命の灯台|掌編小説
「よし。大丈夫そうだ」
じいちゃんは灯台を見上げながら、力強く頷いた。最近、じいちゃんは夕方になるとこうして灯台の光を確認する。その灯台はボロボロで、今にも崩れそうで、近くに新しい灯台が建てられたのに、なぜこんな古い灯台がまだあるのか、僕は不思議だった。
「灯台の役目って何だか分かるか?」
「船が迷わないように遠くを照らしてるんでしょ? でも、このオンボロ……古い灯台は海を照らしてるみたいだけど」
「それでいいんだよ。人は海から生まれて、いずれ海に還っていく。海の中は暗いから、命が迷子にならないように、この灯台は海の中を照らしているんだ」
じいちゃんの話はよく分からなかったけど、とりあえず「へぇ」と言った。
海をオレンジ色に染めていた夕日はもうすぐ地平線の向こうに沈む。そのあとは、僕が大嫌いな真っ暗な海になる。
前にじいちゃんと船で漁に出かけた時、海に落ちて溺れかけた。それ以来、すっかり海が怖くなってしまった。暗くて、冷たくて……。
――あんなところに還るなんて嫌だ!
僕は一瞬だけぶるっと震えて、じいちゃんの手を握った。
「帰ろう」
寄せては返す波の音が大きくなり、何だか海が僕を引きずり込もうとしているようで、じいちゃんの手を引っ張りながら走った。
翌日、いつものようにじいちゃんと灯台を見に行くと、灯台の傍に知らない男の人が立っていた。
「あの、何か?」
じいちゃんが眉をひそめてそう聞くと、男の人は「市役所の者です。この灯台は老朽化しているので、近いうちに取り壊します」と言った。それを聞いた途端、じいちゃんは目を吊り上げて叫ぶ。
「古くても、まだちゃんと役目を果たしているじゃないか! わざわざ壊す必要なんてないだろう!」
じいちゃんの迫力に、市役所の人は大きくのけぞって2、3歩後ろに下がる。
「いやいや、そっちに新しい灯台がありますから……。それに、この灯台は海を照らしているみたいですからねぇ。これじゃ役目を果たしているとは言えませんよ」
「せめて、光が消えるまで……お願いします、お願いします……」
じいちゃんが何度も何度も頭を下げると、市役所の人は困った顔をした。
「分かりました。光が消えたら、すぐに取り壊しますからね?」
市役所の人はじいちゃんと僕を睨みつけて、のっしのっしと歩いて行った。
――嫌な奴……。
僕は去って行く後ろ姿に「あっかんべー」と舌を出した。
「ふぅ……」
じいちゃんはため息をついて、灯台の光を見つめた。
「消えたりしないよね? その……海に還る命が迷子になっちゃうもんね?」
「ああ、消えたりせんよ。絶対に」
目を細めるじいちゃんの横顔を見て、僕は心の中で「消えませんように」と祈った。この灯台は、きっとじいちゃんにとって大切なものだから。
しかし、1週間後に灯台を見に行くと、そこに光はなかった。
「修理すれば、また光る?」
「いいや。もう部品がないんだよ」
「どうするの? この灯台、壊されちゃうの?」
「言っただろう? 消えたりせんって」
そう言うと、じいちゃんは左胸に手を当てて目を閉じた。
***
「本当に突然のことで……」
灯台の光が消えた翌日、じいちゃんは亡くなった。
じいちゃんに最後のお別れをしようと、たくさんの人が集まった。あの市役所の人もいた。
僕はじいちゃんの遺影を持って、あの灯台を見に行った。
――あ!
消えたはずの灯台に光が灯り、勢いよく回っている。
僕は理解した。
じいちゃんは海に還らず、海に還る命を照らす役目を選んだ、と。
(了)
下書き日時が2023年4月12日になっていたものを引っ張り出して書き上げました。
昨年に比べて、今年は下書きになったままの記事が多いですねぇ…。
特に創作大賞用に書いて、中途半端なままにしている小説がたくさん…。
「小説は書き始めるより、終わらせる方が難しい」
なんて言われますが、本当にその通り…。
こちらもどうぞ。
テーマ「熟成下書き」でCONGRATULATIONSを頂きました!
ありがとうございます!(・∀・) 大切に使わせて頂きます!