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新聞書評の研究2019-2021(総論)

新聞書評は「知のターミナル」

3年で9300タイトル、編著者7700

出版社や著者にとって、出版物が新聞の書評に掲載されるのは特別なことです。雑誌などの他の媒体の書評とも、amazonのレビューともまったく違います。

新聞部数の減少にも関わらず、なお書評の世界の頂点に君臨しているというのが、筆者の実感です。その理由は後述しますが、新聞書評は今でも、知の世界に大きな影響力を持っています。紹介されれば書籍は売れますし、世間の話題にもなります。出版社や書店は、新聞書評を広告の素材として使います。

そして、筆者としてはここを強調したいのですが、新聞書評は、全体が一つの読み物としても成立しています。自分にはおよそ関係のないと思われる本も含め、というより、関心のない本があるからこそ、すべてに目を通すだけの価値があると思っているのです。

ツイッターアカウント「新聞書評速報 汗牛充棟」を、2017年11月に筆者が開設したのは、職業上の関心がきっかけです。

当時筆者は出版社に勤務していました。全国紙5紙(読売、朝日、日経、毎日、産経=部数順)の書評に取り上げられた本を1冊ずつ、ひたすら呟きはじめたのです。当初は4紙で、5紙が揃ったのは掲載日ベースで2019年からです。2022年で5年目に入りました。

数多くのフォロワーさんにはこの場を借りて、感謝申し上げたいと思います。

対象は、朝刊の書評(読書)面の書評です。朝日、日経、毎日が土曜日に、読売と産経が日曜日に紙面を構えています。5紙のデータが揃った2019年から2021年(掲載日ベース)の3年間分の書評に関して、筆者がツイートしたタイトル数は約9300、編著者・組織数は約7700にのぼります。複数の新聞に同じ書籍が取り上げられることもしばしばあるので、延べでいえば約12500回つぶやいています。

5紙すべてに書評が掲載された本は12タイトル、全体の0.13%しかありません。4紙への掲載は約100タイトルです。5年続ける間に、新聞書評に強い著者、出版社はどこかや、各新聞社と著者、出版社の「相性」なども、わかってきました。

タイトル×著者×出版社×新聞社の膨大なデータを整理しているうちに、これは一人で眺めているだけではもったいないという気になってきたのが、本稿の着想です。書籍選びの役に少しでも立てばと思います。

選りすぐりの書評子

なぜ新聞書評はいまだに影響力を保っているのでしょうか。

一言で言ってしまえば「権威」だと思います。新聞に権威があったのは昔の話だという声がいま、聞こえましたが、そんなことはないのです。

新聞書評を手掛ける書評子は、もちろん名だたる読書家なのですが、それに加えて、各界一流の人物ばかりです。学者、作家、歌人、ノンフィクションライター、書評家・・・。新聞社によっては、実業家が入ることもあります。芸能人(どういう方面への配慮かわかりませんが、なぜかほぼ常に女性)も一角を占めています。

掲載される書籍のジャンルは多岐にわたります。学術書、文芸書、エッセイ、ノンフィクション、ビジネス書、実用書、写真集・・・。新聞社によっては、漫画や児童書のコーナーもあります。書評を仔細に読んでいると、本がカバーする領域の無限とも思える広さに気づかされます。

掲載するに足る書籍を選ぶために、いくつかの新聞社は書評子による読書(書評)委員会を設けています。

読売新聞の読書面「本よみうり堂」では、約20人の読書委員が2週間に一度のペースで集まり、事務局が用意した200冊~300冊の本から、書評したい本を選んでいるそうです。タイトルの重複や同じ著者の刊行物が頻繁に紹介されたりすることのないように調整も行われます。いずれも多忙なメンバーを考えれば、2週間に一度というのは、大変なペースです。

朝日新聞読書面(2018年4月より土曜掲載。それ以前は日曜)も識者による委員会を実際に開催して書評対象を決めています。毎日新聞「今週の本棚」(2020年4月から土曜掲載、それ以前は日曜)は約40人の書評子が、委員会形式ではなく、基本的にそれぞれが自由に対象を選ぶ形式を取っていると聞きます。

産経、日経は新聞社側が書籍を選び、その都度、適任と思われる書評子を決めているようです。

読売、朝日、毎日の書評子は以下の人たちです。(2022年4月現在、敬称は略しています)


<読売新聞読書委員>井上正也(政治学者・成蹊大教授)、小川哲(作家)、金子拓(歴史学者・東京大准教授)、辛島デイヴィッド(作家・翻訳家・早稲田大准教授)、川添愛(言語学者・作家)、佐藤義雄(住友生命保険特別顧問)、西成活裕(数理物理学者・東京大教授)、堀川惠子(ノンフィクション作家)、牧野邦昭(経済学者・慶応大教授)、森本あんり(神学者・国際基督教大教授)、鵜飼哲夫(本社編集委員)、梅内美華子(歌人)、小川さやか(文化人類学者・立命館大教授)、苅部直(政治学者・東京大教授)、国分良成(国際政治学者・前防衛大学校長)、柴崎友香(作家)、中島隆博(哲学者・東京大教授)、南沢奈央(女優)、宮部みゆき(作家)、橋本五郎(本社特別編集委員)

<朝日新聞書評委員>阿古智子(東京大学教授・現代中国研究)、石原安野(千葉大学教授・粒子天文学)、磯野真穂(文化人類学者)、稲泉連(ノンフィクション作家)、犬塚元(法政大学教授・政治思想史)、江南亜美子(書評家・京都芸術大学専任講師)、金原ひとみ(小説家)、柄谷行人(哲学者)、神林龍(一橋大学教授・労働経済学)、澤田瞳子(小説家)、トミヤマユキコ(ライター・東北芸術工科大学准教授)、藤田香織(書評家)、藤野裕子(早稲田大学教授・日本近現代史)、藤原辰史(京都大学准教授・食農思想史)、保阪正康(ノンフィクション作家)、横尾忠則(美術家)、石飛徳樹(本社編集委員)、行方史郎(本社論説委員)、宮地ゆう(本社GLOBE副編集長)

<毎日新聞書評執筆者>江國香織(作家)、伊東光晴(京大名誉教授・経済学)、渡邊十絲子(詩人)、若島正(京大名誉教授・米文学)、荒川洋治(現代詩作家)、大竹文雄(大阪大特任教授・経済学)、中島岳志(東京工業大教授・政治学)、佐藤優(作家、元外務省主任分析官)、村上陽一郎(東大名誉教授・科学史)、渡辺保(演劇評論家)、持田叙子(日本近代文学研究者)、小島ゆかり(歌人)、鴻巣友季子(翻訳家)、橋爪大三郎(社会学者)、中村桂子(JT生命誌研究館名誉館長)、池澤夏樹(作家)、髙樹のぶ子(作家)、張競(明治大教授・比較文化)、飯島洋一(多摩美術大教授・建築評論)、堀江敏幸(作家)、辻原登(作家)、川本三郎(評論家)、角田光代(作家)、湯川豊(文芸評論家)、伊藤亜紗(東京工業大教授・美学)、三浦雅士(評論家)、加藤陽子(東大教授・日本近代史)、松原隆一郎(放送大教授・社会経済学)、永江朗(ライター)、養老孟司(解剖学者)、中島京子(作家)、藻谷浩介(日本総合研究所主席研究員)、鹿島茂(仏文学者)、磯田道史(国際日本文化研究センター教授、日本近世・近代史)、本村凌二(東大名誉教授・西洋史)、内田麻理香(東大特任准教授・科学技術社会論)、岩間陽子(政策研究大学院大学教授・国際政治)


これほどのハイレベルなメンバーを集め、時間と労力を注ぎ込んで作り上げている書評は、新聞にしかないと断言できます。「権威」という言葉が嫌いな方は、「熱量」と読み替えてもらってもいいと思います。

もちろん、刊行物としてはダントツに多い新聞の発行部数も影響力の源泉です。しかし、原理的に部数の制約がないネットとの比較でも、なお追随を許さぬ影響力を維持できているのは、書評欄のクオリティーが、支持され、信頼されているからです。

新しい教養の時代

かつて「教養主義」の時代がありました。1970年代ごろまでの、戦後の高度成長のさなかのことです。

大学生にはいくつかの必読書があり、読書を通じて人格を陶冶するものと信じられていました。「教養人」たるもの、社会に出てからも『中央公論』や『世界』といった論壇誌に目を通し、一家を構えた後もリビングのサイドボードに百科事典や文学全集を飾るのがライフスタイルでした。それは一種のファッションでもあり、スノビズムでもあったのですが、戦後日本の復興を知的な側面で支えてもきました。

1970年代後半以降、教養主義は「没落」します。

なぜそうなったかは、竹内洋先生の名著『教養主義の没落』が余すことなく伝えています。かつて日常的に、しばしばそれが足りないことへの諧謔とともに使われていた「教養」という言葉は、日常からは絶えて久しくなりました。

しかしながら、実はいまほど教養が求められている時代はないと、筆者は感じています。

戦争、感染症、温暖化、地震、津波、原発事故、内外の経済格差・・・。世界と日本が立て続けに見舞われた激動は、私たちが依って立っていた戦後の秩序や素朴に信じていた安心と安全が一気に壊れ始めたことを予感させます。

世界のリーダーたちを見ると、あからさまな嘘を言ってのける大統領がアメリカにもロシアにも登場しています。もちろん、多くの人たちが支持するからこそ、そういうリーダーが権勢をふるえるわけです。何が真実かを争うのではなく、真実かどうかをそもそも問題にしない、反知性、フェイクニュースの時代です。

世界の軸は大きく揺らぎ始めています。いびつに回転する軸に跳ね飛ばされてしまわないためには、しっかりした軸を自分で定めるしかありません。そのために一人一人ができることは、知的に武装することです。生きる指針としての教養が今こそ求められているのではないかと思います。

大上段に語りすぎました。

筆者は教養人ではありませんが、少しでも教養を身につけたいと考える者です。そして、その近道が新聞書評だと思うのです。

週に一度紙面に並ぶ本のタイトルを眺め、書評を流し読みしているだけでも、関心ある分野の知見ばかりか、まったく知らなかった世界でも、その肌ざわりくらいは感じることができます。そして、そこから手を伸ばせば、厳選された、まず間違いのない書籍にたどり着くのです。

そこは「知のターミナル」です。佇んでいるだけで、各地から集まる人たちの表情や装いが目に入り、方言が聞こえます。行きたい場所が見つかったら、列車に飛び乗ればいいのです。


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