「大河ドラマ」と「朝ドラ」が与えるインパクト(新聞書評の研究2019-2021)
はじめに
筆者は2017年11月にツイッターアカウント「新聞書評速報 汗牛充棟」を開設しました。現在は「新聞メタ書評報 汗牛充棟」という名前です。
全国紙5紙(読売、朝日、日経、毎日、産経=部数順)の書評に取り上げられた本を1冊ずつ、ひたすら呟いています。
なお、本稿を含む2019年~2021年のデータ分析は以下のマガジンにまとめています。
前回の連載では、2022年の新聞書評面に紹介された本の特徴を示すキーワードが、「ウクライナ」と「ワクチン」であると分析しました。
この分析の過程では、2022年のタイトルと、2019年~2021年のタイトルをワードクラウドで比較しています。そこで今回は、2019年~2021年のキーワードを探ります。
ワードクラウドで目立つ単語(各単語は重要度を示す数値を持っていて、その数値に応じた大きさになります。技術的な概観は過去の連載の「技術的補足」を参照してください)を抜き出します。
2019年から順にみていきます。
まず「ダイヤモンド」ですが、これは
『コ・イ・ヌール 美しきダイヤモンドの血塗られた歴史』(ウィリアム・ダルリンプル/アニタ・アナンド著)
『ダイヤモンドの語られざる歴史』(ラシェル・ベルグスタイン著)
『ダイヤモンド広場』(マルセー・ルドゥレダ著)
の3タイトルが、計6回紹介されたことで活字が大きくなりました。このうち『コ・イ・ヌール 美しきダイヤモンドの血塗られた歴史』については、過去の連載でも、以下のコーナーで紹介しています。
「山海」は『山海記』(佐伯一麦著)が6回紹介されたことによります。朝日新聞、毎日新聞がそれぞれ2回ずつ紹介し、読売、日経も紹介しています。過去の連載でも、以下のコーナーで紹介しています。
「イタリアン」は
『イタリアン・セオリーの現在』(ロベルト・テッロージ著)
『イタリアン・シューズ』(ヘニング・マンケル著)
の2タイトルが計5回。
「構成」は
『ロシア構成主義』(河村彩著)
『情動はこうしてつくられる──脳の隠れた働きと構成主義的情動理論』(リサ・フェルドマン・バレット著)
の2タイトルが計5回。
「機密」は
『機密費外交 なぜ日中戦争は避けられなかったのか』(井上寿一著)
『国家機密と良心』(ダニエル・エルズバーグ著)
『対米従属の起源 「1959年米機密文書」を読む』(谷川建司/須藤遙子著)
の3タイトルが計5回。
「言い訳」は
『すごい言い訳!』(中川越著)
『きみの言い訳は最高の芸術』(最果タヒ著)
『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』(塙宣之著)
の3タイトルの計5回。
「FACTFULNESS」は『FACTFULNESS』(ハンス・ロスリング/オーラ・ロスリング著)が計4回紹介されました。過去の連載でも、以下のコーナーで紹介しています。
以上のどの単語も、2019年を特徴づけるものではないと思います。
『麒麟がくる』に連動した2019年の光秀本
では残った「光秀」はどうでしょうか。
『私の先祖明智光秀』
『明智光秀・秀満』
『明智光秀と本能寺の変』
『信長を操り、見限った男 光秀』
『図説明智光秀』
『明智光秀伝』
の6タイトルが計9回出でてきます。
9回もでてきているのに、5回の「機密」などや6回の「ダイヤモンド」よりも活字が小さい理由は、「光秀」は2019年以外の年のタイトルにも使われているからです。これに対して、その他の単語は2019年以外の書評欄に掲載された書籍には使われていないため、2019年に特徴的な単語として、「光秀」よりも重みづけが大きくなったのです。
さて、この「光秀」はもちろんNHK大河ドラマ『麒麟がくる』の主人公・明智光秀にあやかった出版です。好きな言葉ではありませんが、便乗出版といえるでしょう。以下紹介していきます。
『私の先祖明智光秀』
『明智光秀・秀満』
『明智光秀と本能寺の変』
『信長を操り、見限った男 光秀』
『図説明智光秀』
『明智光秀伝』
『エール』にあやかった2020年の古関裕而本
次に2020年です。上位の単語は「イエス」「古関」「コロナ」「サガレン」「サハリン」「ザリガニ」「一人称」「単数」です。
このうち「イエス」は
『イエスの学校時代』(J・M・クッツェー著)
『イエスの意味はイエス、それから…』(カロリン・エムケ著)
『短歌ください 明日でイエスは2010才篇』(穂村弘著)
の3タイトルが5回でした。「イエス」の意味が本によって違います。
次に「サガレン」と「サハリン」ですが、これは『サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する』(梯久美子著)が計6回掲載されたことによります。過去の連載でも、以下のコーナーで紹介しています。
「ザリガニ」は『ザリガニの鳴くところ』(ディーリア・オーエンズ著)が計6回紹介されています。過去の連載でも、以下のコーナーで紹介しています。
「一人称」と「単数」は、『一人称単数』(村上春樹著)で、計6回です。過去の連載でも、以下のコーナーで紹介しています。
以上の単語は2020年を特徴づける意味合いは認められません。
さて、残った「古関」と「コロナ」です。
まず「古関」は
『古関裕而』(刑部芳則著)
『古関裕而の昭和史 国民を背負った作曲家』(辻田真佐憲著)
『君はるか 古関裕而と金子の恋』(古関正裕著)
の3タイトルに計7回登場しています。これは、昭和を代表する作曲家・古関裕而と妻・金子をモデルにしたNHK「連続テレビ小説」(いわゆる朝ドラ)の『エール』にあやかった出版です。明らかに2020年ならではの書籍といえるでしょう。
『古関裕而』
『古関裕而の昭和史 国民を背負った作曲家』
『君はるか 古関裕而と金子の恋』
次に「コロナ」です。2020年はコロナの日本上陸の年ですから、これは2020年を特徴づける単語です。ただ、2021年と2022年にも多くのコロナ本は出ていますので、ワードクラウドの活字は相対的に小さくなっています。
「コロナ本」は25タイトル、計34回、書評で扱われています。これは別の機会にまとめて紹介します。
震災10年、「原発」が2021年の最大のテーマ
2021年のテーマははっきりしています。
まず筆頭の「原発」です。2011年3月11日の東日本大震災から10年を迎えた年ですので、多くの書籍が刊行されました。以下の10タイトルが、計12回書評されました。
『ふくしま原発作業員日誌 イチエフの真実、9年間の記録』
『東電福島原発事故 自己調査報告』
『原発事故 自治体からの証言』
『東電原発事故 10年で明らかになったこと』
『福島原発事故10年検証委員会 民間事故調最終報告書』
『福島第一原発事故の「真実」』
『原発避難者「心の軌跡」 実態調査10年の〈全〉記録』
『福島原発事故とこころの健康』
『東京電力福島第一原発事故から10年の知見 復興する福島の科学と倫理』
『いばらき原発県民投票』
次にはっきりしているのは、「コロナ」です。2020年にもキーワードになっていましたので、2年連続です。2022年のキーワードは「ワクチン」ですので、この疫病に対するスタンスの変化が書評からもうかがえます。
「コロナ」関連の書籍は、31タイトル、計47回も書評されました。2021年分と合わせて次回に紹介します。
さて、残りの単語も確認しておきます。
「小島」は
『小島』(小山田浩子著)
『運命の謎 小島信夫と私』(三浦清宏著)
『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』(インベカヲリ★著)
の3タイトルが計10回紹介されました。小島という単語が頻出したのは、偶然だとわかります。
「シリコンバレー」は
『BAD BLOOD シリコンバレー最大の捏造スキャンダル 全真相』(ジョン・キャリールー著)
『TROUBLE MAKERS トラブルメーカーズ 「異端児」たちはいかにしてシリコンバレーを創ったのか?』(バーリン・レスリー著)
『シリコンバレー式超ライフハック』(デイヴ・アスプリー著)
『シリコンバレーは日本企業を求めている』(アニス・ウッザマン著)
の4タイトルが計7回でてきます。
なお、『運命の謎 小島信夫と私』(三浦清宏著)と『BAD BLOOD シリコンバレー最大の捏造スキャンダル 全真相』は、過去の連載でも、以下のコーナーで紹介しています。
「day」は特殊なケースです。いずれも講談社編集の
『Day to Day』
『MANGA Day to Day』
『愛蔵版 Day to Day』
が1回ずつ書評に登場しています。単語としては6回出てくるわけです。
これは小説家と漫画家によるコロナ関連の企画ものなのですが、「愛蔵版」に付された出版社からの紹介文がわかりやすいです。
「209組の作家・漫画家が2020年4月以降の日本を記録した物語集、3冊組永久保存版! 限定ポストカード、年表、紹介記事付き!」
『Day to Day』は小説家、『MANGA Day to Day』は漫画家による、コロナをテーマにした作品やエッセイ集です。両方を合わせたのが「愛蔵版」ということになります。
「bad」は先ほどもでてきた『BAD BLOOD シリコンバレー最大の捏造スキャンダル 全真相』と、『BAD DATA 統計データの落とし⽳』(ピーター・シュライバー著)の2タイトル計5回です。
「シェフ」は『シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録』(井川直子著)が5回紹介されました。過去の連載でも、以下のコーナーで取り上げました。
こうしてみると、「day」も「シェフ」もともにコロナ関係でもあります。2021年の出版界にコロナが及ぼした影響の大きさを改めて感じます。
最後に「ジュリアン」ですが『ジュリアン・バトラ―の真実の生涯』(川本真著)が5回取り上げられたことによります。この本はこちらで紹介しています。
NHKと出版界の共存共栄
さて、2019年と20年の分析から、NHKの大河ドラマと「連続テレビ小説」の出版界におけるインパクトの大きさがよくわかったような気がします。
出版界は知的な流行商売ですから、常に時事ニュースやトレンドを追いかけ、できればタイミングを逃すことなくそのテーマで本を出したいわけです。ただ、疫病や戦争、大震災というような事前に予想しがたいものは、起きてから一斉スタートで取り掛かるしかありません。
この点、大河ドラマや朝ドラは、かなり前から制作発表がなされる上に、必ず一定の、ましてヒット作なら国民的な大ブームを作るわけですから、業界にとってはボーナスステージなのですね。
ちなみに、『麒麟がくる』の制作発表は2018年4月19日ですが、実際の放映は、20か月後の2020年1月19日から2021年2月7日までの1年間でした。『エール』の制作発表は2018年2月28日で、放映は2年後の2020年3月30日から11月27日です。
これを出版社から見ると、制作発表から放映までの間にそれなりの時間があることに加え、放映に向けてNHKが番宣や関連報道を増やし、民放や新聞その他のメディアもそれなりに話題にし、放映が始まればなにがしかは必ず盛り上がることはわかっているわけですから、ここでやらねばどこでやるです。
一方、NHKも放映開始までになるべく話題になってくれた方がありがたいわけですから、出版界との「共存共栄」の構造ができているといえます。新聞書評もその一端を担っているといえるでしょう。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?