死人歩き|掌編小説(#シロクマ文芸部)
閏年――2月29日、実家に帰省した。
怪訝そうな顔で「なんで今日なん?」と言う母を無視して、祖父の仏壇の前に座る。祖父の命日は2月28日だが、俺は知っている。
本当の命日は2月29日だということを。
――4年前。
祖父の容態が悪化したのは、2月の中旬に差し掛かった時だった。そして、その頃から両親はそわそわして、ウチには毎日のように親戚達が出入りした。
「まさか、29日はないだろうな」
そんなことを、俺の前で堂々と話す。
祖父の見舞いに行くと、両親が医師に「29日より前か? 後か?」と迫っているところを何度も見た。
俺の実家がある地方には、「2月29日に死人を出してはいけない」という「掟」みたいなものがある。2月29日は悪い魂が集まりやすく、その魂が死んだ人の体を借りて悪さをする「死人歩き」という現象が起きてしまうらしい。
嘘か本当かは分からないが、2月29日に亡くなった遺体は病院の一室でベッドに縛り付けられ、医師や看護師、お坊さんなどと一緒に一晩中見張ると言う。
いかにもオカルト系、都市伝説系の話をかじっている人なら喜びそうな話題だが、テレビでもネットでも、死人歩きのことが表に出ることはなかった。
4年前の2月28日の深夜、あと10分くらいで日付が変わるという時、俺は突然、祖父の病室から追い出された。中から怒鳴り声が聞こえて、俺は怖くなって待合室のベンチに座っていた。そして、日付が変わると同時に、医師や看護師、両親が病室から出てきた。全員、無言で無表情だった。
俺の存在を忘れているようだったので、母に「ねぇ」と言うと、母は「先に帰っとれ」とだけ言った。
俺はこう思っている。祖父の命が2月29日を越えられないと判断した両親が、医師に頼んで機械を止めたんだろうと。正直、考えたくはないが……。
葬儀の時、棺桶の小窓から見えた祖父の顔は、驚くほど苦痛に満ちていて、俺は反射的に目を逸らしてしまった。ただ、目を逸らすべきではなかったと後悔している。
だから今、遺影の凛とした祖父の顔に手を合わせている。
(了)
小牧幸助さんの「シロクマ文芸部」に参加しています。
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