毒入りチョコレート|掌編小説(#シロクマ文芸部)
「チョコレートは食べちゃダメよ? 一番毒を混ぜやすい食べ物だから」
僕が小さい頃、隣に住んでいた人の言葉だ。
その人が引っ越してきたのは、僕が小学4年生になったのと同じタイミングだった。てっきり父親だと思っていた人が、実は旦那さんだと聞いた時には、さすがに驚いた。
奥さんは綺麗な人で、たまに家の前で会うと優しく微笑んでくれて、僕の中では好印象だった。
しかし、母は違った。
母はその人を異常なまでに嫌っていて、僕がその人と言葉を交わそうものなら、烈火のごとく怒り狂う。
――あいつに近づくな。
――話をするな。
――無視しろ。
礼儀に厳しく、人との関わりを重要視する母の口から、なぜ「無視しろ」などという言葉が出てくるのか。僕は不思議でならなかった。でも、僕は母の目を盗んで、その人とよく話をした。母が何と言おうと、僕の中では「綺麗で優しいお姉さん」だったから。
ある日、その人がチョコレートをくれた。母がいつもスーパーで買ってくる安物ではなく、高いやつ。僕は「やったー! ありがとう!」と元気にお礼を言い、「お母さんが帰ってくる前に食べちゃおう!」と、チョコレートの袋を開けた時だった。
玄関のドアが開く音がした。
――隠さなきゃ!
もう手遅れだった。
「それ、誰からもらったの?」
「たっちゃんのお母さんからだよ?」
母は僕からチョコレートをひったくり、壁に投げつけて、僕の襟首を掴んだ。
「ねぇ、誰からもらったの?」
「隣のお姉さんから!」
大声でそう言った瞬間、母はチョコレートと同じように僕を放り投げ、玄関から出て行った。数分後に戻って来た母は、ビックリするくらい普通に戻っていた。
それから少しして、隣の家の旦那さんが亡くなった。病死だと聞いたが、母は一切表情を変えずに「殺されたのね」と言う。
その人が引っ越す日、引っ越し屋のトラックの陰から様子を伺っていると、その人はいつものように優しく微笑みながら話しかけてきた。
「チョコレートは食べちゃダメよ?」
「え? なんで?」
「一番毒を混ぜやすい食べ物だから」
「毒?」
「そう。チョコレートは味が強いから、毒が混ざっていても分からないの」
――まさか。
前にもらったチョコレートを思い出し、固まった。
それに気付いたのか、その人は僕の耳元に顔を近づけて囁く。
「命拾いしたわね」
もうすぐバレンタインデーだ。
浮かれている世の男どもを見ると、こう思う。
――何人死ぬのかな。
と。
(了)
小牧幸助さんの「シロクマ文芸部」に参加しています。
「甘い話なんぞ書いてたまるか!」と思ってこうなりました。
最近、シロクマ文芸部で書くものが、ホラーかミステリーばっかりになっているんだが……。
stand.fmにて、戸塚彪悟さんに朗読して頂きました。
ありがとうございます。
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