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中島京子の本2冊

『東京観光』(集英社文庫)

七つの短編が収められた作品集。
視点はすべて成人女性であるが、それぞれの異なるキャラクターや抱えている背景が鮮やかに立ち上がり、描き分けの才というものを感じさせられる。

階下の住人と部屋を取り替える話に、身勝手な友人に休日を捧げる話。
練り上げられた個性的なエピソードの数々が、読者の心をさらっては解き放つ。余計な贅肉のない精緻な文体の、絶対的な安心感。

最も気に入ったのは「シンガポールでタクシーを拾うのは難しい」。
経験に裏打ちされ、細部までセンスの行き渡る、短編小説のお手本のような作品。いや、個人的な理想の極みというべきか。とにかく読んでほしい。
そして「コワリョーフの鼻」は思いもかけぬラストにぐっときた。上質なカタルシスをもたらしてくれる、至高の一作。

中島京子は、以前高野秀行が激推ししていたことで知った作家。良きひとの推すものは、やっぱり良い。


『妻が椎茸だったころ』(講談社文庫)

表題作を読み終えたとき、全身を風に撫でられたように鳥肌が立った。
妻に先立たれた家事のできない夫が、妻の予約していた料理教室をキャンセルできずに自分で出向く。
妻のレシピノートに残された人間くさいメモがまた、味わい深い。
ディテールをすべて書き連ねたいくらい秀逸な一編である。

本書に収録された5つの短編に共通するのは、いずれもフィジカルにぞくりとくる不思議な感覚だ。
怖いようで、懐かしいようで、意外なようで、腑に落ちるようで。

アメリカ滞在の最終日に大雪に遭い、飛行機を逃しておばあさんに拾われる不思議な一夜を描く「リズ・イェセンスカのゆるされざる新鮮な出会い」。

近所の冴えない男に依頼され、彼の留守中に食中植物の水遣りに通うことになる奇譚「ラフレシアナ」。

どれもこれも、いい。
中島京子は、驚くほど鮮やかな切り口で世界を切り取る。そこには血の通った人間の息吹がある。

どうしたらこんな設定を思いつくのか、どうしたらこんな豊かな言葉を紡げるのかとつい分析したくなるが、圧倒的な知見の広さと鋭敏な感覚が名作を生み続けるのだろうとしか言えない自分がもどかしいばかりである。



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