっては憎しみが消えることはない。しかし、それを子供に引き継ぐ必要があるのかと言えば、ない。憎しみの連鎖はここで断ち切らないといけない。

ベルファストという作品では9歳の主人公の目線で物語が進んでいく。憎しみも戦争をする意味も全くわからないのだ。そこに親から植え付けられていくそこの子にとっては根拠のない憎悪。


自分の感情をコントロールしよう


コーピングという言葉がある

アメリカの心理学者リチャード・ラザルスによって提唱され「ストレス要因の解決」および「負担の軽減」を目的とする行動を指す。

人それぞれ、何かをきっかけに感情が揺さぶられ、それによって自分自身の行動を自分ではどうにも制御できなくなってしまうことがあるかもしれない。

そんな時に自分がどうすれば感情を落ち着かせることができるかを知っておいた方がいい。

イライラしている時に、何をすることで落ち着くのか。

本作の主人公である、ケヴィン・マカリーヴィー校長はエルヴィス・プレスリーの「IF I Can Dream」という曲を聴いたり歌ったりすることで、感情の機嫌を取っているようだ。


例えば、生徒たちにもこういうコーピングの方法を教える場面が出てくる。

「何を考えている時が楽しい?」
「楽しいことを考えると、怒りがおさまってくるかもしれないよ?」

ある生徒はポケモン!と答えていた。

イライラした時にポケモンのことを考えると気分が落ち着くとはなんとも調子のいい話ではある気はするが…笑

私の場合は、お香を焚くことがリラックスにつながることが多い。家でいる時限定の処方となるが、これが結構きく。香りと煙の動きを見ることで、イライラやわだかまりが解されていく感覚がある。

外出先ではそんなことはできないので、ジャズやエレクトロなど、インストゥルメンタルの曲を聴くことで、すーっと落ち着くことがある。

他にも、ガムを噛んでみたりとか、とにかく歩いてみたりとか、走ってみたりとか、銭湯に行ったりとか。

酒を飲んだり、食事をしたりもあるが、これは高い作用も期待できるが、副作用も多分に含まれる可能性があるので注意が必要だと思っている。なるべく持続的かつ、身体への負担が少ない手法を。

自分の機嫌を取る時には手段が多ければ多いほどいいと思っている。
またその手法の賞味期限も人によってはある気がしているので、常に新しいコーピングを探し続けることはやった方がいいかもしれない。


最後に

カトリックとプロテスタントの宗派による争いでもあると述べたが、厳密にいうと、カトリック系のアイルランド人とプロテスタントのスコットランド人の争いである。

16世紀、イギリスに侵略された背景から、アイルランドの北部である北アイルランドには多くのスコットランド人が入植してきた。1920年になるとアイルランドは、独立戦争を起こして独立するのだが、北アイルランドはスコット人が多かったために一緒になることができなかった。北に住むアイルランド人は、アイルランドについて行きたいが、スコット人がそれを許さない構図がゲリラ戦を生みだし、69年から90年代後半まで戦闘が続いていた。

ウクライナとロシアの戦争もクリミア半島に関することである意味似ている構図であることがわかるだろう。

しかし、子供たちにとってみれば巻き込まれる筋合いのないこと。新たな争いを生まないためにも、まずはイライラしても抑えることから、暴力ではなく、言葉、そして議論で解決することに努めてみよう。



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