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全国紙5紙に選ばれた12冊(新聞書評の研究2019-2021)

はじめに

筆者は2017年11月にツイッターアカウント「新聞書評速報 汗牛充棟」を開設しました。全国紙5紙(読売、朝日、日経、毎日、産経=部数順)の書評に取り上げられた本を1冊ずつ、ひたすら呟いています。本稿では、2019年から2021年までに新聞掲載された総計約9300タイトルのデータを分析しています。

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なんでそんなことを始めたのかは総論をご覧ください。

全紙に掲載された12タイトル

本稿で取り上げるのは、新聞掲載日ベースで2019年-2021年の書評データです。掲載年の2年前までに刊行された書籍を「新刊」と定めて対象にしています。ただ、既刊本の文庫化や復刊本、新訳版は新刊扱いしています。

同じことを書籍の属性から説明すると、2017年から2021年の間に刊行された新刊本のうち、2019年から2021年の間に書評面に掲載された書籍が対象となります。

また、例えば毎日新聞「今週の本棚」はカバーデザインを紹介するコーナーを持っていますが、これはいわゆる書評ではないため、対象から外しています。ベストセラーランキングも対象外です。一方で、著者がインタビューで語る自著や、書評子ではなく、新聞記者が紹介する書籍は対象としています。

3年分のデータ集計に当たっては、脱漏等がないように筆者なりに努めています。しかし、漏れや重複がまったくないとは限りません。したがって、大きな数字は概数で記述することにします。とはいえ、多少の誤差があったとしても、大きな傾向は確認できる程度の、大数の法則が成り立つ程度の十分なデータはあると考えています。

さて、このようなスクリーニングを経て、ピックアップされたのが約9300タイトルです。

この約9300タイトルのうち、2紙以上に取り上げられたのは22%、約2100タイトルでした。

さらに、この約2100タイトルのうち、3紙以上に取り上げられたのは約550タイトル。さらにこの約550タイトルのうち、4紙以上に取り上げられたのは約110タイトルです。4紙に紹介される書籍は全体の1%あまりです。

0.13%の「狭き門」

そして、全5紙を”制覇”したのは12タイトル、全体の0.13%に過ぎません。以下はそのリストです。書評、感想等はコメント欄にご自由に。

『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』

『天路』

『高瀬庄左衛門御留書』

『シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録』

『「低度」外国人材 移民焼き畑国家、日本』

『百年と一日』

『推し、燃ゆ』

『一人称単数』

『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』

『サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する』

『21 Lessons』

『夢見る帝国図書館』

どんな感想をお持ちでしょうか。

5紙全紙が紹介する本というのは、優等生的な、ケチのつけようのない八方美男美女のようなものになるのかと予想したのですが、このリストはそうではないですね。

筆者は、新聞書評らしいリストだと思います。ベストセラーや芥川賞受賞作もありますが、話題の本や人気作家を集めたリストではありません。通好みというか、渋い本も並んでいます。これこそ、新聞書評が真摯に選ばれている傍証ではないかと思うのです。

属性を確認しておきましょう。

12タイトル中、小説が7タイトル、ノンフィクションが3タイトル(『サガレン』、『外国人人材』、『シェフ』)、人文系が2タイトル(『21 Lessons』、『ウェブスター』)。著者は男女6人づつ、翻訳本は2タイトルです。

出版社が4社しかなかったのには驚かされました。文藝春秋と河出書房新社が3タイトル、KADOKAWAと講談社が2タイトル、左右社と筑摩書房が1タイトルです。

関心なくても読む効用

全紙に紹介された本は、読むことにしています。上記リストには読みかけのものも、未着手のものもありますが、いずれ読みます。

このルールがなければ、リストの半分以上は、本来の筆者の好みからは手にしなかっただろう種類の本です。しかし、読んで裏切られた思いをしたことはまだありません。5紙の名うての読み手たちを唸らせてきただけのことはあると思えます。

例えば、『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』は、英語辞書の歴史とともに、辞書編集者の苦労談をつづったエッセイです。価値観が対立するアメリカ社会で、たった一つの単語が政治的にもみくちゃにされる様子がリアルに描写されています。「結婚」の語義に同性婚を含めるかどうかをめぐるメディアも巻き込んだ大騒動を通じて、生きたアメリカ社会を知ることができました。

『サピエンス全史』、『ホモ・デウス』で世界的に知られる知識人となったハラリ氏の『21 Lessons』は、近未来を占う必読書かもしれません。加速度的に変貌するAI社会、アルゴリズム社会にどう対応すべきか、示唆に富む内容でした。

筆者には小説をうまく語る能力はないのですが、読んだものはいずれも筆者にとっては概ね面白かったとはいえます。映画の回想シーンだけを掬いだして文字にしたような『百年と一日』はとても印象的でした。『夢見る帝国図書館』の喜和子さんに会ってみたいです。

なお、本稿で扱う期間には当たらないのですが、次の書籍も5紙を”制覇”したことを確認しています。

『極夜行』は、一日中日が昇らない極夜の北極を橇で旅する冒険譚です。ただでさえ暗い氷塊の中を、GPSを使わずに踏破します。なんでそんな危険なことをするんだろう、という疑問をめぐる筆者自身の思索に感心しました。『教科書』はAIに大学受験をさせた結果と照らしあわせながら、今の子供たちに真に必要な教育が何かを考えます。

『ベルリンは晴れているか』は、スケールの大きなミステリーです。戦勝国アメリカ、イギリス、ソ連の分割統治下にある第二次大戦直後のベルリンを舞台に、ナチス支持者が排除され、被差別者には名誉回復と優遇が与えられる様子が描かれます。

『牧水の恋』は、2021年8月の文庫化の際に、最後の5紙目に掲載されました。こういう事例があるので、文庫化は新刊扱いをしています。


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