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長く読み続けている人

ある日、書店の前を車で通り過ぎようとした時
ふと、新事業、書店や図書館と相性がいいと思うし
チラシ置かせてもらえないか話してみようかなと思い立ち、引き返すと
入口に「角田光代サイン会」のチラシが貼ってあり、お店を入ったところに新刊が積まれている。

え?え?

ここに?来るの?角田さんが?

日時をチェックし、急いで車に戻り、手帳を見る。
この時期は仕事が休みの日が少ないから。おっ、ちょうど行ける日だ。

先着100名って、、このイベント全然知らなかった。書店、周知してた?

急いでレジにいる店員さんに、角田さんのサイン会まだ行けます?と積まれている本を指さす。

「ああ、、はい」と男の店員さんがそっけない。

サイン会など行ったことがない。どういう仕組みなの?

「あの本を買えば、行けるんですよねっ」

ひいてる?
「ああ、、はい」

本を買ったら、サイン会に参加できる券をもらえた。

大事に手帳のポケットに入れておく。

嘘みたい嘘みたい。

こんなところで、角田さんと会えるのよ。
興奮気味に家族に伝えるが、そもそも「作家」と会いたいとかいう発想が
ないうちの子どもたちは全然私の喜びを分かってくれない。

会社の同僚にも話してみるが、
みんなけっこう「小説家」なんて知らないみたいで
いまいち、私がなんでこんなに興奮しているのか伝わらない。

まぁ、、みんなが「へ~。そんなんだ」 って感じです。

すごいことなんですよ。私には。
だって、長いんだから・・・。

新刊もすぐ読み切り、角田さんにサインしてもらう本の角がすでによれている。

最近私はK-popばかり聴き、ホシくんのダンスを見て、この前落ちたばかりのセブチのスタジアムチケット、二次選考全力で応募しているところだが、
この流れが私にきているのもたかだか3~4年くらいのもの。

角田さん、、もう四半世紀くらい読んでいるんじゃないか。
それは、、、その長さは恐ろしく強い。
だって、風来坊の私も
結婚して家庭を持った私も
母親になった私も
中年になった私も
これから一人になるだろう私も
ずっと、角田さんの本を読んでいる。

息子があまりにも、角田さんを知らないので
「じゃあ、音楽界でいうとな」と無理やり例える。

音楽界でいうと、椎名林檎や。
デビューの時から聴いていて、音楽は他にもいろいろ聴くし、大好きなアーティストもいっぱいいるけれど、椎名林檎が新しい作品を出したら絶対聴く、みたいな
角田さんはそんな存在なんや。

しかも、それほど、音楽に詳しくなくても、椎名林檎の名前はほとんどみんな知っているよね。
(ちなみに今の高校生も椎名林檎は好きっていう。
この前、娘の友達に「デビューの時から聴いてるし」と言ったら、
「マウントとられた」と言われる。)
そうなのよ、もう、超メジャー!!大作家なのよ。

長く読んだり、聴き続けている作家さんたちを最初に好きになった、知ったことをけっこう覚えていたりする。

椎名林檎はたまたま東京の友達の部屋に泊まっていた深夜に
何秒かTVで流れたPVを見た時
グレイプバインもsuchmosもたまたま何秒かのPVに出会い、どれも、度肝を抜かれる。
そういうのは、その後も長くなる。

角田さんの小説は義妹が教えてくれた。
ということを、今回思い出した。
その場面をずっと忘れていたから。

実家の台所だったと思う。
夏だったと思う。

弟が結婚して、お嫁さんが実家に同居していて
当時私は京都でふらふら一人暮らしをしていて、
珍しく帰省していたのか
その辺はよく覚えていないんだけど、

弟のお嫁さんが、図書館でよく本を借りて読んでいて
「おねえさん、角田光代って知ってます?」と言う。
知らないと答える。
すごくおもしろいと紹介してくれる。

そして、彼女が言う。
その小説に出てくる人が”おねえさんみたいなんです”と。

それで私は『幸福な遊戯』や『あしたはうんと遠くにいこう』を読むことになる。
その後長い付き合いになる。

そうやって出会った本と作家さん。

全くの他人で、ひとつも個人的な接点はないのに、
私は、角田さんが書いた本を読む時間を自分の人生の中の時間として積極的にとったことになる。

作家という仕事の深さを感じる。

角田さんに影響を受けた。
何にって。
生き方とか考え方じゃなく、私の場合は明らかに「文体」。
そういう影響の受け方もある。

好きになったきっかけや
何に影響を受けてきたか
特に好きな作品
話せたら話したいと想像しつつ、でも、単純に時間を参加人数で割ってみると一人30秒くらいかぁ。

早めに書店に着くともう行列ができていて、
受付を済ませ、小部屋に通される。
新刊とチケットを持ったお客さんたちは中高年層で
時間になって角田さんが現れた時に、周りから拍手が広がり、私は一人くっと泣きそうになる。

やばい。泣く。
自分の順番が近づいてく。

高校生の頃は、しょっちゅう自分の心臓が聞こえてしんどくなっていたのに
しばらく、自分の心音なんて分からなかった。

他の人たちはみんなスマートに角田さんと挨拶して会話してスマートに退室していかれる。

私は、前の人が角田さんと談笑している場面を見ながら、心臓がバクバクして泣きそうになってしまう。

スタッフの人が本とスマホを受け取ってくれ、角田さんの前に立つが緊張で何も言えない。
スタッフの人が写真を撮ってくれる。
「ありがとうございます」と角田さん

緊張してしまって。
20代の頃からずっと読んでいます。
めちゃくちゃ影響受けています。
こんな、お目にかかれるとは思っていなかったので・・・。
これからも読んでいきます。
ありがとうございます。

そんなことを伝える。

ずっと泣くのを我慢していたので、
「ガチファンだ」と察して下さったのか、見送って下さる目が優しくて、
部屋を出て店内を歩きながら、車の中でも泣いていた。

そもそも、会えるとか思ってないし。
遠くの好きな人に、直接、好きだと伝えられるとか思ってないし。

そもそも私がこの街に帰ってこなかったら、
あの日偶然書店に立ち寄ってなかったら、
そもそも角田さんがこの街のことを書かなかったら、

今日の対面、この30秒ほどの時間はあり得なかったわけで。

生きているのは面白いと、もうこれだけで証明されてしまった感じです。


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