夢が醒めても隣にいてね
パリにきて、3週目。
日本から父と彼がやってきた。
***
彼は、2カ国経由便のフライトで滞在中はケルン1日、ブリュッセル1日、パリ4日。
父は、直行便でパリ、ブルージュ、モン・サン・ミシェル、パリ(半日はヴェルサイユ)、パリ。
パリは基本どこに行くにも予約がいるし、どこに行っても荷物チェックがある。TGVやThalysといった高速鉄道の乗車券や航空券は、よほど売れないもの以外は直前になればなるほど高くなることの方が多い。
だからこそ、宿泊先の決定やどこに行きたいかのリサーチは早くしてほしかったのけれど、2人して優柔不断だから1週間前〜直前になった。ルーブルやヴェルサイユ、オペラ・ガルニエの予約を確保して、彼らの滞在中は、予定の組み立てやメトロの乗り方ガイド、私と行動しないときの乗換案内や道案内に忙しかった。
だけど、すごく、楽しかった。
パリの魅力が最大限に発揮されるよう、有名どころを押さえつつ私だからこそ案内できる場所を組み込んで彼らの旅程を作ることが、楽しくて仕方なかった。
ちなみに2人とも雨男なので、彼らが同時にヨーロッパ上陸ということで、彼らが着いた日は大雨だった。
【父】
新婚旅行や家族旅行で海外は何度か訪れているのに、55歳にして初めての海外ひとり旅でヨーロッパ初上陸、かつ機械音痴(スマホ含む)、しかも心配性な性格。
そんな父のために、と到着前からLINEに『世界一優しいメトロの乗り方』と題して、チケット購入の画面を動画にしたり、注意事項を書き連ねたりしてきた
けれどその甲斐も虚しく、父は空港から滞在先のVincennes(ヴァンセンヌ)までタクシーに乗って来た。
その間、いくらLINEを送っても既読にならなくて心配していたら、契約してきたはずのモバイル通信が使えずホテルに着くまでWi-Fiもなくて困っていたらしい。
私が迎えに行くと、父は私に会えた嬉しさと、夕焼けの美しさへの感動と、時差と長旅による疲れと、iPhoneが使えないことへのイラ立ちで感情が忙しそうだった。
翌日、語学学校の授業の間も「切符が買えない」と大騒ぎしていた父だったが、切符問題が解決されると「ちゅいるり来た」と連絡が入った。
”ちゅいるり”とはチュイルリー公園のことだ。父が泊まっていたVincennesはメトロ1番線ラインだったので、同じ1番線上でどこへ行くにも近く、辿り着いて1番テンションが上がるTuiluriesを私が集合場所に指定したのだ。そして語学学校が終わってすぐ、Trinite-d’Estienne d’Orves駅からメトロ12番線に乗って、Tuiluriesとなぜ駅が分かれているのかわからないほど近いConcordeを目指した。
するとConcordeに着いた瞬間、父から「セーヌ川らへんにいる」「凱旋門に向かっている」とまさかのLINEが届いた。
チュイルリーから出てしまったのか、という衝撃と”きっぷも一人で買えない父がひとりで行動して大丈夫か!?”という不安はあったけれど、まあそのあたりなら許容範囲か、と”大体ここら辺かな〜”とコンコルド広場前のセーヌ川沿いの道を想像しつつ、「今おるとこの写真送って」と言うと、父から「こんなん見える」と写真が届いた。
グラン・パレだった。
こんなことなら、語学学校からメトロ13番線1本でChamps-Elysee Clemenceau駅まで行って合流した方が早かったな、と思ったけれど、私を見つけた瞬間、シャンゼリゼ通りから手を振る父があまりにはしゃいでいたから、これはこれでよかったと思った。
その日の朝も携帯使えなくてだいぶ苦労した、という愚痴とパリへの感動が入り混じって複雑そうだったけれど、パリへの感動が勝利したらしい。
「いやぁ、しっかし綺麗な街やなぁ。こりゃ、なっちゃんがパリずっと行きたがってたのもわかるわ。」
が父の第一声だった。
1歳くらいの赤ちゃんが好奇心旺盛なように、歩くたびにキョロキョロと辺りを見まわし、何を見ても「きれいやなぁ」「なんやこれ、すごいなぁ」と感動し、「めっちゃ写真撮ってまうわ」とスマホを向ける父は、あまりに私そっくりのリアクションで親子を感じた。
同じ温度感で楽しんでくれる父には、私も解説しがいがあって、「ここ、天井も綺麗やねん」「庭もあるねんで」「こっちキラキラの金ピカの部屋やねん」「あれ、貨幣局やで」などと、数週間前に来たばかりのパリを我が物顔で案内した。楽しかった。
そんな旅の記録はここに書ききれないのでまた別の記事に書くとしよう。
【彼】
当日を迎えるまで、彼と会う時にはすでに私はひとりでも、父とでも巡り尽くしているだろうから、盛り上がり方に温度差があったらこまるよなぁと心配をしていた。
だからこそ、彼との旅程にも「はじめて」を散りばめようと、ひとりではエッフェル塔や凱旋門に登らなかったし、ヴェルサイユにも行かなかったし、オペラ・ガルニエにも入らなかった。
だけど、そんな心配は無用だった。
エッフェル塔も、凱旋門も、ヴェルサイユも、何度訪れてもテンションは上がるし、美しいのだ。
好きになってしまったらとことん知り尽くしたい私と、ひとつでも多くの場所を訪れて「そこに行った」という事実が残れば十分な彼は、私が「もう何回か行ったからね」と思えるくらいでちょうどよかったのかもしれない。
彼がパリを歩けたのはたった2.5日だったけれど、私の大好きな、世界一ロマンティックな街を彼と共に歩けたこと、最高に幸せだった。
***
パリで ”憧れたちのほんもの” を目の前にしたとき、”なにかはわからないけど美しいもの”を見つけたとき、美味しいものを口にしたとき、「ねえ聞いて!」と伝えたくなるのはいつだって、なんだって、家族と彼だった。
彼らがくるまでの2週間、「ここにあなたがいてくれたら」「ここに一緒に来たかったな」と何度も思った。それを共有しようとしても、1日のうちに連絡のつく時間が半日分もない時差を、何度も嘆いた。
そしてそのたびに、その感情を愛と呼ぶのだろうと思った。
だから、ずっと隣にいてほしい。
パリという、この夢が醒めた後も、ずっと。
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